第十七話 王族の義務
護衛の百人の騎士たちと共に宿屋に戻った四人は、フォーゲンの部屋に集まり、明日の作戦を話し合うことにした。
「それにしても、あの宰相のタジサルって何なのですか! 完全にこっちを見下していて、凄く嫌な感じです」
怒っているカリンに対して、フォーゲンは穏やかに微笑んだ。
「良いのです、カリン様。タジサルの対応は予想していた通りでしたから、そんなに怒る必要はありませんよ。逆にシャスター様の機転で、タジサルを困らせてやることが出来ました」
宰相のタジサルは、レーテル姫が連れてきた魔法使い、つまりシャスターに先陣を切らせて人身御供に仕立てようとしていた。
しかし、シャスターの機転で先陣を切らなくても良くなったのだ。
「それにしても、シャスター様はよくタジサルの考えそうなことが分かりましたね」
「うん。俺には優秀な仲間がいるので」
「優秀な仲間……カリン様のことですか?」
「いや、カリンは優秀じゃない」
「おい!」
思わず突っ込んだカリンだったが、シャスターが誰のことを指しているのかは明白だった。
「星華、出てきていいよ」
シャスターが上に向けて声を掛ける。すると、天井から黒い影が舞い降りてきた。
「わぁ!」
突然、全身漆黒の女性が現れたのだ。
フォーゲンは驚き、レーテル姫は小さな悲鳴を上げた。
「こ、この方は?」
「驚かしてすまない。俺の守護者、忍者マスターの星華だ」
「星華です」
シャスターの自己紹介とともに、星華が軽く頭を下げた。
つられてレーテル姫とフォーゲンも頭を下げる。
「せ、星華……様ですね。私はレーテルです」
「執事のフォーゲンです」
レーテル姫は驚いた表情のままだが、フォーゲンはシャスターの説明で得心したようだ。
「五芒星の魔法学院のことが書かれている文献の一文を思い出しました。『後継者の身に万が一のことが起きぬよう、最強の守護者が付き添うこともある』と」
フォーゲンは、シャスターの優秀な仲間という言葉の意味を理解した。当然、守護者である星華を意味しているのだ。
「星華様が城に忍び込んで、タジサルたちの情報を得ていたと?」
「そういうこと」
シャスターは笑って肯定した。
星華ならこんな城の侵入などわけないのだ。
「星華、明日の作戦は分かった?」
「はい」
星華が城で手に入れた詳細な地図を広げる。
「明日の戦場となるキノス平原に、ハルテ国王陣営は一万の兵士を投入するつもりです」
「一万人とはハルテ国王陣営のほぼ全兵力ですな」
横からフォーゲンが説明を加える。
「相手のブレガ陣営にはどのくらいの兵力がいるの?」
「おそらく八千人程度かと思います」
ブレガ陣営の貴族たちが持っている兵力を集めても、それくらいであろうとのフォーゲンの予測だ。
「それじゃ、兵力的にはハルテ国王陣営が有利か」
しかも、明日ハルテ国王陣営は一万の全軍を投入するのに対して、ブレガ陣営は通常の小競り合いをしている兵力しかいない。
八千というのは、ブレガ陣営の全軍を合わせた数字であり、明日の戦場はその半分もいないだろう。
「でも、ブレガ兄上のところには、あのお方がいらっしゃいますわ」
「そうよ、シャスターのお友達がいるじゃない」
「お友達じゃない!」
カリンの嫌味を全力で否定したシャスターだったが、星華の視線に気付くとすぐに話を戻した。
「さっきの宰相の余裕な態度からみて、ハルテ国王陣営はブレガ陣営の魔法使いも織込み済みだろうね」
「はい。最近の小競り合いの戦いでは毎回、水氷の魔法使いからの先制攻撃を受けてしまい、その結果ハルテ陣営は浮き足立って敗戦しているようです。そこで明日の戦いではハルテ陣営が誇る三十人の魔法使いが水氷の魔法使いの先制攻撃を防ぎつつ、敵の魔力が切れた後、そのまま全軍で戦闘に突入するという戦術のようです」
