第二十三話 カリンの信力
「防御壁!」
カリンが詠唱すると、カリンたち三人の周りにグリーン色をした半透明のドーム状の膜が張られた。
ギリギリのところで間に合った。
タジサルの命令を受けた騎士たちは防御壁を攻撃し始めたが、カリンのバリアには傷一つ付かない。
死者の森での幾多の戦いで、カリンの信力は目まぐるしくレベルアップしていたのだ。
「カリン様、ありがとうございます!」
レーテル姫とフォーゲンが感謝したが、カリンとすれば安泰とは言えない。
ハルテ国王が剣を抜いたからだ。
国王の剣は魔法の剣だった。鞘から抜いた瞬間、剣が薄い青色に輝いている。
魔法の剣は通常の剣よりも数倍攻撃力が高いと、シャスターが話していた。
カリンのバリアで防げるかどうか分からない。カリンは全神経を集中して、信力を防御壁に注ぎ込み始めた。
「ちっ! 神聖魔法の使い手だったとは、どこまでも生意気な娘だ。だが、俺の魔法の剣の前では無意味だ」
嘲りながらハルテ国王が魔法の剣を防御壁に力強く振りかざした。
しかし、魔法の剣は跳ね返されてしまった。カリンのバリアには傷一つさえ付かない。
「ば、ばかな、こんなわけがあるはずない!」
慌てたハルテ国王はバリアに向けて何度もがむしゃらに剣を叩きつける。
それでもバリアは無傷だ。
これにはカリン自身が一番驚いた。自分の想像以上に、信力がレベルアップしていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ……」
汗だくになりながらハルテ国王は周囲を睨みつける。
「おい、ぼけっと見ていないで、お前たちも手伝え!」
国王の怒号で、再び騎士たちは防御壁に攻撃を始めた。
しかし、バリアを攻撃をしていた騎士たちが突然地面に倒れた。しかも、全員が同時にだ。
さらに、それだけではない。
国王の周りにいた騎士たちも次々と倒れていく。
「なっ!?」
何が起きているのか理解できぬまま、ハルテ国王は呆然と立ち尽くしていた。
国王の目には、たった数分で国王を護衛していた約二百人の騎士が全員、地面に倒れている光景が映っていたからだ。
周囲で立っているのは、国王とタジサル、それに貴族たちだけだ。
誰もが目の前で起きた光景に恐怖で震えている。
「な、なんだ……なにが起こった!?」
やっとのことで声を出した直後、ハルテ国王は背後に人の気配を感じた。
その者が喉元に短剣を当てているのだ。短剣を軽く引くだけで、ハルテ国王は絶命するだろう。
突然命を奪われる事態に、ハルテ国王の顔からは滝のように汗が流れている。
この者が二百人もの護衛を全滅させたのだ。
「星華さん!」
防御壁の中にいるカリンが嬉しそうに声を掛けた。
それと同時にハルテ国王は、この者がシャスターの仲間だと悟った。さらに大量の汗が流れてくる。
「お、お許しください。わ、わたしはシャスター様に歯向かうつもりなど、ま、まったくございません」
懇願している国王の喉に小さい痛みが走った。短剣が首の薄皮を切ったのだ。
「ぎゃー!」
ハルテ国王は絶叫を上げた。肉体的な痛みはほとんどなかったが、精神的に耐えきれなかったのだ。
国王はそのまま気を失ってしまった。
ハルテ国王の襟首を掴んだ星華は、まるで物を投げるかのように片手で軽々と地面に放り投げた。地面に激突した国王は鼻から血を流しながらも意識を戻さない。
そんな国王に目を向けることなく、星華の足が今度はタジサルに向かった。
「ひ、ひぇえー! お、お助けを……」
タジサルもまた、あまりの恐怖でそのまま失神してしまった。
残された貴族たちも失神したり、青白い表情で震えたりしている。
星華はそのまま、カリンの前に立った。
「騎士たちは全員気絶しているだけです。死んではいません」
星華の一言でカリンは安堵した。彼女なら全員を殺すことも簡単だったからだ。
「星華さん、ありがとう!」
ホッとした表情で笑ったカリンに対し、星華は微笑みもせずに頷くだけであった。
しかし、カリンは知っていた。これが星華の感情表現なのだ。
星華はレーテル姫たちを守ってくれたのだ。
「国王も気を失ったことだし、やっとチャンス到来ですね、レーテル姫!」
カリンはレーテル姫に笑いかけたが、レーテル姫は呆然としたままだ。
それはそうだろう。目の前にいる黒ずくめの少女が、大勢の騎士を一瞬で倒してしまったのだ。
いくら忍者の最上位「くノ一」が強いとはいえ、星華の強さは常識外だった。
「星華様、助けていただきありがとうございます!」
呆然としていたレーテル姫だったが、何よりお礼を言わなければならないと思ったのだ。
「守護者様、ありがとうございます!」
フォーゲンもレーテル姫に倣い頭を下げた。
星華は無表情のまま軽く頭を下げると、そのまま前線に向けて歩き始めた。
「レーテル姫、私たちも行きましょう!」
「あ、あの、カリン様、どこへ……」
先ほどチャンス到来と言っていたが、レーテル姫としては何のことだか分からない。
そんな戸惑っている姫にカリンは困った表情で笑いかけた。
「どこって……水氷の魔法使いのいる場所ですよ」
「あっ!」
レーテル姫は元々最初の目的が水氷の魔法使いに会うことだということをすっかり失念していた。
これだけ常識外のことが起きたのだ。仕方がないと言えば、そうなのだが。
レーテル姫は恥ずかしくなり頬を赤らめた。
「私のワガママに付き合わせてしまい、申し訳ございません」
「気にすることはありません」
カリンは笑った。
シャスターはレーテル姫を国王にするつもりらしいが、カリンにとってはレーテル姫が恋焦がれている水氷の魔法使いに会わせるほうが優先なのだ。
「さぁ行きましょう。あ、そうだ!」
カリンは気を失っているハルテ国王とタジサルに目を向けた。
「レーテル姫は兄妹三人での話し合いを望んでいましたよね。それじゃ、この二人も連れて行きますね」
カリンが唱えると、防御壁がハルテ国王とタジサルの二人を閉じ込めた。
さらに、バリアは地上から少しだけ浮くと、カリンの後ろをゆっくりと移動し始めた。
こうして、カリン、星華、レーテル姫とフォーゲン、そしてハルテ国王とタジサル宰相という奇妙な一行は、前線に向かい進み始めた。




