第二十七話 覚悟の宣言
水蒸気の白い煙はすっかり消えていた。
炎の壁も消えたので、両陣営ともすぐに戦えるはずだ。
しかし、互いに動かない。
いや、動けなかったのだ。
ブレガとシーリスの後継者は前線に居残ったまま立ちすくんでいた。
真剣な表情で、ずっと前方のハルテ国王陣営を見つめている。
心配になって駆けつけた家臣たちが、声を掛けようとした。
その時だった。
「前方に人影です!」
騎士が声を上げる。
二人はまるでその声に反応したかのように、目をさらに大きく開いた。家臣たちも前方を見る。
すると、確かに人影がひとつ近づいてくるのが見えた。
「ブレガ様、敵はたったひとりです。攻撃のご命令を!」
家臣たちは進言したが、ブレガは攻撃を命令することができなかった。
同様に後継者も魔法攻撃することができない。
なぜなら、ひとりでこちらに向かって来るということは、それだけの実力があるからだ。
そして、それは火炎の壁を放った魔法使いに違いなかった。
二人は緊張した面持ちで、その敵を見つめていた。
そして、ついにその姿が視界に見えた。
「……ん!? 少年だと?」
ブレガは見たままの状況を口に出した。
旅人の姿をした少年は、金色の髪に真紅の瞳が特徴的な美男子ではあるが、シーリスの後継者の魔法攻撃が効かなかった歴戦の魔法使いには到底見えない。
「お前は誰だ?」
至近距離まで近づいて止まった少年に、ブレガは質問した。
「俺はシャスター。あんたたちは?」
「時期国王になる者だ!」
「あぁ。あんたがハルテ国王の弟か」
少年は納得した様子で薄く笑みをたたえた。
「あんな兄なら、反乱を起こしたくなる気持ちはよく分かるよ」
「なんだと!? お前はハルテの魔法使いではないのか?」
「ハルテ国王の部下じゃないよ。まぁ、それよりも……」
シャスターはもう一人に目を向けた。
「この人は誰?」
「このお方は偉大なる魔法使いだ!」
ハルテは誇らしげに胸を張って、彼の代わりに答えた。
「ふぅーん、偉大な魔法使いねぇ。確かにあれほどの魔法を放てるのなら、ハルテ陣営にいる魔法使いとは比べ物にならないほど高いレベルなのは間違いないか」
シャスターは軽く褒めると、まじまじと見つめた。
「お、お前が、あ、あの火炎の壁を作ったのか?」
「そうだよ」
後継者の質問に速攻でシャスターは肯定した。
後継者としては少年の言葉を認めたくなかった。しかし、たったひとりで敵陣に現れ、しかも冷静でいられる態度を見て、この少年が高レベルな魔法使いであると認めざるを得ない。
ブレガは少年を見た目で判断している為、歴戦の魔法使いだとは信じきれていないようだが、魔法使いの実力に年齢は関係ない。
あるのは才能なのだ。
「お前は一体……」
「あ! ちょうど良かった。おぉーい!」
後継者の言葉を遮って、シャスターは大声で叫んだ。
ブレガたちは少年が叫んだ方を見る。するとハルテ国王の陣営から現れた数人の姿が見える。さらに、その中に見知った顔があり、ブレガは驚愕した。
「あ、あれはハルテ!」
半透明な緑の球体の中にハルテ国王と宰相タジサルがいたのだ。
ハルテ国王とタジサルは少し前に目を覚ましていた。
知らぬ間に防御壁の中に閉じ込められ、何がなんだか分からぬまま、弟のブレガの前に連れて来られたのだ。ブレガ以上にハルテ国王たちの方が驚いていた。
「お、おい、何で俺がブレガの陣営にいるのだ!?」
ハルテ国王は慌てふためいたが、バリアの中では思うように動けない。
そんな状況の中、ハルテ国王とブレガの二人は久しぶりに兄弟の再会を果たしたが、当然ながら感動の再会とはならなかった。
二人は気まずい雰囲気のまま、顔を合わせた。
本来であれば、どちらかが勝者でどちらかが敗者、そんな状況で対面するはずだった。
しかも、せっかくの決戦を邪魔されてしまったのだ。
だからこそ、ハルテもブレガも互いに罵りたい衝動を抑えて、もうひとりの兄妹を睨んだ。
レーテル姫だ。
「おい、レーテル! これはお前の差し金か?」
「お久しぶりです、ブレガ兄様。私はただ二人に争ってもらいたくないだけなのです」
「ふん、それは無理というものだ」
反応したのはハルテ国王だった。防御壁の中は足下が不安定なため、座りながらレーテル姫を睨んでいた。
「国王に反逆をするような弟は死罪に決まっておるわ!」
「人望もない国王に誰が従うものか! 俺の方がよっぽど国王に相応しいわ!」
「なんだと!?」
ついに、抑えていた衝動が爆発した。
二人は互いに罵り合いを続ける。罵倒の嵐は、永遠に続きそうな勢いだった。
そんな兄たちを見かねたレーテル姫が大声で叫ぶ。
「お二人ともおやめ下さい。私が国王になります!」
次の瞬間、二人の罵声が止まった。
「おい、レーテル?」
「今、なんて言った?」
二人の驚きの表情は、しかしすぐに怒りに変わる。
「ふざけるな、レーテル!」
「お前のような小娘が国王になれるわけがなかろう!」
二人は怒り狂ったかのように叫んだが、レーテル姫は怯まない。
「そうです、私は小娘です。だからこそ、父上が亡くなった時、父上の遺言に従わず国王を辞退しました。しかし、お二人の争いを見ていて思いました。私は父上の意思に従い、アイヤール王国の国王になります!」
レーテル姫はついに宣言した。
しかも、直接二人の兄の目の前でだ。
十二歳の少女にとって、とても勇気がいる行為だったはずだ。
しかし、覚悟を決めて宣言をしたレーテル姫の表情は、不思議なほど清々しく晴々としていた。
そして、その瞳には強い意志が輝いていた。




