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第三十五話 後継者同士の戦い

凍氷の剣(アイス・ブレイド)


 先手を打ったのはヴァルレインだった。

 無数の氷の剣が空中に現れる。その規模はナザールのそれとは全く比べものにならなかった。

 ナザールは手のひらから氷の剣が現れていたが、ヴァルレインは手のひらではない。魔法を唱えたのと同時に、シャスターの上空に剣が現れたのだ。


 無数の氷の剣が全方位からシャスターを襲う。


火炎の螺旋(ファイア・スパイラル)


 しかし、シャスターは全く慌てることなく魔法を唱えた。

 すると、彼の全身を包むように炎の渦が現れ、螺旋状に高速で回転し始めた。全方位の氷の攻撃は、全方位の炎の防御で防がれてしまった。


火炎の波(ファイア・ウェーブ)


 今度は間髪入れずにシャスターが詠唱すると、彼の前に巨大な炎の波が現れた。

 炎の波は幾重にも重なりながら、ヴァルレインに向かって襲い掛かる。


 このままでは、ヴァルレインが炎の波に飲み込まれてしまうだろう。

 しかし、ヴァルレインは逃げる素振りも見せず、右手を前に出す。


水気流(ジェット・ウォーター)


 ヴァルレインの周囲に大量の水が現れたかと思うと、一気に激流となって炎の波に襲い掛かった。

 炎の波と水の波が激突したのだ。

 しばらくの間、巨大な炎と水は互いに波状攻撃を続けていたが、勢いは水流の方が強かったようだ。

 ついに、炎の波が水の波に飲まれて消えてしまった。


 しかも、巨大な水流の波はそのまま、今度は逆にシャスターに襲い掛かる。

 しかし、火炎の螺旋(ファイヤ・スパイラル)に守られたシャスターには効かなかった。激流は火炎の螺旋に衝突し続けるが、シャスターに触れることなく蒸発していく。


 だが、それは全てヴァルレインの狙い通りだった。

 水気流(ジェット・ウォーター)の蒸発によって、シャスターの周りには飽和状態の水蒸気の白い煙が立ち込める。

 大量の水分を含んだ空気にさらされているシャスター。

 ヴァルレインは一気に魔法を仕掛けた。


氷柱の牢獄(アイシクル・プリズン)


 シャスターを取り巻く膨大な水蒸気は、一瞬で何本もの巨大な氷の柱となり、彼の周りを覆った。

 シャスターは氷の牢獄に閉じ込められてしまったのだ。

 さらに、シャスターを守っていた火炎の螺旋(ファイア・スパイラル)も、氷の牢獄の中の強烈な冷気によって消えてしまった。


 このままでは、シャスターも冷気によって凍りついてしまうだろう。

 しかし、それでもシャスターは慌てない。


火炎の光線(ファイア・ビーム)


 氷の柱の中からシャスターの詠唱が聞こえたかと思うと、まるで鋭利な刃物で切られたかのように、氷の柱が縦横無尽にバラバラに切断される。シャスターが牢獄の中から熱光線で氷を切り刻んだのだ。


 中から現れたシャスターは空に向けて両手を上げる。

 すると、今度はヴァルレインの遙か上空に、無数の小さな物体が現れた。


炎の流星群(ファイア・メテオ)


 小さな物体の正体は隕石だった。

 シャスターの詠唱とともに、隕石は燃えながらヴァルレインに向かって急速に落下してくる。こぶし大の小さな隕石だが、それでも一つでも当たったら致命傷だ。

 だが、やはりヴァルレインは逃げようともせずに、空を眺めながら左手を上空に向ける。


凍氷の結晶(アイス・クリスタル)


 ヴァルレインが左手を上げると、彼の頭上に透明に輝く壁が現れた。

 その直後、隕石が壁に激突するが、透明な壁はびくともしない。

 空から高速で落ちてくる隕石は数百キロのスピードだ。それを薄い壁で防ぐとは信じられないことだった。現に壁の周囲に落ちた隕石は、地面に激突して巨大な破壊を招いている。


 しかし、驚くのはそれだけではなかった。

 ヴァルレインは左手で隕石の攻撃を防ぎながらも、右手を広げてシャスターに向ける。


水圧弾(アクア・ブレット)


 高圧縮された小さな水の弾丸が、ヴァルレインの右手の五本の指先からそれぞれ、シャスターに向けて発射された。


 目にも止まらない速さの弾丸をシャスターは間一髪で避けたが、直後にシャスターの遥か後ろから爆音が響き渡った。

 数百メートル後ろに立っていた大木が倒れた音だった。理由は明らかだ。たった五粒の水滴が五本もの大木を倒したのだ。




「なんなの、これ……」


 カリンが驚きのあまり声を上げたが、戦場にいる誰もが同じく驚愕している。

 あまりにも想像を絶する魔法使い同士の戦い、いや「五芒星の後継者」同士の戦いだった。常識を遥かに逸脱している光景は、まさに神々の戦いの様相を呈しているようだ。


 しかし、当人たちは至って平然としている。



「やはり、レベル四十台までの魔法では互いにダメージ無しか。これでは五十台でも同じだろうな」


「まあ、この程度のレベルの魔法では決着がつくはずもないか」


 二人は苦笑した。


 しかし、苦笑しているのは二人だけだ。

 遠巻きに見ていたレーテル姫やフォーゲンは唖然としたままだった。


 常人には決して辿り着けない領域、レベル四十台の勇者級魔法。

 たったひとりで、ハルテ国王軍を翻弄し続けていた偽者のナザールでさえ、辿り着けなかった勇者級魔法。

 それほどの凄まじい威力の魔法を「この程度のレベルの魔法」と言い切ってしまう二人。


 その光景を見ている者たちは、頭がついていかず、もう何が何だか分からなくなっていた。



 そんなレーテル姫たちにシャスターが大声で声を掛ける。


「カリン、レーテル姫! 悪いけど、もっとずっと離れてもらっていいかな。巻き込んでしまうから」


 シャスターの言葉にカリンやレーテル姫はもちろん、ハルテ、ブレガ両陣営が慌てて従った。

 兵士たちは、誰もが我先にと急いで逃げ出していく。これ程までに凄まじい魔法合戦に巻き込まれて、死にたくないからだ。


 そんな緊迫した状況とは対照的に、当事者の二人は戦いを一旦止めて、両陣営が離れていくのをのんびりと眺めていた。


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