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第二十六話 竜巻と炎

「こ、これは、一体!?」


「馬鹿な、ありえない……」


 先ほどと全く同じ炎の壁の出現に、ブレガも後継者も言葉に詰まったが、専門家ではない分ブレガの方が立ち直りが早かった。


「敵の魔法使い(ウィザード)が、また炎の壁を作ったのですな」


 ブレガは納得の表情をしたが、後継者は対照的な表情をしている。


「馬鹿を言うな! あれほど巨大な火炎の壁(ファイア・ウォール)だぞ! 上級レベルの魔法使い(ウィザード)が協力して作ったとしてもすぐに魔力がなくなり、しばらく作れるはずがない!」


「それでは、あの炎の壁はどのように?」


「わ、わからぬ。もしかして、二回目の火炎の壁(ファイア・ウォール)を作るために、先程とは別の魔法使い(ウィザード)たちを用意したか……いや、あの火炎の壁(ファイア・ウォール)を作るのに、レベル二十台の上級魔法使い(ウィザード)が最低でも十人は必要だ。それが二回なら二十人……この短期間に、それほどの多くの上級魔法使い(ウィザード)を集められるのか?」


 後継者は気が動転しながら、自問自答していた。

 それを横で見つめながら、ブレガはため息をついた。


「落ち着いてください! あなたはシーリス魔法学院の後継者様ですぞ!」


「そ、そうだ! 俺はシーリス魔法学院の後継者なのだ!」


 ブレガの叱咤に後継者は気が落ち着いてきたようだ。


「そうですとも。それにあなた様は仰ったではないですか。本気を出せば破壊するのは簡単だと。今が本気を出す時です」


「……そうだな」


 彼は今までの気の弱さが嘘だったかのように、ふてぶてしく笑った。


 冷静に考えれば、二回目の火炎の壁(ファイア・ウォール)もあり得ないことではない。

 敵のハルテ国王陣営は四方八方に手を尽くして、上級魔法使い(ウィザード)を何とか二十人集めたのだろう。

 だからこそ、二回目の火炎の壁(ファイア・ウォール)が出現したのだ。


 しかし、これで終わりだ。

 これ以上、火炎の壁(ファイア・ウォール)は出現しない。


 それに先ほども自分自身で苦笑したが、上級レベルの魔法使い(ウィザード)が十人や二十人いようが、大した脅威ではない。



 落ち着きを取り戻した後継者は、炎の壁に向かって数歩前に出ると両手を上げた。


流水の竜巻ウォーター・トルネード!」


 すると、彼の左右にそれぞれ二つの巨大な水の竜巻が起こる。天高く延びている竜巻は、炎の壁の高さを凌駕している。


「うおぉ、素晴らしい!」


 後ろからその光景を見ていたブレガが絶賛する。

 この水の竜巻を炎の壁に衝突させれば、炎の壁は消えてしまうだろう。


「行け、流水の竜巻ウォーター・トルネード!」


 後継者の掛け声に合わせて、二つの巨大な竜巻は激しく動き出し、炎の壁に衝突した。


 その直後、爆音とともに周辺は視界が見えなくなるほどの白い水蒸気に包まれた。


 竜巻の水が蒸発したからだ。

 これで、流水の竜巻ウォーター・トルネードは消えてしまったが、同時に火炎の壁(ファイア・ウォール)も消えたはずだ。

 あとはブレガに任せるだけだ。



 後継者はゆっくりと周りを見渡した。

 徐々に水蒸気も消えていき、隣にいるブレガの姿も見えてきた。

 視界が広がると、周辺も広い範囲が見え始める。


 そして、目の前の映っている光景も。


「な、な、なぜ……だ!?」


 彼は呆然となった。


 そこには悠然と燃え続ける巨大な炎の壁が立ち塞がっていたからだ。



「う、うそだ!」


 現実を直視できない後継者は狼狽した。

 彼にとって渾身の魔法、流水の竜巻ウォーター・トルネードを二つも放ったのだ。

 しかし、火炎の壁(ファイア・ウォール)は全くダメージがないかのように燃え続けている。


 隣ではブレガも口を開けたまま唖然としていた。

 二人とも一体何が起きているのか分からない。


 しかし、次の瞬間、巨大な炎の壁が忽然と消えた。

 まさに、一瞬のことだった。



「あははは。やはり、後継者様の魔法は効いていたようですな。炎の壁は巨大な分、消えるのに時間が掛かったのでしょう」


 安堵した表情のブレガが笑う。

 なんてことはない、実際には流水の竜巻ウォーター・トルネードによって炎の壁は徐々に消えていたのだ。ただ巨大だった為、全てが消えるまでに時間が掛かっていただけだ。


 しかし、ブレガとは逆に後継者の表情は強張ったままだ。


「俺の流水の竜巻ウォーター・トルネードで消えたのなら、あのように一瞬で消えたりはしない。攻撃を受けた場所から徐々に消えていくはずだ」


「それでは、敵の魔法使い(ウィザード)たちの魔力が尽きたのですな」


「いや、その場合でも徐々に消えるだろう。魔力が尽きた魔法使い(ウィザード)から順に、その箇所から炎が消えていく……まさか!?」


 自分で考えを発しながら、ある一つの結論を導き出してしまった後継者の表情が一変した。

 急激に顔色が悪くなる。


「……いや、そんなはずはない。だが……」


「どうなさいました?」


 ブレガは後継者の変化に驚いた。

 今まで傲慢不遜だった男の顔から血の気が引いているのだ。

 何が起きたのだと、不安になったブレガに対して、後継者がやっと口を開く。



火炎の壁(ファイア・ウォール)が一瞬で消えたのは、敵の魔法使い(ウィザード)が自ら魔法を止めたからだ」


「なるほど。確かにそれならば納得ですな」


 ブレガは頷いた。

 魔法に詳しくない彼でも、術者が自分で魔法を止めればすぐに魔法が消えることは理解できる。


 しかし、後継者が恐怖している理由はそこではなかった。


「魔法を止めれば一瞬で消える。しかし、大勢の魔法使い(ウィザード)でそれを行えば、必ず時間差が発生する」


 それも当然だとブレガは理解できた。

 同時に魔法を消すことはかなり訓練をしなければ無理だ。集めたばかりの魔法使い(ウィザード)ではできるはずがない。


 しかし、目の前の炎の壁は一瞬で消えた。



「……まさか!」


 その時、やっとブレガにも後継者の恐れている理由が分かった。


「しかし、そのようなことが……現実にあるのでしょうか?」


 ブレガは絶対にあり得ないと信じたかった。

 少しの可能性を信じてブレガは後継者を見たが、彼は頭を横に振って答えた。


「巨大な火炎の壁(ファイア・ウォール)が一瞬で消えた……それは大勢の魔法使い(ウィザード)が作った魔法ではないことを意味する」


「……」


「つまり、たったひとりの魔法使い(ウィザード)によって作られた火炎の壁(ファイア・ウォール)だということだ」





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