第十四話 フォーゲンの覚悟
「ちょっと、どういうことよ!? ちゃんと説明しなさい!」
誰もが呆然としている中、カリンの怒号が響き渡る。
かわいそうに、レーテル姫はあまりにもショックでその場に倒れてしまい、咄嗟に抱き抱えたフォーゲンの腕の中で青白い顔をしている。
それもこれも、とんでもない発言をした少年のせいなのだ。
しかし、本人には全く反省の色はない。
「説明しろと言われても、俺はレーテル姫が国王にふさわしいと思っただけだよ」
「何の説明にもなっていない!」
再びカリンが怒るが、そこに割って入ってきたのは理性を取り戻したフォーゲンだった。
「レーテル姫には後ろ盾になる大貴族も、大きな武力もありません。それではハルテ様とブレガ様と到底戦うことはできません」
フォーゲンの発言は現在の状況を判断した真っ当な分析だった。
しかし、シャスターは全く気にしていない様子だ。
「大貴族の後ろ盾なんて必要ないし、逆にない方がいい。今後アイヤール国を治めていくことを考えればね」
シャスターの言うことはよく分かる。しかし、それでもフォーゲンとしてはシャスターの発言は暴挙としか言いようがない。
「恐れながら……」
なおも反対してくるフォーゲンの言葉をシャスターが遮った。
「フォーゲンは、アイヤール王国で起きている王位争いの内乱についてどう思っている?」
「それは……」
この国の国政に長く携わってきたフォーゲンには、それ以上答えることが出来なかった。
代わりにシャスターが自分の意見を話す。
「くだらない戦いだよ。本来なら兄弟が助け合って国王亡き後のアイヤール王国を盛り立ていかなくてはならないはずなのに、二人のバカ兄弟は国民のことを考えずに内戦を起こしている」
シャスターはフォーゲンを真っ直ぐに見つめた。
「そんなバカ兄弟の内戦が長引けば長引くほど国力低下は続き、どちらが国王になってもその後のアイヤール王国は悲惨そのものだよ」
「それは分かっているのですが……」
だからといって、辺境地にいるフォーゲンとしては何もできない。傍観するしかないのだ。
しかし、シャスターはそんなフォーゲンに対しても容赦ない。
「分かっているのに何もしないのはバカ兄弟と同類ということだ。しかも、レーテル姫という大義名分もある。それなのに何故動かない?」
「……」
鋭い正論にフォーゲンは黙るしかない。
「動かないのは、レーテル姫が幼いから、後ろ盾がいないから、武力がないから……そんなのは自分への言い訳だよ。そもそも前国王が亡くなった時、フォーゲンが先頭に立ってレーテル姫を王座に就けなければならなかったんだ」
その通りだと、フォーゲンは理解していた。
レーテル姫の正当性を訴えて周りの家臣たちを巻き込み、もっと強引に動くべきだった。
しかし、姫の身を案じるとそれができなかった。
いや、レーテル姫を理由にしているだけの自分自身の不甲斐なさのせいだ。
「亡き国王が今の状況を見たら、どう思うだろうね」
呆れるはずだ、とフォーゲンは思っていた。
それは兄弟争いだけではない、遺言を守れなかった自分に対してもだと。
そんなフォーゲンに、シャスターはさらに追い打ちをかける。
「レーテル姫は思慮深さから行動出来ないでいた。しかし、あなたは臆病で動けないでいる。レーテル姫を国王にする遺言を守れずに、こんな場所でのうのうと暮らしているあなたは、無駄に争っているバカ兄弟以下だ。アイヤール王国一、ダメで最低な家臣だよ」
「私は臆病ではない! レーテル姫を国王にするためなら何でもできる!」
我慢出来ずに顔を真っ赤にしたフォーゲンは大声を上げた。
「……はっ!」
しかし、すぐさま正気に戻ったフォーゲンは、自分がとんでもないことをしでかしたことに気付く。
真っ赤だった顔がすでに真っ青だ。
「シャスター様、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
とっさに自分の口から出てしまった言葉に、フォーゲンは何度も何度も頭を下げて詫びた。
イオ魔法学院の後継者であるシャスターに対して、とんでもなく非礼な態度だったからだ。
しかし、シャスターは全く気にしていない。
それどころか笑みを浮かべている。
「よく言った、フォーゲン!」
シャスターは笑った。
フォーゲンの覚悟を聞きたかったのだ。
フォーゲンの腕の中にいたレーテル姫は、フォーゲンが自分のために決意してくれたことを知って驚いた。
レーテル姫は自分が国王になれるかどうかなんて考えたことがなかったし、国王になれる器ではないと思っている。
しかし、決意してくれたフォーゲンのために、シューロン地方の領民のために、そしてアイヤール王国の国民のために、自分がやらなくてはならないことがあるはずだ。
そして、今やらなくてはならないこと、それはアイヤール王国のために兄たちに向き合っていくことだ。
レーテル姫はそう決意を固めた。
そして、そんな決意を促してくれたフォーゲンの頬を優しく撫でる。
「フォーゲン、ありがとう」
「姫さま……」
「さあ、話がまとまったところで、もう行くよ。フォーゲンも急いで準備をして」
シャスターの合図で、各自が慌ただしく動き出した。
それから一時間後、改めて出発の準備が整った。
留守の間のシューロン地方は、フォーゲンが宰相だった頃からの信頼できる部下たちに任せることにした。
「後は任せる」
「はい! 行ってらっしゃいませ」
心なしか、部下たちの声も弾んでいた。
自分たちの上司が決意を固めたことが嬉しかったのだろう。
大勢の見送りを受けながら、レーテル姫一行は城を出発したのだった。




