第三十四話 二人の後継者 &(登場人物紹介)
「なにか用?」
シャスターはヴァルレインの前に立った。
「お前のお陰でシーリスの顔に泥を塗られることは最小限で防げた。感謝する」
シーリス魔法学院の後継者は真面目な表情で軽く頭を下げた。
しかし、頭を下げられた方は不満そうだ。
「……つまらない」
「ん、何か言ったか?」
「別に」
シャスターはため息をついた。
それもこれも、目の前の白髪の少年のせいだ。
自分の名を語った偽者が、アイヤール王国で好き勝手に暴れていたのだ。
偽者のナザールを見つけたヴァルレインは、それこそ腹を立てて怒ったり、憎しみを込めて声を荒げたりして、感情をぶち撒ける……そんな状況になることをシャスターは心の底から期待していた。
そして、冷静さを失ったヴァルレインを話のネタにして、しばらくの間、面白おかしくイジってやろうと思っていたのだ。
だからこそ、嫌いなヴァルレインと会うことを楽しみにしながら、レーテル姫と共に王都に向けて出発したのだ。
しかし、大きくアテが外れた。
ヴァルレインは冷静さを失うこともなく、淡々とナザールを始末したのだ。
蒼氷の瞳だけが冷たく輝いていたが、感情を出すことはなかった。
それを見て、シャスターは落胆した。
せっかくの楽しみが、あっけなく消え去ってしまったからだ。
それと同時に、相変わらずつまらない男だと再認識をしたのだった。
「はぁ……」
これ以上、この話で盛り上がることはない。シャスターは話を変えた。
「ナザールって身内だったの?」
「ああ」
ヴァルレインは苦々しく答えた。
「シーリス魔法学院の後継者選考、第四次試験で落ちた者だ。そこまで力があるのだから、何処かの国の宮廷魔術師にでもなれば、優遇されたものを」
ナザールはシーリス魔法学院の後継者と偽って、いくつかの国々で傭兵として多額の報償金を得ていたのだ。
そのことがシーリス魔法学院の耳にも届き、ヴァルレイン自らが出向いてきたということだった。
「この周辺の国で、奴の噂を聞いたのでな」
「それでレーシング王国にも来たというわけか」
「そうだ。しかし、レーシング王国に行ってみると、お前がいた。お前がいるということは、奴がいる可能性はない。それで再びアイヤール王国に戻ってきたのだが」
ヴァルレインはアイヤール王国からレーシング王国に向かったが、シャスターがいたので再びアイヤール王国へ戻ってきた。
しかし、戻ってみると、水氷の魔法使いの噂が流れているではないか。
詳しく調べてみると、ヴァルレインがレーシング王国に向かったのとちょうど入れ替わりで、ブレガ陣営にシーリス魔法学院の後継者を名乗る者が現れたらしい。
そこで、その噂を確かめようと、ヴァルレインはこの戦場でナザールを見つけようとしていたのだ。
「それなのに、ハルテ国王陣営にお前がいて、ナザールと戦っているじゃないか。驚いたのと同時に呆れたぞ」
「呆れることはないだろ?」
「ついこの間までレーシング王国で戦っていると思ったら、今度はアイヤール王国でも戦っている……『五芒星の後継者』の中でも、他国への干渉を一番嫌っていたお前がだ。呆れて当然だろう」
そう言われると、シャスターとしては返す言葉がない。
「そういえば、フローレを氷の棺に入れてくれたことには感謝するよ」
強引に話を変えたシャスターは、心を込めることなく軽く頭を下げた。
「ほぉ、お前が形式だけとはいえ、俺に頭を下げるなんて珍しいな」
ヴァルレインは笑った。現れてから初めて見せる笑顔だ。
「最初で最後にしたかったけど……」
シャスターはもう一度ため息をつく。
「ヴァルレイン、あと一つだけ頼みがある」
そう言うと、シャスターはヴァルレインの耳元に近づき小さな声でささやく。
「分かった」
意外にもすんなり了解したヴァルレインだったが、シャスターはそれほど驚かなかった。
タダではないことを知っていたからだ。
「俺も条件がある」
「……」
「俺と戦って、勝ったら頼みを聞こう」
ヴァルレインの条件は、あらかた予想がついていた。
二年前の交流試合で二人は戦ったが、決着がつかなかったからだ。
面倒なことが嫌いなシャスターは、それが理由でヴァルレインと会うことを避けていたのだが、こうなっては仕方がない。
「……はぁ、分かったよ」
直後、シャスターの着ていた服が変わる。
イオ魔法学院の後継者だけがまとえるローブだ。
純白の生地を主体として、黄金色と真紅のラインが流線的に縁取らたローブだ。マントも同様に純白に黄金と真紅が彩られている。
ローブには幾つもの箇所に黄金色の金属が装着されているが、特に目を引くのは胸に飾られた五芒星だ。
その中心にはイオ魔法学院の象徴する火炎のエンブレムが刻まれていた。
イオ魔法学院後継者のローブを纏ったシャスターはその容姿とも相まって、まるで神が降臨したかのような神々しさをその場にいる全員に強烈に印象づけた。
ただし、それはシャスターだけではなかった。
ヴァルレインも同様に美しいローブを身に纏っていた。
ヴァルレインのローブは、シャスターのローブと似ているようにも見える。
しかし、正確に言えば、形状に多少の違いはあるし、そもそも見た目の色が違う。純白の生地は同じだが、縁取りのラインは黄金色と濃い青、サファイアブルーだ。
