第二十八話 レーテル姫の戦力
妹の宣言を聞いた後、二人の兄の反応は対照的だった。
最初こそ、二人とも怒っていたが、しばらくすると我に帰ったのだろう。
ひとりはシャスターをチラチラと見ながら、心なしか不安そうな表情になっている。
その一方で、もうひとりは余裕な笑みを浮かべてレーテル姫を侮蔑した。
「レーテル、お前がそんな嘘をつくとは……兄として恥ずかしいぞ」
ブレガはわざとらしく大きなため息を吐く。
「それに、そもそもお前には固有の戦力がない。我らのように戦うことさえ出来ぬではないか」
憐れむように薄ら笑いしたブレガだったが、なぜかハルテ国王は同調して笑わない。
笑えなかったのだ。
「固有の戦力ならあるよ」
この声は先ほどの少年だった。
「戯言を言うな! レーテルのどこにそんな戦力があるというのだ?」
「ここだよ」
シャスターが自分自身を指すと、ブレガは馬鹿にしたかのように嘲けた。
「お前が高レベルな魔法使いだとしても、ひとりでは何も出来まい」
仮に少年がよほど強い魔法使いでも、ブレガ陣営の戦力八千人に、たったひとりで敵うはずがないのだ。
「そう思うのなら、試してみる?」
シャスターは挑発的に微笑んだが、ブレガは鼻で笑った。
「ふん、全軍を使って試す必要もあるまい。後継者様!」
ブレガに突然呼ばれた後継者は慌てた。
「な、なんだ?」
「この生意気なガキを懲らしめてください」
「お、おれが?」
「そうです。シーリス魔法学院の後継者の実力を見せつけてあげてください!」
少年がどれほどの強くても、本気を出したシーリス魔法学院の後継者には敵うはずがない。
そして、少年が倒されれば、レーテルの甘い妄想も消え去る。
その後は、何故だか知らないがこの場に現れたハルテを殺してしまえば全てが終わる。
自分が国王になる輝く未来はすぐ目の前にあるのだ。
ブレガは笑いを堪えるのに必死だった。
「へぇー。こちらの偉大なる魔法使い様が、シーリス魔法学院の後継者だったの?」
シャスターは珍しそうに上から下へと、何度も目の前の魔法使いを見つめた。
「そうだ! このお方こそ、伝説の『五芒星の後継者』のおひとり、シーリス魔法学院の後継者様だ! このお方とお前とでは、天と地ほども実力差がある。自分の力を過信したことを後悔しながら死ね! そしてレーテルよ、お前が不相応な望みをしたことを心の底から後悔させてやる」
ブレガは自信満々に答えた。
そんなブレガの表情を見ながら、シャスターはふとあることを思い出し、後ろを振り向いた。
「レーテル姫、雨を降らせたのはこの人ですか?」
シャスターの質問にレーテル姫は頭を横に振った。
「残念ながら違います」
レーテル姫の声は沈んでいた。
ブレガ陣営にいる魔法使いこそが、雨を降らせた旅人だと思っていたからだ。
と同時に、レーテル姫は安堵もしていた。
水氷の魔法使いが多くの兵士を無残に殺していると聞いた時から、あの心優しい旅人がそんな無慈悲なことをするだろうかと思っていたからだ。
「姫さま、残念でございました。しかし、これで良かったのかもしれません」
横でフォーゲンもレーテル姫の心情を思い遣った。
つまり、ブレガ陣営の水氷の魔法使いと、シーリス魔法学院の後継者は同一人物だったが、雨を降らせた旅人は別人だったということだ。
それでは、あの旅人は何処へ行ったのだろう。
ふと、レーテル姫は遠い空に視線が移ったが、すぐに現実に戻った。
今はそんなことに思いを飛ばしている時ではないのだ。
「今、私はこの国の未来のためにここに来ています!」
レーテル姫の覚悟は強い。
「もう兄上たちに何を言われても引きません。私が国王になります!」
「姫さま……」
フォーゲンの目柱が熱くなる。
他人を気遣うあまり、自分の気持ちを出せなかった少女が、ここまで大きく成長してくれるとは。
フォーゲンは、まるで親心の気持ちで嬉しくなった。
「シャスター様、どうかお力をお貸しください!」
「了解」
レーテル姫の願いにシャスターは微笑んで答えた。
「それじゃ、シーリス魔法学院の後継者様、お手合わせ願いますか?」
二人を残してハルテ国王陣営もブレガ陣営も一斉にその場を離れた。魔法使い同士の戦いに巻き込まれないためだ。
「火炎球」
先制攻撃はシャスターだった。
彼の手のひらから火炎球が、シーリスの後継者に向かって放たれる。
火炎系魔法使い 対 水氷系魔法使い。
二人の戦いが始まった。




