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第十七話 領主の公務

 領主デニムの一日は忙しい。


 毎朝九時に目覚めると一時間かけて入浴し、その後は昼食を兼ねた遅めの朝食のブランチを二時間かけて食べ、それから午後の公務が始まる。


 デニムは毎日熱心に公務を行っていた。


 ただし、机に座って公務をすることはない。円状の大きなベッドに半裸の女性を何人も侍らせながら、自らはベッドの上で行うのだ。

 公務を行う文官たちはデニムがいる部屋の隅で事務報告をするが、デニムは仕事熱心なので、少しでも報告が気に入らないと彼らを怒号し、時には殺される者もいる。だから、彼らも毎日戦々恐々で報告をするのだ。



 この日も五人ほどの文官たちが午後の公務のため、デニムの部屋に入ってきた。

 午後といってもすでに太陽が落ち始めている時間だ。文官たちは昼過ぎから部屋の外でずっと待っていたが、領主のお楽しみが終わるまで部屋に入ることは許されない。


「入れ!」との声がしたあと部屋に入ると、デニムは相変わらず数人の女性と戯れていた。しかし、文官たちは敢えて気にせずに淡々と事務報告を始めた。



 すると、報告を聞いていたデニムの表情が変わり始めた。

 見る見るうちに表情が険しくなっていく。文官たちもその変化に気付いた。いや、彼らは今日の報告がデニムを怒らせることを予め分かっていたのだ。


「ということで、このままで行くと今年の税収は昨年と比べますと落ちてしまいます」


「そんなことは分かりきっている!」


 デニムの怒号が部屋中に響き渡り、思わず全員が身をかがめた。

 文官たちは今年の領内の税収が落ちることを報告したのだ。税収が落ちることを喜ぶ領主はいない。だから、デニムの怒りは当然といえば当然であるのだが、それだけで終わらないのが悪名高い領主だ。


「必ず今年の税収を昨年以上にしろ。命令が聞けぬなら、お前たち全員を処刑だ」


「そんなムチャな!」


 文官が思わず声を上げると、デニムは即座に自分の右手をその文官に向けた。


「俺に反抗するな! 火炎球(ファイア・ボール)!」


 次の瞬間、炎が文官を襲う。


「ぎゃー!」


 炎に包まれながら文官はもがき苦しみ、しばらく叫び続けた後、そのまま倒れ込んで絶命した。

 残りの文官たちもベッドにいる女性たちもあまりの惨状に声を出すことも出来ない。


「もういい。今日の公務はもう終わりだ。さっさとその焦げ臭い死体を片付けておけ!」


 イラついた表情でガウンをまとったデニムは、部屋から出て行こうとベッドを降りる。


 ちょうどその時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 このタイミングで現れるとはどこの馬鹿者だ、声には出さないが文官たち全員がそう思った。

 他の文官が追加の報告をしに来たのだろうが、領主の怒りが頂点に達している時に現れるなど最悪だ。



「誰だ?」


 不機嫌さを隠さないデニムの声だったが、それに臆することなくその人物は部屋に入ってきた。

 そして現れた意外な人物に誰もが驚いた。機嫌の悪いデニムも同様だ。


「こんなところに何しに来た? シャスター」


 デニムに問われた騎士団長はゆっくりと頭を下げた。


「デニム様、公務の最中に申し訳ございません」


「公務は終わったところだ」


「それはちょうど良いタイミングでした」


「何が良いタイミングだ!」と四人の文官たちは内心舌打ちした。


 文官たちは騎士団長になったこの少年に好意を持っていなかった。なぜなら彼らは長い時間をかけて賄賂と横領を繰り返し、仲間を蹴落として、やっと領主デニムに報告できる高級文官の地位までのし上がってきたのだ。

 それが彼らのプライドであり優越感だった。

 だからこそ、素性も分からない放浪の小僧がたった一日で騎士団長という重職に就いたことは彼らの傲慢なプライドを大いに傷つけていた。


 同じことが三年前にも起きていた。エルマが現れて傭兵隊長になった時だ。あの時も文官たちは警戒し、エルマを落とそうと企んでいたが、それも虚しく傭兵隊はその後大きな力をつけてしまった。


