第十五話 力の差 &(MAP)
レーテル姫一行は、王都に向かって進んでいた。
姫が乗っている馬車を護衛する形で、前後に長く隊列が組まれている。
そして先頭を進んでいるのはフォーゲンだ。シャスターとカリンはしんがりを務めていた。
「それにしても、どういう風の吹き回し?」
周りに誰も聞いていないことを確認してから、カリンが質問を投げかける。
「ん、何が?」
「国への内政干渉はしないんじゃなかった?」
「ああ、そのことか」
シャスターは笑った。
シャスターの力は巨大過ぎるため、その国のバランスを崩してしまう恐れがあった。だからこそ、あまり自分の力を使いたくはないと、カリンにも話していたのだ。
レーシング王国ではシャスター自身が内戦の渦中にいた為、そしてカリンとフローレを助ける為に、止むを得ず戦いに参加したのだ。
しかし、もしシャスターが戦っていなければ、おそらくラウス軍は敗北し前国王の政権が続いていただろう。
そう考えると、確かにシャスターには一国の命運を左右するほどの力があるのだ。
だからこそ、本人は内政干渉を嫌がっていたはずなのだが。
「今回は特別さ」
「何よ、それ?」
適当過ぎる答えに、カリンは呆れながらも反対はしなかった。
「私もレーテル姫が国王になることは良いことだと思うわ」
兄の二人は見たことないが、話を聞いているだけで最悪なことは分かる。それに比べてレーテル姫は幼いながらも優れていることは明白だった。
「それに、奴がどうするのか興味があるし」
「興味がある?」
奴とは、シーリス魔法学院の後継者のことだろう。
しかし、興味があるとはどういうことだろうか。
そもそも、シャスターは会うことさえ嫌がっていたはずだが。
「嫌いなのは変わりないよ」
「何なのよ、さっきから!」
内政干渉はしないはずなのに、レーテル姫を手伝おうとしている。
嫌いなシーリス魔法学院の後継者なのに、興味があって会おうとしている。
ますます訳の分からなくなっているカリンに、シャスターは悪びれることなく笑った。
「まぁ、そのうち分かるよ」
「ほんと、性格が悪い」
「ん、何か言った?」
「言っていません!」
二人の茶番はしばらく続いていった。
後方にいる二人がくだらない話で争っている頃、フォーゲンもレーテル姫と会話をしていた。
フォーゲンは先頭から離れて、レーテル姫の乗っている馬車の横に馬を寄せる。それに気付いたレーテル姫も馬車の窓を開けた。
「……レーテル姫。今回の件は申し訳ございませんでした」
フォーゲンは頭を下げた。
姫の意志を無視して、姫が国王になると大声で叫んでしまったのだ。謝っても許されることではない。
しかし、レーテル姫は微笑んでいた。
「いいえ。フォーゲンが私のことを第一に考えてくれていたことがよく分かりました」
前国王が亡くなった後、フォーゲンがいなければ最悪の場合、自分は殺されていたかもしれないのだ。レーテル姫にはそのことが分かっていた。
だから、フォーゲンを不甲斐ないなんて思ったことはない。
そして、そんなフォーゲンが自分を国王にすると大声を上げてくれたのだ。嬉しくないはずがない。
しかし、レーテル姫には当然不安も大きかった。
「私は今まで、自分自身が国王の器であるとは思ってもいませんでした。そして、それは今でも変わらないと思います」
「姫さま……」
「しかし、私はアイヤール王国の国民が幸せになるために、自分に出来るだけのことはしようと決意しました。そこで戦地で二人の兄と話し合ってみるつもりです。その結果、私が国王になることが国民の幸せになると確信すれば、私も覚悟を決めます」
遠くを見つめたレーテル姫の瞳には強い意志が灯っていた。
こんな真剣な表情のレーテル姫を見るのは、フォーゲンでも初めてだった。
だからこそ、その覚悟の強さが伝わってくる。
レーテル姫は、二人の兄が国民の幸せを考えていないのであれば、自分が国王になると決意したのだ。
「そのために、私は参戦してアイヤール王国の現状を知らなければなりません」
