第十六話 招かれざる客
国王の間に着いた四人は、驚きながら周りを見渡した。
広々とした国王の間には、多くの人々が整列していたからだ。
タジサルは忘れていたと惚けていたが、すでにレーテル姫が謁見する手筈は整っていたということだ。
これはタジサルの嫌がらせか、あるいはハルテ国王の嫌がらせなのか判断に迷うところだが、全員から冷たい視線を受けていることを考えると、おそらくは両方からの嫌がらせなのだろう。
レーテル姫は招かれざる客なのだ。
「久しいな、レーテル」
国王の間の奥から声が聞こえてきた。
ハルテ国王だ。
「ハルテ兄上もお元気そうで何よりです」
「ふん、元気なものか」
ハルテ国王は鼻先で笑って妹を馬鹿にした。
「こざかしいブレガのせいで、戦局は膠着状態だ」
いや、膠着状態というより、ハルテ軍の方が不利に傾きつつあった。原因はブレガ軍に現れた魔法使いのせいだ。
「だからこそ、お前が参戦すると聞いて、少しは期待していたのだが。たった百人の騎士とガキの魔法使いとは……」
ハルテ国王が苦笑すると、周りからも失笑が聞こえてきた。
「とりあえず、戦陣に加えてやるから、せいぜい足を引っ張らぬようにしろ。詳細は宰相から聞け」
「ありがとうございます」
レーテルは深く頭を下げたが、そのままハルテ国王は玉座から退出した。
これ以上、妹と話すことはないということなのだろう。
国王の間に残ったのは、レーテル姫たち四人と、ハルテ国王の家臣たち二十人ほどだった。
「この家臣たちは全員、ハルテ国王の後ろ盾である貴族たちです」
フォーゲンが小声でシャスターに伝える。
「それでは戦況を説明しましょう」
宰相のタジサルが口を開いた。
「王都から東へ進んだところにあるキノス平原にて、戦いが行われています。毎日小さな小競り合いは起きていますが、明日大規模な戦闘を我が軍から仕掛ける予定です」
タジサルは貴族たちを見渡した。
彼はレーテル姫たちではなく、貴族たちに説明していることは明白だった。
「数日前からブレガ軍は強力な魔法使いを投入してきており、我が軍は大きな痛手を被っています」
「タジサル、その魔法使いはシーリス魔法学院の後継者と名乗っているようだが?」
「それは嘘です」
貴族からの質問に、タジサルはキッパリと否定した。
「こんな場所に、伝説に謳われる魔法学院の後継者が現れるはずがありませんし、もし現れたとしても、正統なハルテ国王を擁している我が陣営に現れるはずです」
「それもそうだな」
貴族とのやりとりを聞きながら、シャスターは内心で苦笑した。
タジサルの分析はただの願望だ。正確な情報収集からの発言ではない。希望的観測に過ぎない。それなのに、この程度で宰相を務めることができるのは、ハルテ国王や貴族たちへの根回しだけは上手いのだろう。
「それに我が陣営にも、レーテル姫が連れてきた優秀な魔法使いが加わりましたからな」
タジサルはシャスターに顔を向けた。
嫌味たっぷりなその表情には、薄ら笑いが浮かんでいた。貴族たちの間からも下卑な笑いが漏れてくる。
「この少年に期待しても良いのか?」
「もちろんでございます。なにせ、姫さまがお連れした魔法使いです。こう見えて、本当はかなりの実力者に違いありません」
再び非好意的な笑いが起こった。誰もそんなことは思っていないのだ。
「明日、我が軍は全軍で攻め込む予定です。そこで、敵の魔法使いを倒して、そのまま一気にブレガ陣営の拠点都市ロストンまで攻め込みます」
「おぉ!」
貴族たちから歓声が上がる。彼らの夢物語の世界では、すでに勝利が約束されているようだ。
「そこで、明日はハルテ国王自らが戦闘に赴き、軍を指揮するとのことでございます。大勝利間違いありません!」
タジサルは、まるで自分のことのように胸を張って高らかに勝利を宣言した。
「タジサルよ。明日の戦いは我々も戦場に行くことにした。ハルテ国王の勇姿を直接見たいのでな」
「かしこまりました」
タジサルは深々と頭を下げた。
そのまま貴族たちは国王の間から出て行く。
「おい、魔法使い」
貴族たちが出て行ったのを確認すると、タジサルの態度が急に大きくなった。
「貴様には期待しているぞ」
当然、嘘だ。
タジサルは、明日の戦いでシャスターにさっさと消えてもらおうと考えていた。
先頭に立たせて、真っ先に敵からの攻撃を受けさせようとしていたのだ。戦闘中の死亡なら、たとえレーテル姫が連れてきた魔法使いでも、レーテル姫は文句を言うことができないからだ。
そんな目論見を考えていたタジサルの視線の先で、その少年が手を上げている。
「なんだ?」
面倒臭そうにタジサルは発言を許した。
「こっちの陣営には、魔法使いはいないの?」
「いないわけがなかろう! 我が陣営にも三十人からなる魔法使いがいるわ」
シャスターの質問に、タジサルは小馬鹿にしたように答えた。
「へぇー、それじゃ三十人もいるのに、敵の魔法使いひとりに敵わないの?」
ハルテ陣営の魔法使いは弱いと言われていることに、腹を立てたタジサルはシャスターを睨みつけた。
「馬鹿か貴様は! ブレガ陣営の魔法使いは、シーリス魔法学院の後継者と名乗っている強者なのだ。その攻撃を今まで三十人の魔法使いが防いできたのだ」
「あれ、後継者は偽者なんでしょ? その三十人は偽者にさえ、敵わないということ?」
「敵うに決まっている! だからこそ、明日の戦いでは三十人の総力をもって、偽物の魔法使いを倒す計画なのだ」
「それは楽しみだ。その三十人なら簡単に偽物を倒してしまいそうだね」
「当たり前だ!」
「それじゃ、先輩魔法使いの皆さんの邪魔しないように、新参者の俺は背後から見学させてもらっても大丈夫だよね?」
「も、もちろんだ」
タジサルはとっさに出てしまった自らの発言を内心で後悔した。
この少年を真っ先に殺させて、レーテル姫の顔に泥を塗らせようとしたタジサルの目論見は、まんまと潰えてしまったからだ。
「それでは、私たちはこれで失礼します」
レーテル姫は挨拶すると、国王の間から出て行こうとする。しかし、それをタジサルが慌てて止める。
「姫さま、お待ちください。今夜は城にお泊まりください。ささやかな夕食会も用意してございます」
レーテル姫には部屋と夕食会が準備されていた。
しかし、実際にはハルテ国王の指示で、貧相な部屋と簡素な食事となっていた。
ハルテ国王は妹に屈辱的な待遇を与えて、格差を見せつけたかったのだ。
しかし、十二歳の妹の方が一枚上手だった。
「大戦の前夜に部外者の私たちに気を遣ってしまわせては申し訳ありません。すでに私たちは城下の宿屋を撮ってありますので、お気遣いなさらずに」
「あ、いえ……しかし……」
「兄上にはお気持ちだけ頂いておきますと、お伝えください。それでは失礼します」
国王の間から四人はさっさと退出していった。
残されたタジサルはしばらくの間、悔しさのあまり足で床を蹴り続けた。