胸に飾られた五芒星もその中心には、シーリス魔法学院を象徴する水氷のエンブレムが刻まれている。
シーリス魔法学院の後継者のみが纏うことができる、ヴァルレインのローブだ。
しかし、それでも二つのローブが似ているように見えるのは、ローブをまとったヴァルレインもまた優雅で美しく、まるで神の化身のように誰の目にも映っていたからだ。
若き炎の神と水の神、そんな例えがまさに相応しいシャスターとヴァルレインは、互いに離れて距離をとる。
「それじゃ、始めようか」
「いつでも、どうぞ」
こうして二人の後継者の戦いが始まった。
第三章「水と氷の旅人」編
これまでの主要な登場人物
シャスター
伝説の魔法学院、火炎系魔法の最高峰であるイオ魔法学院の後継者。
魂眠に陥ってしまったフローレを治す可能性があるエースライン帝国に向かう途中、アイヤール王国の辺境地で領主のレーテル姫と出会う。
アイヤール王国の国王の座を巡って二人の兄が内戦をしていることを聞いたシャスターは、レーテル姫を新たな国王にすべく、戦場に向かう。
そこで、次兄ブレガ陣営にいる水氷系の魔法使いと戦うことになる。
その魔法使いは、水氷系魔法の最高峰であるシーリス魔法学院の後継者と名乗っていたが、実は偽者でシャスターの魔力の前に敗れてしまう。
すると、そこへ本物のシーリス魔法学院の後継者であるヴァルレインが現れ、シャスターと魔法対決をすることになるが……。
カリン
神聖魔法の使い手であり、簡単な神聖魔法を使うことができる。
魂眠に陥ったフローレを治す方法を探す為、シャスターと共に旅に出た。
アイヤール王国でフローレを氷の棺で助けてくれたシーリス魔法学院の後継者の噂を聞き、後継者に会うべくシューロン地方に向かい、領主のレーテル姫と出会う。
レーテル姫の雨を降らせてくれた旅人への淡い願いを叶えようと、シャスターと共に戦場に向かう。
ハルテ国王に殺されそうになるが、逆にハルテ国王と宰相タジサルを防御壁に閉じ込めて、レーテル姫たちと共に前線のシャスターの元に向かった。
星華
シャスターの守護者。
稀有な職業「忍者」、その中でも上忍しか名乗ることが許されない「くノ一」の称号を持つ。
ハルテ国王によって、レーテル姫たちが襲われそうになったが、瞬時に辺り一帯の兵士たちを倒してしまった。
レーテル姫
アイヤール王国、前国王の子供三兄弟の妹であり、辺境地であるシューロン地方の領主。
十二歳とは思えぬほどの利発で、冷静さと思慮深さを持った少女。
自領地の旱魃を雨を降らせて救ってくれた魔法使いの旅人を探していて、その旅人の正体がシーリス魔法学院の後継者、そして次兄ブレガ陣営に味方している水氷系魔法使いが同一人物だと思っていた。
しかし、その魔法使いが旅人でもなかったことが分かり落ち込んでいたが、その後シーリス魔法学院の本物の後継者が現れ、しかもその後継者が雨を降らせた旅人だったため歓喜する。
二人の兄の不毛さを間近で見て、自分が国王になることを決意した。
フォーゲン
レーテル姫の執事。アイヤール王国の前宰相。
沈着冷静であり、豊富な知識を持っている人物。
前国王から、次の国王をレーテル姫と遺言書を預かっていたが、そんなことを許すはずがない長兄ハルテと次兄ブレガの謀りごとにあい失脚。
レーテル姫共々、僻地のシューロン地方に追い出されてしまった。
シャスターに発破を掛けられて、レーテル姫を国王にするべく、シャスターたちと共にレーテル姫を連れて、長兄ハルテ国王の陣営へと赴く。
ハルテ国王
父の前国王の後を継いだ国王。冷酷な性格であり、レーテル姫の参陣もたった百騎と馬鹿にしている。
生意気なシャスターを最前線に送り込み、さっさと殺させようとしていたが、シャスターがイオ魔法学院の後継者だと知ると、手のひらを返して媚びへつらう。
その後、レーテル姫を殺そうとしたが、逆に星華によって兵士たちが倒されてしまった。さらにカリンの防御壁に閉じ込められてしまい、前線のシャスターやブレガの元に連れて行かれてしまう。
ブレガ
ハルテ国王の弟であり、兄の国王に反対をして内戦を起こしている。性格は兄同様に冷酷。
シーリス魔法学院の後継者だと思っていたナザールが偽者だと知り、さらに本物の後継者が現れたため怯えている。
ナザール
シーリス魔法学院の後継者を名乗っていた偽者。ブレガ陣営の傭兵として雇われ、ハルテ国王陣営に多大な損害を与えていた。
シーリス魔法学院の後継者選考で第四次試験まで残った実力者であり、レベルも三十八と高レベルな魔法使い。
シーリス魔法学院の後継者と偽って、いくつもの国々で傭兵として多額の報償金を得ていたことがバレてしまい、ヴァルレインによって粛清された。
ヴァルレイン
水氷系魔法の総本山、シーリス魔法学院の後継者。
自分の偽者が現れていることを知り、数ヶ月前から周辺国を周り探していた。
その探索途中で、レーテル姫の願いを叶えて雨を降らせたり、レーシング王国ではシャスターの動向を知り、フローレのために氷の棺をつくった。
偽者のナザールを殺した後、シャスターと戦いの勝負をすることになった。