 このままではシャスターもエルマと同じに力を持ってしまう。

 シャスターやエルマたち武官たちが幅を利かせ、自分たち文官はますます肩身の狭い身になってしまうかもしれない。



「立場をひかえろ、騎士団長! 領主様の部屋に入れるのは我ら文官のみ。さっさと部屋から出ていけ!」


 文官のひとりがシャスターを非難する。自分たちの身を守る行為だったのだろうが、残念ながら逆効果だった。


「黙れ! 俺が話しているのだ」


 再びデニムの掌から火炎球(ファイア・ボール)が放たれる。

 シャスターを非難した文官はたちまち炎に包まれた。


「俺は今非常に機嫌が悪い。早く要件を言え!」


 デニムがシャスターを睨みつける。

 しかし、これでもまだシャスターに対するデニムの態度は良い方だった。先日フェルドの町を炎上させ、デニムを大いに満足させたからだ。

 もし、この場に現れたのがシャスターではなく他の人間なら有無を言わせず焼き殺されていたに違いない。



「デニム様に献上したいものがありましたので参上致しました」


「献上だと?」


 もう一度デニムは睨みつけたが、そんなことに臆する少年ではない。


「はい。少しばかり献上したいものがありましたので。今からここに出してもよろしいでしょうか?」


「かまわぬ。さっさと出せ!」


 デニムは一層不機嫌な声になる。

 先日まで放浪の旅人だったシャスターにデニムが喜ぶほどの物を献上品できるはずがない。それでも、許可したのは献上品が何なのか、デニムも多少興味があったからだ。

 しかし、本当に大したものでなければ、その時はシャスターといえどもただでは済まないだろう。


 残った文官たちはシャスターの献上品がつまらない物であることを望んだ。この状況下でデニムをさらに怒らせたら、怒りの矛先が彼らから逸れると思ったからだ。

 さらにシャスターが厳罰に処されれば、文官たちとしては「出る杭は打たれる」ことになり、これ以上の喜びはない。

 そんな甘い妄想をしている文官たちだったが、シャスターが魔法の鞄(マジック・バッグ)から出したものを見た瞬間、呆然とした。



 亜空間からは無数の金貨が滝のように溢れ出してくる。



 その量は凄まじかった。

 デニムの部屋はかなりの広さだったが、数分後には金貨で部屋の大半が彼らの膝の高さほどまで埋まってしまったのだ。



「これは……どういうことだ!?」


「デニム様に献上したい金貨でございます」


 驚いているデニムに対してシャスターは優雅に微笑んでみせた。


「騎士団の宝物庫を調べたところ、多くの金貨が溜め込んでありました。どうやら前騎士団長は私腹を肥やしていたようですが、私はこんな大金使いきれませんので、デニム様に献上しようと思い持参し……」


「でかした!」


 デニムがシャスターの言葉を遮って大声で褒めた。先程までの不機嫌な表情が嘘だったかのように慢心の笑みを浮かべている。

 当然ながら、この金貨は騎士団長派の宝物庫から奪い取ったものだ。


「シャスターよ、お前の献上品とても嬉しく思うぞ!」


 自らシャスターのもとに向かい大げさに握手をする。


「いえ、そもそもこの金貨は領土の主であるデニム様のもの。お返ししたに過ぎません」


「うむ、その殊勝な心がけ、ますます気に入った!」



 文官たちも喜んだ。

 この大金があれば今年の税収の穴を埋めることができるからだ。

「これで処刑は免れる」文官たちは安堵したが、それも一瞬のことだった。


「シャスターの見事な手腕に引き替え、お前たちの無能さはなんだ?」


 低い声で文官たちを恫喝する。


「よいか、これで税収の代わりが見つかったなどと思うな。お前たち自身で税収を増やさなければ処刑は行う。さっさと出て行け!」


 肩を落としながら急いで退出する文官たちには目もくれず、デニムはシャスターの手を離さない。


「そうだ、ちょうどこれから夕食だ。付き合え」


「ありがとうございます」


「そうだな、騎士団長がいるのだから、傭兵隊長も夕食に呼べ」


 近くの女性に指示を出すと、デニムは他の女性たちに自分の支度をさせる。



 その間にシャスターは夕食の部屋に案内された。




 夕食の部屋で待ち始めてから少しして、傭兵隊長のエルマが現れた。


「これはどういうことだ? シャスター」


 エルマとしては突然夕食に呼ばれた意図が分からない……訳ではない。

 盗賊ギダを使って、デニムの公務内容を毎回聞いている。

 だから、今日の公務がかなりイレギュラーだったことも知っている。

 もちろん、知らない振りをしなければならないので、エルマは尋ねたのだ。


「俺が金貨を献上したら、夕食に呼んでくれた。それで、せっかくならエルマ隊長も呼べってことになってね」


 シャスターとしては少し意外な展開だった。フェルドの件であれほど自分に激怒していたエルマが、普通に話しかけてきているのだ。部屋に入ってくるなりまた激怒されると思っていたシャスターは心の中で安堵していた。


「俺はお前のおこぼれを貰ったということか」


「そういう卑屈な言い方、隊長らしくないよ」


 シャスターはわざとらしく苦笑いした。


「確かにそうだな。いや、俺も傭兵隊長になって三年経つが、今まで夕食に呼ばれたことなど数えるほどしかなかったからな」


「そうなの!?」


 シャスターは驚いた。エルマほどの重鎮でもほとんど呼ばれないとは。それだけ大金がデニムを喜ばせたということだ。


「ああ。だから、お前のその手腕に感服している。俺には到底出来ぬ芸当だからな」


「買いかぶりすぎだよ」


 当然褒めているわけではなく皮肉なのだが、言われた本人は軽く受け流しながら、改めて部屋を見渡す。

 夕食をする部屋は先ほどの公務室同様、かなり広かった。部屋の中央には数メートルもある長テーブルが置いてあり、そのテーブルの上を埋め尽くすほど幾つもの料理が並んでいる。騎士団長室で食べた料理も凄かったが、こちらは比べものにならない程の豪華さだ。

 普段はデニムがひとりで食べるのだが、当然全部食べられるはずもないので、ほとんどが食べられずに捨てられてしまうのだろう。


 税収で考えれば、この無駄を省くだけで年間数千枚の金貨の削減ができると思ったシャスターだったが、もちろんそんな余計なことをデニムに言うつもりはない。

 長テーブルの端はデニムの席だ。その左右にシャスターとエルマは座って領主が来るのを待っていた。



「ところで、今朝は大変だったようだな」


 敢えてエルマは自分から聞き出した。探りを入れるためにだ。


「へぇー、今朝のことよく知っているね。さすが隊長」


「まあな。犯人は見つかったのか?」


 エルマはもう一歩踏み込んでみた。先ほどギダに話したことを確認するためだ。


「見つかっていないけど、犯人の目安はついているよ」


 シャスターの確信した表情を見て、エルマの瞳の奥が少しだけ光った。


(やはり知っているのか?)


 納得したのと同時に、シャスターがどこまで知っているのか聞きたくなる。


「ほぉ、それで犯人は誰だ?」


「秘密。騎士団内の問題だからね」


 上手く肩すかしされたところで、扉がゆっくりと開いた。



 デニムが入ってきた。



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