「ふぅん、なるほどね」
明日の大まかな流れは分かった。
つまり、ハルテ国王陣営の三十人の魔法使いが、水氷の魔法の使いの先制攻撃を防げるかどうかで勝敗は決まるということだ。
宰相タジサルはかなりの自信を持っているようだが。
「まぁ、宰相にしてみれば、明日の戦いは勝利間違いなしと思っているだろうね」
ただ、シャスターとしては、どちらが勝っても負けても全く興味がない話だった。
最終的にレーテル姫が国王になれれば、それで良いのだ。
だからこそ、先ほど国王の間で宰相タジサルに話した通り、シャスターは後方でのんびりと見学しようと思っていた。
ハルテ国王陣営が全軍を投入してくるということは、明日の戦いはかなり激しいものになるだろうが、シャスターには関係ないことだった。
しかし、大きく関係してくる者たちもいる。
レーテル姫だ。
「明日の戦い、姫さまは王都で待っていてください。我々騎士たちとシャスター様たちで出陣します」
フォーゲンとしては、小競り合い程度の戦いならレーテル姫を戦場に連れていけると思っていたが、明日は大規模な戦いだ。そんな危険な場所に大切な姫を連れて行くわけにはいかなかった。
しかし、レーテル姫は頭を横に振る。
「フォーゲン、私は戦場に行きます!」
「ですが、姫さま……」
「私はアイヤール王国の姫として、戦場に行かなくてはならないのです。そして、二人の兄たちが起こしている戦いが、王国の国民にはどう映っているのか、この目で確かめなくてはなりません」
そこにいるのは、十二歳の少女ではなかった。
王族の義務を果たそうと決意した姫がいる。
「分かりました。何があっても、このフォーゲンが姫さまのことをお守りします!」
フォーゲンは目頭が熱くなった。
レーテル姫が大きく成長していることが嬉しいからだ。
そんなフォーゲンに微笑みながら、レーテル姫はシャスターに視線を移した。
「シャスター様にお尋ねしたいことがございます」
「ん、何ですか?」
「水氷の魔法使い様は大丈夫でしょうか?」
レーテル姫が心配していることは、雨を降らせた旅人である水氷の魔法使いのことだった。
明日の大規模な戦闘では、ブレガ陣営の水氷の魔法使いが狙い撃ちにされる可能性が互い。ハルテ国王陣営が誇る三十人の魔法使いに倒されてしまうかもしれないのだ。
「シャスター様、どうすれば良いのでしょうか?」
心配そうな表情のレーテル姫に、シャスターは困った表情で笑った。
「レーテル姫、大丈夫ですよ。もし、奴が本物のシーリス魔法学院の後継者であれば、三十人ほどの魔法使いで倒されることはありませんから」
「……もしかして、別人だと思っているの?」
カリンが怪訝そうな表情で質問をしてきた。
そもそも湖で雨を降らせた旅人と、ブレガ陣営の水氷の魔法使い、そしてシーリス魔法学院の後継者、この三者が同一人物であることが大前提なのだ。
その可能性は非常に高いと、レーテル姫やカリンは思っていた。
しかし、シャスターの目には高い可能性としては映っていないのだろうか。
「いやいや、俺も奴が本物だったらいいなと思っているよ。でも、それよりも……」
「それよりも?」
「別人だった時の方が、もっと面白くなりそうだからさ」
「はぁ……」
相変わらず意味が分からないことを言うシャスターに、カリンはため息をついた。
しかし、これ以上詳しく聞いてもちゃんと答えてくれないのは、今までの経験から学んでいる。
「それじゃ、明日も早いし、そろそろ寝ることにしよう」
明日の戦いの不安をよそに、この少年だけは全く何も心配していないというか、能天気だ。
しかし、それがかえって皆を安心させた。
「そうですね。それでは会議は、ここまでと致しましょう。皆様、お休みなさい」
レーテル姫の言葉とともに、四人は各部屋に戻っていった。




