第二十九話 超上級の魔法使い
シャスターの火炎球が、シーリス魔法学院の後継者に襲い掛かろうとするが。
「凍氷の壁!」
シーリス魔法学院の後継者が唱えると、彼の目の前に巨大な氷の壁が現れた。
すると、シャスターの火炎球は氷の壁の中に消えていってしまう。
「火炎球」
さらにシャスターは何度も魔法を唱えて攻撃をするが、氷の壁に衝突した炎の球は壁を突き破ることなく消えていってしまう。
「わはははっ! シーリス魔法学院の後継者様が本気を出せば、お前の魔法など効かぬわ!」
後方からブレガが勝ち誇ったかのように笑いながら叫ぶ。
逆にレーテル姫たちは心配そうにシャスターを見つめていた。
「シャスター様……」
不安そうに呟いたレーテル姫の横で、カリンも二人の戦いを見守っていた。
カリンはシャスターが常識外の強さであることを知っている。
だから、多くの兵士たちとの戦いでも心配はしない。
しかし、今回は同じ「五芒星の後継者」との戦いだ。「五芒星の後継者」ということは、敵もまた常識外の強さだということだ。
カリンの胸に不安が横切る。
ただし、口から出てきた言葉は、胸の奥とは全く正反対だった。
「シャスター、早く倒しちゃいなさい! 負けたら許さないからね!」
カリンの叫び声を聞いて、シャスターは思わず苦笑する。
「もう少し楽しみたかったけど、そんな訳にはいかないか。それじゃ、火炎球+1」
すると、放っていた火炎球の色が濃くなり、炎が当たった箇所の氷の壁が溶け始めた。
「+2」
さらに炎の色が濃くなり、炎の球が当たった箇所の氷が急激に溶ける。
炎も消えてしまうが、同時に氷の壁には大きな穴が開き、巨大な壁は崩れ始めてきた。
「凍氷の硬壁!」
慌てたシーリスの後継者は、凍氷の壁よりもさらにレベルの高い水氷魔法で、強固な氷の壁を作って防いだ。
新たな氷の壁に当たった炎は、氷を溶かすことなく消えていく。彼はホッとしたが、それも束の間だった。
シャスターの攻撃がますます激しくなる。
「+3」
さらに輝きを増した火炎球が氷の壁に当たると、再び氷が溶け始めた。
「なんだと!?」
このままでは新しい氷の壁も破られるのが時間の問題だ。
シーリスの後継者の顔からは大量の汗が流れていた。魔力を使って疲れているからではない。シャスターの魔力の強さに恐怖しているのだ。
「何なの、あのプラスって?」
「火炎球の威力の強さです」
カリンは独り言で呟いたつもりだったが、隣にいたフォーゲンが答えてくれた。
「火炎球は、火炎系魔法使いがレベル一から使える基本中の基本の魔法です。それ故、魔法レベルが十上がるごとに、威力が大幅に増える特殊効果を付けることができると聞いたことがあります」
博識のフォーゲンの説明で意味が分かったが、それでは今+3を唱えた火炎球の威力は……魔法レベル十で+1、魔法レベル二十で+2ということは。
「レベル三十の魔法、つまり超上級クラスの魔法使いが使える魔法ということです」
フォーゲンは目の前で起きている光景に視線を戻した。
長く生きているフォーゲンでも、レベル三十台の超上級の魔法使いに出会うのは久しぶりだったからだ。
一方で、ブレガ陣営は慌てふためいていた。
「後継者様、もっと強い魔法を!」
叫んだブレガを後継者は睨みつけた。
「分かっている!」
相手が放っている「火炎球+3」とは、レベル三十の魔法だ。
彼の作った凍氷の硬壁も同じくレベル三十の魔法のため、互いぶつかれば相殺されるのは当然だった。
(くそー、ここまで強いとは!)
シーリスの後継者は驚きを禁じ得なかった。
まさか、ここまで追い詰められるとは思ってもいなかったのだ。
少年は超上級の魔法使いということだ。
そして、後継者の彼自身も超上級の魔法使いだ。
つまり、自分の年齢よりも一回り以上若い少年と、自分の魔法使いのクラスが同じなのだ。
シーリス魔法学院の後継者のプライドはズタズタにされてしまった。
後継者の男は少年の頃から天才と呼ばれていた。
とある国に生まれた男は住んでいた都市にあった魔法学院に通っていたが、在学中にすでに教師との魔法試合でも勝つことが多かった。
そしていつからか、周囲には男に勝てる魔法使いはいなくなっていた。
ちょうどその頃、伝説の魔法学院であったシーリス魔法学院の存在が明らかになり、後継者を募っている話が広まっていた。そこで学院長からシーリス魔法学院を受けてみないかと勧められたのだ。
当然だと、男は思った。
自分の強さは生まれ持っての才能だ。こんな地方の国に収まるものではない。だからこそ、自分はさらに強くなる。
そう思った男はシーリス魔法学院の門を叩いたのだ。
それから長い年月をかけて、ついに超上級の魔法使いになったのだ。
男の類稀な才能と必死の努力のまさに賜物だった。
それなのに、目の前の少年は、自分が小国の魔法学院に入学した時と同じくらいの年齢で、すでに今の自分と同じ魔法使いレベルなのだ。
(生意気なガキめ!)
プライドを完全に壊された男は、吹っ切れたかのように少年に対して恐怖や恐れがなくなっていた。
それよりも、少年への嫉妬や憎しみが勝り始めたからだ。
(絶対に勝って、このガキを殺す!)
しかも、少年の魔法レベルはここまでのようだ。
+3を最後に威力は増していない。
(さすがにこれ以上のプラス効果は無理か。まぁ当然だな)
さらに上の+4は四十台のレベル、つまり勇者級の魔法になる。
いくらズバ抜けた魔法の才能があるとはいえ、少年の年齢ではさすがに勇者級に到達するのは無理な話だ。
それであれば、男の勝算は高い。
なぜなら、男の魔法使いレベルは三十八だからだ。
超上級とは、レベル三十から三十九までの魔法使いのクラスだ。つまり、男と少年は同じ超上級だが、男の方が魔法レベルは高いはずだ。
(さすがに、あの年齢で俺の三十八レベル以上ということはないだろう。おそらくは三十台前半か」
やはり、+3以上の火炎球は襲ってこない。
男は少年の魔法使いレベルが、自分より低いことを確信した。
「喰らえ! 暴れる吹雪!」
男が唱えると、目の前で吹雪が吹き荒れた。
暴れる吹雪はレベル三十台の魔法だ。レベル三十八の男が全魔力を注げば、三十台前半レベルの少年が敵うはずがない。
これで魔法レベル三十の火炎球+3を消し去るどころか、そのまま生意気な少年を葬り去ることができる。
男は残忍な表情を浮かべながら大笑いをした。




