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第十九話 二人の領主

 デニムが部屋から出て行った後、部屋に安堵感が広がる。

 殺されかけた侍女が倒れるように座り込み、それを周りの侍女たちが「良かったね」と言いながら肩や頭を撫でている。


「助けて頂きありがとうございます! 感謝の言葉もありません」


 助けた侍女がシャスターに深く頭を下げた。


 他の侍女たちもまるで自分のことのように同じく頭を下げる。


「そんなに感謝しなくてもいいよ。それよりもさっきのことでかなり疲れたんじゃない? もうここは大丈夫だから、ゆっくり休んでいいよ」


「あの……シャスター様はどうするのですか?」


「俺はもう少し食事を楽しむよ。まだ料理が残っているからね。美味しい料理を残すのは勿体ないからさ」


 それなら給仕をしようとする侍女だったが、シャスターはひとりで気楽に食べたいという理由で引き下がらせた。


「申し訳ないが、他の者たちも引き下がってくれ。これからの時間は俺とシャスターだけで話したいのでな」


 騎士団長と傭兵隊長が二人だけで話したいと言われて反論できる者がいるはずがない。給仕していた全員が部屋から出て行った。

 部屋にはシャスターとエルマだけが残った。



「俺は別に話なんてないけど」


 食べることを優先したいシャスターは黙々と料理を口に運んでいる。


「まぁ、そういうな。あの女性を救ってくれて、俺からも礼を言わせてもらおう」


 エルマとしても目の前でか弱い女性が殺されるのを見るのは嫌だった。それを咄嗟の機転で防いでくれたシャスターに感謝を込めてワインを注いだ。


「シャスター、最初に出会った時、俺はお前が何を考えているのか全く分からなかった。いや、今の方がさらに分からなくなっているな」


 エルマはワインを飲みながら、食べることに夢中になっている少年を見つめた。


「ただ俺にも分かることは、お前は剣技だけでなく頭の回転も速いということだ。今回の金貨を献上したのも、先ほど女性を助けたことも、お前が優秀な頭脳を持っている証拠だ」


 それ以外にも、騎士団の派閥のことや酒場での出来事、暗殺未遂事件などもあるが、エルマは知らないことになっているので口にはしなかった。


「だかな、一つ忠告させてもらうが、あまりにも優れていると逆に領主様に警戒されるぞ」


「何で?」


 食べ物をワインで流し込んでやっとシャスターは口を開いた。それでもまたすぐに食べ始めるが、気にすることなくエルマは答えた。


「それはデニム様もバカではないということだからだ。お前が税収が落ち込んでいるから金貨を献上したことも、殺されるはずの女性を助けるためだったことも、領主様は分かっているはずだ」


 空になったグラスにワインを注ぎながら、エルマは話を続ける。


「当然、お前のことだ。そんなことも分かっての行動だろう。しかし、それならどうしてフェルドの人々を殺した? 領主様に仕える女性ひとりを助けるお前が、何故何千人もの町人を殺した?」


 エルマは前回問いただした時のように激昂はしていない。ただ、シャスターの考えが全く分からないのだ。


「俺は領主様の部下になるために自分自身の未練を断ち切りたかっただけだよ」


 またも前回と同じ答えをするシャスターに、エルマは大きくため息をついた。


「嘘をつくな……でも、まぁそういうことでいいだろう。お前にはお前の考えがあるのだろうからな」


 エルマはワインを一気に飲み干すと、シャスターに一瞥もせずに部屋から出て行った。


 そんなエルマにお構いなく食事を続けたシャスターは、最後にデザートのシャーベットを頬張りながら満足げな表情を浮かべた。



「あー、美味しかった!」


 その言葉と同時に、目の前に一つの影が現れた。


「……申し訳ございません。余計な情報をお伝えしたせいで、デニムに警戒されることになるとは」


 影は女性へと姿を変えた。当然、星華だ。


「星華は悪くないよ。貴重な情報は役に立った」


 昨日、星華は領主の部屋を調べている途中、文官たちが会議をしている部屋も覗いたのだが、その内容こそが先ほどの今年の税収の減少の件だったのだ。文官たちはデニムに伝えることに頭を悩ませ、誰が報告するのか互いに責任をなすりつけていたのだ。

