第十八話 魔法使いの国王
シャスターとエルマの会話は中断した。
二人は立ち上がって頭を下げるとデニムの座るのを待ってから席につく。
「騎士団長と傭兵隊長、二人と一緒に夕食を食べるのは初めてだな」
デニムは上機嫌だった。もちろん、騎士団長とはシャスターのことではなく、前騎士団長のことだ。
三人はワインで乾杯した後、料理を食べ始めた。
テーブルの周りには先ほどベッドにいた女性たちとは別の二十人程の侍女たちが給仕をしている。一体、何人の侍女たちがデニムのもとにはいるのだろう。
シャスターはカリンが憤慨しながら話していたことを思い出した。
「どうだ、料理は美味いか?」
「はい、こんな美味い料理は食べたことがありません」
シャスターは大げさに喜んでみせた。
ここで「味は普通です」とでも言いようものなら、料理人が殺されかねないと思ったからだ。しかし、領主の料理人たちだけあってお世辞を抜きにしても美味しい。料理人たちも不味ければどうなるか分かっているのだろう。
せっかくの豪華で美味い料理なので、シャスターは堪能することに決めた。
デニムはエルマにシャスターが献上した財宝の話をしている。そこで、デニムとの話の相手はエルマに任せ、シャスターはデニムに悟られぬ程度に適当に会話を流して、食べることに専念していた。
「おお、そうだ。この度のシャスターの献上に対して、俺も礼を返さなければならんな」
「恐れ多いことでございます」
「いや、何か礼をさせてくれ。そうだな……」
デニムは少し考えていたが、名案が浮かんだようだ。
「俺に仕えている侍女たちの一人をお前にやろう。好きな者を選ぶがよい」
デニムが給仕している女性たちを見渡す。
ここにいる女性たちは町や村から無理矢理連れて来られた娘たちだ。一歩間違えれば、この列にカリンもいたかもしれないのだ。
最初デニムの提案を冗談かと思っていたシャスターだったが、デニムが本気で言っていることが分かると、返答を濁して話題を変えた。
「ところで、火炎球の威力、とても凄まじく驚きました!」
「そうだろう。俺の火炎球なら、お前たちでも容易に殺せるぞ」
デニムは自信に満ちた表情をしている。事実、火炎球で多くの人間を殺してきたのだろう。
「火炎球は父上に教わったのだ」
「父上と言いますと、レーシング王国の国王でしょうか?」
シャスターの質問にデニムは力強く頷いた。それだけで、デニムが父王に忠実なことが伺える。
「父上のオイト国王は、イオ魔法学院で修行されていたのだ!」
誇らしげなデニムの言葉にエルマは思わずワインをこぼしそうになった。
「まさか! あのイオ魔法学院ですか!?」
驚いたエルマが不謹慎にも聞き直す。しかし、エルマの驚きで大いなる優越感に浸っているデニムは気にしない。
「そうだ、魔法において世界最高峰であるイオ魔法学院だ」
エルマが驚愕するのも無理はない。それほどまでに有名な魔法学院だからだ。
「エルマ隊長、イオ魔法学院ってそんなに有名なの?」
「有名も何も……神話に出てくる伝説の魔法学院だ!」
エルマは武人だ。魔法の知識についてはあまり知らない。そんな彼でさえもイオ魔法学院は知っていた。
「何だ、お前は知らないのか?」
何も知らないシャスターに対してデニムは誇らしげに、魔法使いについて話し始めた。
このアトラ大陸には百数十の大小多くの国々があり、人々は様々な職業に就いている。
当然ながら、多くの国があるということは国同士の戦争や内乱も起きる。また大陸には数多くの魔物たちも住んでいるので、魔物との戦いも起きる。
そのため戦闘の職業に就いている者も多い。
そんな戦闘の職業で一番多いのは、接近戦の武器を主に扱う者たちだ。西領土騎士団や傭兵隊もここに当てはまる。接近戦のための武器は種類が多く、剣や槍など一般的な武器を扱う者から、聞いたこともないような武器を扱う者まで様々であり、武器の数だけ職業もあるのだ。
また、同じ種類の武器を扱う者でも職業や呼び方が違うこともある。例えば、同じ剣を扱う者でもエルマは剣士となるが、騎士団の者は当然ながら騎士となる。そして職業によって使える技も変わってくるのだ。
そんな接近戦の武器を主体とした職業の者たちを総じて戦士と呼ぶ。
それに対し魔法使いは武器ではなく、魔法を扱う者たちのことである。自身の魔力を魔法に変えて戦う職業で、中遠距離での戦闘スタイルが基本だ。
魔法使いは戦士に比べると、圧倒的に人数は少ない。ただ、その分戦闘においては極めて有能だ。
