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第三十八話 再開

「かなり離れたようだね」


 シャスターは周りを見渡す。

 カリンたちがやっと見えるくらい、遠く離れた場所にいるのが分かる。


「それでは再開しようか」


 ヴァルレインは一気に魔力を高めた。

 すると急激に気温が下がり、大地が白く凍り空気中の水分が光り輝く。

 ヴァルレインの放つ寒波は、遠く離れているカリンたちの場所まで届き、夏なのに寒さで身体が震えるほどだ。


「寒いのは苦手だな」


 今度はシャスターの番だった。

 凍っていた大地が一瞬で溶けて、いつくもの火柱が立つ。今度は熱波に襲われたカリンたちは、熱くて堪らなくなる。


 まさに二人の周囲は、火と氷が交互に領域を争っているような、混沌とした様相を呈していた。



「ウォーミングアップも終わったな。そろそろ本気で戦おうか」


「いつでもいいよ」


冥界の大河(スティークス)


 最初に攻撃に仕掛けたのは、ヴァルレインだった。

 突然、遥か上空から水が降ってくる。ただし、その水は雨のような生易しいものではない。大瀑布のような大量の水が、凄まじい勢いで降ってきているのだ。

 しかも、水は地上に落ちると、地面に吸収されるかのように消えていく。

 大瀑布が、シャスターの周辺をまるで水のカーテンのように円柱状に囲み、閉じ込めてしまった。



火圧弾(フラマ・ブレット)


 シャスターが魔法を唱える。すると、五本の指先にそれぞれ小さな火の塊が現れた。

 五つの火の塊は勢いよく大瀑布に向けて発射されるが、水のカーテンに当たるのと同時に全て消えてしまった。


「あれ?」


「無駄だ。冥界の大河(スティークス)の中では、その程度の魔法は無効化される」


 水のカーテンの外からヴァルレインの声が聞こえた。


 火圧弾(フラマ・ブレット)は、先ほどヴァルレインが放った水圧弾(アクア・ブレット)とは系統は違うが、同じ型の魔法だ。

 水圧弾アクア・ブレットは、水滴程度の粒状の水が巨大な大木を破壊するほどの威力だった。

 火圧弾(フラマ・ブレット)も同等の威力がある魔法だ。しかし、それほどの破壊力のある魔法でも、冥界の大河(スティークス)の中では全く役に立たないのだ。


 それでも、シャスターはしばらく火圧弾(フラマ・ブレット)を放ち続ける。だが、やはり効果はなかった。

 しかも、その間に冥界の大河(スティークス)は急激に円柱の幅を縮めてきている。

 このままでは、シャスターは大瀑布に飲み込まれて、水圧で押し潰されてしまうだろう。



 しかし、当の本人は全く緊張感がなく、大瀑布を見ながら、しばらくの間どうしようか考えていた。


火神の恵(プロメテウス)


 やっと次の魔法を決めたシャスターが詠唱すると、彼の身体の周りをこぶし大ほどの青い炎の球がいくつも回り始めた。

 青い炎は徐々にスピードを上げると、その遠心力を使って大瀑布の中へ飛んでいく。

 すると、大瀑布に大きな穴が空いた。青い炎が当たった箇所の水が蒸発して穴が空いたのだ。

 しかし、大量の水が激しく流れ落ちてくる大瀑布だ。当然ながら、一瞬だけ穴が空いてもすぐに水の流れに戻ってしまう。


 はず、だった。


 だが、流れ落ちる大瀑布の中で穴は空いたままだ。

 信じられないことに、シャスターの放った青い炎が大瀑布の落ちてくる水をずっと高熱で蒸発し続けているのだ。


 まるで水のカーテンにいくつもの穴が浮かんでいる……遠くから見ているカリンたちにとって、それは異様な光景だった。



 しかし、そんな光景を気にすることもなく、シャスターは空いている穴を抜けて外に出ようとする。


 同様に、大瀑布に穴が空いたことなど気にせずに、次の魔法を詠唱する者がいた。

 ヴァルレインだ。


氷地獄(コキュートス)


 すると、今度は水のカーテンが一瞬で凍り付いた。

 あれほどの勢いで空から落ちていた大瀑布が全て凍ったのだ。しかも、空いていた穴も凍って塞がれた。

 残念なことに、シャスターは外に出られなくなってしまった。


氷地獄(コキュートス)、全てを凍らせる氷の地獄、レベル六十台の水氷魔法だ」


 ヴァルレインが呟いた、その時だった。



 ヴァルレインから少し離れた地面が、地盤沈下したかのように急に崩れ始めたのだ。

 そして、その穴の中から炎と共にシャスターが飛び出してきた。


「ヒドイな! 六十台の魔法を唱えるなんて。五十台までの勝負じゃないの?」


 不満を零すシャスターだったが、土でローブが少し汚れている程度で全くの無傷だ。


「そんな約束をした覚えはないぞ? それにしても、よく考えたな。氷地獄(コキュートス)の範囲外である地面を炎で溶かして穴を掘り脱出したという訳か」


 ヴァルレインが感心するが、特段驚いてはいない。この程度のことは想定内だからだ。


「ただの炎じゃないさ。炎地獄(プレゲトン)


 今度はシャスターが魔法を唱える。

 するとヴァルレインの足元、氷の半円ドームの地面がいきなり地盤沈下を起こした。轟音とともに巨大な半円ドームが大地に沈んでいく。


 ヴァルレインはとっさに後方に飛び退く。

 その直後、先ほどまでヴァルレインが立っていた場所が深く沈んだ。

 さらに地盤沈下が拡大し被害が広がっていくが、ヴァルレインはまるで軽業師のように、後方へのジャンプを繰り返して百メートル以上も後方に下がった。



 その時、遠くから見ていたカリンたちにもやっと地盤沈下の原因が分かった。

 地面が崩れたのではない。

 地面が真っ赤になって溶け出して流れていたのだ。


「あれは……マグマ?」


 カリンの疑問に周りの何人かが呆然としながらも頷く。

 岩石さえも簡単に溶かす灼熱のマグマが、急速な速さで大地に広がっているのだ。


 マグマは勢いよく大地を飲み込んでいき、ついには二人が戦っていた広範囲がマグマの海になってしまった。

 マグマが近づいた木々はあまりの熱さに燃えてしまう。

 かなり離れているカリンでたちでさえ、熱さで火傷しそうなほどだ。


 しかし、そのマグマの中心にいるシャスターだけは平然としていた。

 しかも、濁流しているマグマの中に立っているのだ。


「あり得ない!」と誰もが口に出さずとも驚いたが、カリンだけは以前レーシング王国で、シェスターがオイト国王の放った火炎球の直撃を受けても無傷だったことを思い出した。確か、着ているローブが火炎系魔法を無効化してしまうと。


「どこまで常識外なのよ」


 カリンのため息混じりの呟きは、シャスターに向けられたものだ。

 しかし、同時にもうひとりの少年にも向けられていた。


 ヴァルレインもマグマの中で立っていたからだ。





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