 その報告を受けたシャスターが、騎士団から手に入れた財宝を献上することを思いついたのだ。



「隊長の話が本当なら、デニムも多少は頭が回るようだね」


「それで無用な警戒を持たれてしまいました」


 星華は頭を下げるが、シャスターは全く気にしていない。


「警戒を持たれたとしても、大したことじゃないよ」


 あのデニムの警戒なら「栄華を望むため、俺の機嫌を伺う賢しげな小僧」程度の認識だろう。そこまで心配する必要はない。


「だから、二週間後の国王への謁見にも予定通りに行けると思うよ」


 星華がデニムの部屋を監視していたところ、昨夜遅くにデニムは自分の部屋で父親であるオイト国王と会話していたのだ。


 もちろん、直接ではない。


 フェルドの町でマルバスが使用した鏡のようなマジックアイテムを使用していたのだが、その鏡は両方向からの映像と音声が可能であり、かなり高価なマジックアイテムようだ。

 それでも画像は荒く音声も途切れ途切れであったが、星華は内容を聞くことができた。


 それが、二週間後に王都で行われる国王と領主との三者会合だった。

 そこにはオイト国王と領主のデニム、同じく領主であるデニムの弟のラウスの三人が会合することになっている。



 以前カリンからも話を聞いたが、レーシング王国は領土の半分を国王領、残りの半分の領土をさらに半分に分けて、それぞれ国王の息子のデニムとラウスが統治している。

 二人の息子は仲が良くなかった。さらに言えば、次男のラウスは父であるオイト国王ともあまり良好ではないらしい。

 それは互いの考え方の違いだった。


 国王とデニムはとてもよく似ている。というよりも、デニムは父親を尊敬しているので、考え方や行動が似ているのだ。当然、国王の領土でも領民は圧政に苦しんでいる。

 そんな考え方、やり方に異を唱えているのが、ラウスなのだ。彼は税率を抑え、領民を保護する政策を進めてきた。



 最初、デニムは弟のやり方を馬鹿にしてきた。

 なぜなら、領民を守ることは税収が減ることに直結するからだ。そして案の定、ラウスが領主になってから、彼の領土の税収はしばらくの間減り続けた。


 しかし、ここ数年、ラウスの領土は徐々に力をつけ始めてきたのだ。

 それは領民が豊かになったことで生産性が上がってきたからだった。今まで同様、税率は抑えたままなのだが、税収は増え始めてきた。

 逆にデニムの領土の税収は減り始めてきている。先ほどの文官たちが報告したが、このままでいけば、昨年よりも大幅に減少するのは明白だった。


 デニム、ラウスの領土の税収の三割は国王領に納められる。

 自分の領土の税収が減り、弟ラウスの領土の税収が増えているなど、デニムにとって大きな屈辱であり、同じ政策をしている父に対して顔に泥を塗る行為と同じなのだ。


「鏡での会話を聞いている限り、オイト国王はデニムにさらに輪をかけた非道な人物のようです。今のところ自分を敬愛している長男のデニムを信頼しており、次期国王と考えているようですが、それも今後の国王領に納められる税収次第では弟のラウスに変えるつもりのようです」


「上手いやり方だな」


 オイト国王はデニムに対しては弟ラウスが国王になる可能性を話し、弟への焦りを掻き立て税収を増やすように命じ、同様にラウスに対しては国王の地位をチラつかせながらデニムの税収を超えるように命じているのだろう。

 だからこそ、シャスターはどうしても税収を増やしたいデニムに大金を献上したのだ。

 自分の心証を良くしてデニムから信頼を得て、二週間後に行われる三者会合に騎士団を同行させるために。



「さてと、美味しいものを食べてお腹いっぱいになったら眠くなってきた。今夜はもう寝ようかな」


 シャスターは部屋を出ると、のんびりと廊下を歩きながら騎士団長室の前まで来た。

 部屋の外には四人もの騎士が警備している。今まで二人の警備だったが、暗殺未遂があったので倍の人数に増やしたのだろう。


 四人から敬礼を受けながら、シャスターは眠そうに部屋に入ると、灯もつけずに礼服を脱ぎ捨てそのまま大きなベッドに倒れこんだ。




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