戦士たちの接近戦とは違い、離れた場所から広範囲に攻撃が出来るので、同じ規模同士の集団が戦争をする場合、魔法使いが多くいる陣営の方が圧倒的に優位だ。
事実、先日のデニムの魔法攻撃に前騎士団長たちは抗うこともできずに殺された。
また、魔法は複雑な知識の集合体であるため、魔法使いは博識の者が多い。
そのため魔法使いが国などの組織に仕える場合は重職に就いていることが多く、仕官していない在野の魔法使いでも、傭兵などの雇われた場合は普通の傭兵より数倍の賃金が支払われる。
そんな威力を誇る魔法使いであるが、魔法使いという名称もまた総称であって、実際はいくつもの魔法系統に分かれており、さらにそれぞれ使える魔法の種類も異なっている。
しかし、通常はそこまで詳しく系統を分類することなく、一般的には全てを総称して魔法使いと呼ばれているのだ。
ちなみに、教会の神官がなれる神聖魔法の使い手と魔法使いは全くの別物だ。
魔法使いが自分自身の内なる魔法力を駆使して魔法を行使するのに対し、神聖魔法の使い手は自分たちが信仰する神から授かった力を媒介して神聖魔法を行使するといわれている。
また、神聖魔法の使い手を育てる教会等は大陸各地に数多く点在しているが、魔法使いを育てる魔法学院は教会ほど多くはない。
そんな貴重な魔法使いになりたいと思う者は当然ながら多い。そのため、多くの者が魔法学院の門を叩くのだが、魔法使いになるためには厳しい魔法力の鍛錬や膨大な知識の勉強、そして何より生まれながらの資質が大きく左右するため、残念ながらほとんどの者が魔法使いになれずに魔法学院を去っていくのが現状だった。
生まれ持っての資質の問題、これが魔法使いが戦士に比べて圧倒的に数が少ない理由だった。
「そんな厳しい魔法学院のなかでも、父上がおられたイオ魔法学院は別格の存在だ」
デニムは鼻息を荒くして話し続ける。
そもそも最高峰と言われながら、イオ魔法学院は所在地さえも分かっておらず、伝説の存在であった。
そんなイオ魔法学院が十年前に突如、門戸を開いた。
大陸中の国々の指導者のもとにイオ魔法学院から手紙が届いたのだ。魔法で直接届いた手紙には入学希望者への集合日時と場所が記載されていた。
突然のことに各国は驚きながらも、自国内に手紙の内容を掲示した。
それから、数か月経った指定の日、腕に自信がある者や各国の王族、貴族、富豪たちが集合場所に集った。
その人数およそ五千人。
「五千人ですと!?」
エルマが思わず声を上げてしまった。
当時、エルマもイオ魔法学院のことを聞いていたので集合場所も知ってはいたのだが。
「たしか、集合場所は強力な魔物が多く生息する人知未踏の地だったはずでは?」
そんな危険な集合場所にそれほどまでに多くの者が集まるとは信じられなかったのだ。
「武力に自信がある者は単独、あるいはパーティーを組んで集合場所に向かうことができる。しかし、力のない王族や貴族、富豪たちは自分の身を守るために大勢の護衛を連れて向かったのだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
当時、オイト国王は第三王子という立場だった。上の二人の兄はそれぞれ今の東と西の領土を治めていた。そこで身分に何の縛りもなく、人一倍野心家だったオイトは二百人の騎士を引き連れて向かったのだ。
「父上が到着した時には連れてきた騎士は十数人しか残っていなかった。それほどまでに集合場所は過酷な地だったということだ」
これはオイト国王に限ったことではなかった。他にたどり着いた者たちも大小はあったが、皆ボロボロの状態だった。当然ながら、途中で全滅した者たちも多かったことだろう。
だからこそ、集合場所にたどり着いた者たちは、達成感のもと意気揚々としていた。
「しかし、ほとんどの者が入学試験で魔法の資質無しとして落とされたようだ。もちろん父上は見事試験に合格し、その後イオ魔法学院で一年間も修行したのだ」
その過酷さを超えて入学を許され一年間も修行したとなれば、オイト国王はかなり実力のある魔法使いということだ。
オイト国王がそれほどまでの魔法使いだとは……エルマは自分でも知らぬ間に背中に冷たい汗をかいていた。
「父上は修行から戻ってくるなり、国王と二人の兄を殺した。なぜだか分かるか?」
エルマはチラッとシャスターに視線を向けた。シャスターに答えさせるためだ。
