第三十一話 誤算
「さてと、ウォーミングアップも終わったことだし、そろそろ本番を始めようか?」
近づいてくるシャスターに、男は倒れたまま後退りした。
「く、くるな、バケモノ!」
「そんなこと言わないでさ。シーリス魔法学院の後継者なら本気を見せてよ」
「そうですよ、後継者様。我らにも貴方の本気をお見せください!」
「う、うるさい!」
男はブレガの期待を込めた視線を無視して、なんとか立ち上がると、突然魔法を放った。
「暴れる吹雪」
再び猛吹雪が周辺を襲い始める。
しかし、男は戦いを始めたわけではなかった。
その逆だ。
超上級の男よりも一つ上のクラスである勇者級は常人には到底辿り着けない領域だ。
レベル三十八の男がこれから残りの人生を修行に明け暮れたとしても、レベル四十にレベルアップして勇者級になることは難しいだろう。
それだけ、魔法使いのレベルは上がれば上がるほど、一つレベルアップすることが途方もなく難しくなる。
そもそも、レベル三十八の男自身、他人から見れば、羨望の眼差しを受けるほどの高レベル魔法使いなのだ。
しかし、そんな男でもたどり着けない、当然常人には決してたどり着けない領域、それが勇者級だ。
しかし、目の前の少年はそんな勇者級のさらに一つ上をいく、英雄級なのだ。
そんなバケモノに敵うはずがない。
それであれば、男が行うことはただ一つ。
この場からさっさと逃げ出すことだ。
暴れる吹雪は、逃げるために目眩しの魔法として使っただけだ。
それでも超上級の魔法だ。目眩しには充分過ぎる猛吹雪だった。
男はそのまま後方の兵士の中に紛れ込み、逃げ出そうとする。
しかし、そんな男の悪知恵はすぐに崩れ去った。
パチン。
シャスターはゆっくりと片手を上げると、指を鳴らす動作をした。
猛吹雪の中だ。指を鳴らしても音など聞こえるはずもない。
しかし、音は聞こえなくてもその後に起きた状況は、シャスターが指を鳴らしたせいだと誰の目にも明らかだった。
猛吹雪が一瞬で消え去ったのだ。
あれほど吹雪いていた雪と風が嘘のようにおさまっている。
今回シャスターは火炎球を放ってはいない。ただ、指を鳴らしただけだ。
しかし、その光景を見て顔を真っ青にしてブルブルと震えている人物がいた。
「ま、ま、まさか、まさか、まさか……」
男は何が起きたのか理解していた。
そして、当事者たち以外でもこの状況を理解している者がいる。
「あれは……反魔法……」
カリンの隣でフォーゲンが信じられない表情でシャスターを見つめていた。
魔法を無効化する魔法、反魔法は魔法使いなら魔法の系統関係なく、多くの術者が使える魔法だ。
ただし、この魔法が実際の戦いで使われることはほぼない。なぜなら、反魔法の成功率はかなり低いからだを
同クラスの魔法使い同士の戦いでは成功しない。
相手より一つ上のクラスでも成功率は半分以下。
相手より二つ上のクラスでも成功率は半分を超える程度だ。
そして、三つ上のクラスになってやっと成功率が百パーセントに上がるのだ。
つまり、この反魔法を使う場合、レベル一桁台の初級の魔法使いを相手にする戦いでも、こちらはレベル三十台、つまり超上級でなければならないのだ。
だからこそ、実際の戦いで使われることはほぼないのだが。
それを超上級の男に当てはめた場合。
「三つ上のクラスとなると、勇者級……英雄級……それよりもさらに上……」
フォーゲンは唖然とするしかなかった。
男はなりふり構わず、全力で走って逃げ出した。
相手をしてはいけない相手と戦ってしまったからだ。
「おっと、逃がさないよ。燃える花びら」
シャスターは容赦なかった。
逃げる男の背後に向かって魔法を唱える。
すると、突然男の周辺に巨大な炎でできた花びらが六枚舞い降りてきた。
炎の花びらは地上に落ちると、男を包み込もうとする。まさに花びらが閉じようとしているような光景だ。
「ひぃー、やめてくれ!」
燃え盛る炎によって、男は花びらの中から脱出することが出来ない。
「わ、わたしの負けです。お許しください!」
泣き叫ぶ男を見てブレガは驚いているが、そんなことに構っている余裕はない。
このまま花びらが閉じれば、待っているのは死だからだ。
「そんな簡単に負けを認めないでよ。シーリス魔法学院の後継者なら、抜け出すのなんて簡単でしょ?」
意地悪く笑うシャスターに、男は必死になって命乞いをする。
「シ、シーリス魔法学院の後継者というのは、う、うそです。私はただの魔法使いです」
男の爆弾発言にブレガ陣営が大いにザワつく。
「なぜ、そんな嘘をついたの?」
「ブレガから多額の報酬を奪おうと思ったからです。私が使える超上級の魔法など、こんな田舎の国では見たことがないはず。シーリス魔法学院の後継者と嘘をついてもバレないと思ったのです」
「貴様ぁ! 騙したな!」
馬鹿にされたブレガが激怒する。
「ふん、気付かないお前がマヌケなのだ」
「なんだと!」
「うるさい! 今はお前のことなど、どうでもよい」
男はブレガを一瞥しただけで、シャスターに再び視線を戻し懇願する。
「シャスター様、どうかお助けください! 助けて頂ければ、これからはあなた様の忠実なシモベとなります。あなた様の火炎系魔法と私の水氷系魔法があれば、どこへ行っても傭兵として引き手数多となることでしょう」
「それで?」
「簡単に莫大な財産を築くことができます。一生遊んで暮らせるほどの財産です」
すでに男は命の懇願から、シャスターの部下になることへの提案に変わっていた。
いくら桁違いの強さでも、まだ世の中を知らない少年だ。金目の話をすれば簡単に説き伏せられるだろうと思っていたのだ。
「シャスター様、ぜひ王侯貴族のような贅沢な生活を!」
「興味ないね」
「……へっ!?」
男は一瞬耳を疑った。
少年が何を言ったのか分からなかったからだ。
「今なんと……」
「そんなつまらない生活には興味ない、って言ったんだよ」
即断したシャスターに男は衝撃を受けた。あり得ないからだ。
「で、でも、一生遊んで暮らせるのですよ? 贅沢し放題なのですよ?」
「だから、興味ない」
必死になって試みた男の説得は失敗に終わった。
「それよりも今興味あることはさ……」
シャスターは冷たく笑った。
「嘘をついたあんたをどうやって殺すかということだよ」
燃えている花びらの中なのに、男の背中には冷たい汗が滝のように流れた。
「お、お許しください。助けてくだ……」
「サヨナラだ」
シャスターの言葉と共に、巨大な炎の花びらは閉じられた。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
ここ数話で、超上級や勇者級などのクラスや魔法レベルの話が出ていますが、もう少し後のお話で詳細な説明がありますので、お待ちください。
これからも「五芒星の後継者」を楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします!