レーテル姫は自分でも気付かない内に、参戦の目的が魔法使いに手紙を渡すことから、王国の現状を知ることに変わっていた。
しかし、それは素晴らしいことだと、フォーゲンは思った。
レーテル姫が自身の足でさらなる大きな一歩を踏み出したからだ。
フォーゲンの心の底から熱い感情が湧き出してきた。
「姫さま! このフォーゲン、姫さまのためなら、どこまででもお供致します!」
「ありがとう、フォーゲン。これからもよろしくね」
レーテル姫一行は順調に進路を進んでいった。
王都に着いたのは四日後の夕刻だった。
出発した三日後にフェンの町に到着し、さらに次の日にフェンを出発し王都に着いたのだった。
「シャスター様、着きました。ここがアイヤール王国の王都アルでございます」
王都だけあって賑わいはあるが、やはり戦時中だからか人々の表情にはあまり明るさがない。田舎ではあるがスピン湖畔の村の人々の方がずっと明るい表情だと、カリンは感じた。
そのまま王都の城下町を抜けると、城が見えてきた。
「レーテル姫がご到着なられた。すぐに国王にお伝えせよ!」
城門の騎士にフォーゲンが伝えると、すぐに騎士は城へ消えていった。
それからしばらく経つと城の中から男が現れた。
中肉中背の五十歳ぐらいに見える小太りな男だ。
男はフォーゲンを見つけると、わざとらしい笑顔で話しかけた。
「これは、これはフォーゲン殿。城を追放されたあなたが、今さら何をしに王都へ来たのですか?」
顔は笑っているが、フォーゲンに対して失礼極まりない態度だ。
しかしフォーゲンは怒ることもなく説明をする。
「タジサル殿、我々はレーテル姫の指揮のもと参戦しに参ったのだ。そのことについては、昨夜のうちに先に到着した伝令が伝えているはずだが?」
「おぉ、そうであった。申し訳ない。なにぶん宰相ともなると仕事量が多く、そんな些細なことなど忘れておりました」
これまた失礼な発言だが、フォーゲンは気にしない。
「国王へのお目通りは可能かな?」
「もちろんですとも、喜んで取り次ぎ致しましょう。それでは国王の間へどうぞ」
そう言うと、タジサルはさっさと城の中へ入っていった。
「なんなの、あの態度は?」
カリンの怒りは真っ当だったが、フォーゲンは軽く笑うだけだ。
「これが今のハルテ国王と、レーテル姫の力の差なのですよ」
ここでは誰もレーテル姫に敬意を払っていないということだ。
当然、その配下であるフォーゲンなど、眼中にもないのだろう。
「タジサルは私が宰相の時、一番目を掛けて色々と教え込んだ男なのです。そして私の後任として宰相になったのです」
「それじゃ、フォーゲンさんが師匠のようなものじゃないですか。それなのにあの態度は酷過ぎます!」
「あははは、いいのですよ。私の見る目がなかったということですから。それに私は宰相を剥奪された身、そんな者と話すことがタジサルにとっては嫌なのでしょう」
しかし、宰相を剥奪されたのもハルテ国王に濡れ衣を着せられたからだ。
カリンはハルテ国王が許せなかった。
「あまり怒らない方がいいよ。俺たちはハルテ国王と喧嘩しにきた訳じゃないのだから」
「でも……」
反論しようとしたカリンだったが、そこで言葉を止めた。
いつの間にか、馬車から降りたレーテル姫が目の前にいたからだ。
「レーテル姫!」
「カリン様の気持ちはとても嬉しく思います。しかし、シャスター様のおっしゃる通り、私たちは喧嘩をしに来た訳ではありません。ここは我慢をしてもらえないでしょうか?」
十二歳の少女にここまで言われたら、カリンの方が幼く見えてしまう。隣で笑っているシャスターを睨みながら、カリンは了解の意を込めてレーテル姫に頭を下げた。
「それでは、ハルテ国王に会いに行きましょう」
百人の騎士たちはこの場で待たせて、レーテル姫とフォーゲン、それにシャスターとカリンの四人だけが城に入っていった。
♦♢♦♢♦♢♦ アイヤール王国 MAP ♦♢♦♢♦♢♦