しかし、シャスターはデニムの話を聞いている振りをしながら食事をしっかり堪能していて、エルマに見向きもしない。
「……私などには到底考えが及びません」
心の中でため息をつきながらエルマは答えた。この少年は最初から国王の身の上話など興味がないのだ。
だが、話に熱中しているデニムは気付いておらず、話を続ける。
「父上に玉座を譲らなかったからだ」
オイトは強い者が王位に就くのが当然だと思っていた。だからこそ、イオ魔法学院で力を手に入れたのだ。
しかし、国王の考えは違っていた。国王として必要な資質は力ではなく統率力だと言い、次の王位は長兄が継ぐことが決まっていたのだ。
それに激怒したオイトは三人を殺した。
「父上は国王を守るために襲いかかってきた近衛兵たち全員をその場で魔法で焼き殺し、唖然としていた国王と二人の兄も殺した。それほどまでに父上は魔法使いとして力を身につけていたのだ」
その後、国内で何の抵抗もないまま玉座はオイトの手に落ちた。オイトは自らの手で国王の資質は統率力ではなく力だと立証したのだ。
「そして俺は父上に魔法を教わり、五年かけてやっと火炎球を修得したわけだ。俺には魔法使いとしての資質があったのだ。ちなみに弟のラウスは資質が無かったらしく習得できなかった」
弟を小馬鹿にするように笑うデニムを見て、弟と不和なことが一目瞭然で分かる。
「長男のデニム様の方が優秀ということですね」
「そういうことだ」
デニムの長話の間に料理が半分ほど片付いたシャスターのお世辞に、デニムは豪快に笑い弟への文句を言い始めた。
「そもそも、弟は領土の統治が甘過ぎる。領民への税金を軽くしたり領民のための施設を造ったりしているようだが、そんなことすれば領民をつけ上がらせるだけだ」
「領民は最低限の生活で良いと?」
エルマがデニムの方針を再確認する。
「そうだ、領民などに贅沢は必要ない。奴らは税金を吐き出す家畜なのだ」
残忍な笑みを浮かべながら、デニムはワインを一気に飲み干した。
今日の領主は機嫌が良いとエルマは思った。そもそも、こんなにも雄弁に語ることなど今まで一度もなかった。それだけシャスターの大金と父王の自慢話がデニムを満足させたのだろう。
しかし、次の瞬間、デニムの表情が一気に変わった。
デニムにワインを注いでいた侍女がワインを零してしまい、デニムの服が汚れてしまったのだ。
「デニム様、申し訳ございません。申し訳ございません」
零してしまった侍女は必死になって謝るが、服のシミが広がっていく同じ速さで、デニムの表情も厳しくなる。そして、ついにデニムは椅子から立ち上がった。
「お前は俺の服を汚した。つまりは俺を汚したことと同じだ。死をもって償え!」
侍女は震えながら必死に懇願しているが、無慈悲にもデニムは手のひらを侍女に向けた。
服が汚れた程度のことだが、デニムにとっては許せないことなのだ。
そして、このような些細なことで殺されることは日常的なことなのだろう。他の侍女たちは悲しい表情をしながらも殺される瞬間を見ないよう目を背けた。
その時だった。
「デニム様、先ほどのお礼をいただける件ですが、その女性を希望します」
「何だと?」
シャスターの提案にデニムの手が止まる。
「シャスターよ、まさかこいつの不手際に情けをかけているのではあるまいな? それは俺の行為を否定することになるぞ」
「いえ、デニム様のお考えを否定するつもりはございません。ただ、私はその……胸の大きな女性が好みでして、最初からその女性が良いなと思っておりました」
デニムは目の前で震えている侍女を見つめる。たしかに他の侍女たちと比べて胸がかなり大きい。
「わははは! お前の好みはよく分かった。よかろう、この娘をお前にくれてやろう」
デニムは手を下ろすと侍女の背中を強く押す。侍女はそのままシャスターの後ろに倒れこんだ。
「シャスター、今夜は存分に楽しむと良い。夕食楽しかったぞ」
シャスターとエルマは立ち上がり頭を下げる。それを見ながらデニムは部屋を去って行った。
こうしてデニムとの夕食は終わった。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
今回、戦闘における職業の説明が出てきました。
戦士、魔法使い、神聖魔法の使い手です。
この世界の基本となる考え方を書かせて頂きました。
職業については、これからも徐々にですが、詳細に書いていきたいと思います。
どうぞ、これからもよろしくお願いします!




