第二十四話 水氷の魔法使い
同時刻、ハルテ国王と敵対しているブレガ陣営でも混乱が生じていた。
「何なのだ、あの炎は?」
ハルテ国王の弟でレーテル姫の兄であるブレガが大声で叫ぶ。
あの巨大な炎の壁のせいで、氷の刃が全て溶けてしまったからだ。
「誰か、答えよ!」
しかし、家臣たちはブレガの質問に誰も答えられない。
彼らも炎の壁が突然現れたことに驚いているからだ。
「えーい、全く役に立たん奴らだ!」
ブレガの睨みに家臣たちは震え上がる。
無能の烙印を押されて処刑された者が、この一年で何人もいるからだ。
ブレガはハルテ国王をさらに粗野にした人物だった。
気に入らない者はすぐに粛清をし、自分に媚び諂う者たちだけを重職に登用していた。
そのため、ブレガ陣営は徐々に弱体化していき、ハルテ国王陣営との戦いもずっと負けていたのだが、半月ほど前に突然現れた魔法使いによって連敗が止まり、それからは連戦連勝を続けている。
初めてブレガの前に現れた時、自らをシーリス魔法学院の後継者と名乗った魔法使いは、胡散臭そうにしていたブレガの前で魔法を見せた。
その水氷系魔法を見た途端、ブレガの態度が変わった。まさに尋常ではない魔力の持ち主だったからだ。
「どうか、我が陣営に味方していただきたい!」
ブレガは頭を下げて多額の報酬を約束した。
それ以来、水氷系魔法使いの活躍でブレガ陣営は負け知らずとなった。
そして今日の大規模戦闘である。
ブレガ陣営はハルテ国王陣営に内通者がいた為、今日ハルテ国王が全軍で総攻撃を仕掛けてくることは予め分かっていた。
だからこそ、ブレガも全軍を投入して自分自身も戦場に足を運んだのだ。今日で長かった内戦に終止符を打つために。
そして、この戦いで完全勝利した後、ハルテ国王を処刑して自分が国王になるつもりでいた。
しかし、最初の魔法攻撃から出鼻から挫かされてしまった。
不機嫌になるのは当然だ。
「ふん、それにしてもあの魔法使いも口ほどにもない。この程度の炎に氷が溶かされてしまうのだからな」
「何か言ったか?」
突然目の前に現れた人物に、ブレガは慌てふためいた。
その人物は当たり前のようにブレガの隣に座り、ブレガが食べていた果物を口に運ぶ。
「シーリスの後継者様! あ、いえ、何も言ってはおりません。ただあの炎は何なのかと?」
いかに尊大なブレガも、「五芒星の後継者」の一人であるシーリス魔法学院の後継者には逆らうことは出来ない。
卑屈な笑みを浮かべて笑った。
傭兵として雇われている方が雇っている方より態度がでかいという奇妙な関係だが、互いに損得だけで動いていることは明らかだった。
ブレガは国王になるために、後継者は多額の報酬のために手を結んでいた。
「あの炎は火炎の壁、火炎系の魔法だ」
「あれほど巨大な炎の壁を魔法でつくることが可能なのですか?」
ブレガは驚く。
「おそらく敵は俺の対抗策として、レベル二十台、つまり上級レベルの火炎系魔法使いを何人も雇ったのだろう。そいつらがチカラを合わせて魔法を唱えたに違いない」
目の前の巨大な火炎の壁は、レベル十台の中級レベルの魔法使いが百人いようが、つくることはできない。
レベル二十台の上級レベルの魔法使いでも、最低十人は必要だ。
この短期間で、これほど多くの上級レベルの火炎系魔法使いを集めて雇うことができるとは。
シーリスの後継者の彼としては、ハルテ国王陣営の情報力と資金の潤沢さに驚いていた。
(付くほうを間違えたか?)
後継者は自問したが、負けていたブレガ陣営に付いたからこそ、優遇され莫大な報酬を約束されたのだ。それに敵に上級レベルの魔法使いが十人や二十人いようが、大した脅威ではない。
しかし、そんな後継者の考え込む表情を見て、ブレガは不安に感じたようだった。
「大丈夫でしょうか?」
「何が、だ?」
鋭い視線で睨まれて、ブレガはたじろぐ。
「貴様が何を心配しているのか想像はつくが、俺はシーリス魔法学院の後継者だ。俺が本気を出したら、あの程度の火炎系の魔法使いなどひとたまりもないわ!」
「仰るとおりです」
ブレガは頭を下げた。
その時ちょうど炎の壁が消えた。魔力が切れたのだろうとブレガは思った。
「あれほど巨大な火炎の壁だ。上級レベルの魔法使いでも限界がある。だから消えたのだろう。奴らにはもう魔力が残っておるまい。俺が奴らを殺してくる」
「ははっ! 宜しくお願いします」
ブレガは再び頭を下げた。
生意気な魔法使いへの卑屈な日々も今日で終わりだ。あとは兄のハルテを殺したら、さっさと金を渡し追い払って自分が国王になる。
ブレガは頭を下げながらも、明るい未来を噛みしめて笑っていた。




