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第十六話 傭兵隊長と盗賊

 翌朝、騎士団内は大変な騒ぎになっていた。


 シャスターは早朝から無理矢理に起こされ、不機嫌そうにベッドの上で座っている。



 騎士団長室の外には昨夜警護していた二人の騎士が殺されており、室内には短剣を握りしめた騎士が一人殺されていた。


 室内には大勢の騎士たちが集まって検分をしており、そこにはフーゴとマルバスもいた。

 朝早くに知らせを聞いてすぐに駆けつけてきたのだ。

 しかし、二人ともシャスターの無事の安堵はそこそこに互いの派閥を非難し始めた。騎士団長を殺そうとしたのは相手の派閥だと。


 しかし、その結果はあっけなく判明した。


 短剣を持ったまま殺されていた騎士が騎士団長派だったのである。

 しかもフーゴが昨日提出した親衛隊リストにも記載されるほどの団長派の中核人物だった。フーゴたちが犯人だという徹底的な証拠だ。


 これには、マルバスたち副騎士団長派は息巻いた。フーゴたち騎士団長派の幹部たちを激しく非難する。法に照らせば、騎士団長暗殺未遂は関係者全員処刑だからだ。

 逆にフーゴたちは我々が騎士団長の暗殺をするはずがない。これは副騎士団長派の陰謀だと反論していた。



 そんなことだから、死体の検分もままならない状況だった。

 シャスターの不機嫌なのは、朝早くから起こされただけではなく、両派閥が目の前でいがみ合っているのも理由だった。



「もういいよ」


 シャスターの声で部屋全体が静まる。


「そもそもさ、そこで殺されている短剣を握っている騎士は誰に殺されたの?」


「それは……まだ分かっておりません」


 フーゴは冷汗をかきながら弁明した。実際に犯人は分かっていない。

 もちろんシャスターは犯人を知っている。

 傭兵隊にいる盗賊がシャスターを暗殺しようとした騎士を殺したのだろう。それが目の前で死んでいる短剣を握った騎士だ。

 当然、死んでいる騎士はフーゴの指示のもと動いたのは明白だ。この真実をシャスターがここにいる全員に話せば、フーゴたち騎士団長派は終わりだ。

 しかし、シャスターはそんなことはしなかった。


「ということは、その見つかっていない犯人が俺を暗殺しようとしたんじゃない? その犯人は部屋の警護をしている二人の騎士を殺した。その状況をたまたま目撃したそこの騎士が短剣を握りしめてこの部屋に乗り込んできて犯人と戦ったが、残念ながら殺されてしまった。しかし、犯人は予定外のことが起きてしまったので、俺を暗殺することを諦めて逃げた」


「おぉ!」


 騎士団長派からは歓喜が起きる。事情を知っているのはフーゴたち幹部だけだ。一般の騎士たちは何も知らされていない。もちろん、だからといってフーゴが自分達が暗殺を計画しました、などと言えるはずがない。彼らもシャスターの推理に大々的に賛成した。


「お言葉ですが、もっと詳しく調べるべきです。そもそも、そこで死んでいる騎士が握っている短剣には血が付いています。それは室外で殺されている二人の騎士たちの血なのではないでしょうか?」


 マルバスが抗議するがシャスターは自分の推理を曲げない。


「その血は暗殺者の血だろう。それほどの血の量だ。暗殺者も深手を負ったから逃げたのに違いない」


「それならかなりの激闘だったに違いありません。目の前でそんな闘いをしていたのに、剣の名手である貴方が気付かずに寝ていたのですか?」


「マルバス殿、騎士団長を疑うとは無礼ですぞ!」


 余裕の笑みを浮かべてフーゴがマルバスを注意する。

 マルバスは鋭い眼光でフーゴを睨んだが、さすがにそれ以上は何も言えない。


「いやー、マルバスの言うことはもっともだけどさ。昨夜は遅くまで酒場で飲んでいたせいでそのまま爆睡してしまい、何も気付かなかった」


 シャスターが申し訳なさそうに頭を掻く。確かに昨夜の門番からは騎士団長が深夜に酔って戻ってきた報告をマルバスは受けていた。


「分かりました。騎士団長がそう結論するのでしたら、これ以上申し上げることはございません」


 マルバスはシャスターに頭を下げるとそのまま部屋から出て行ってしまった。

 副騎士団長派の面々もマルバスについて出て行ったので室内の人数は半減した。

 残っているのは、騎士団長派の騎士たちだけだ。




「さてと」


 シャスターはフーゴに指示を与える。

 まずは犯人を探すことだったが、敢えてその指示は出さなかった。盗賊が痕跡を残しているはずがないので、犯人は見つかるはずがないのだ。

 しかし、それだとフーゴたちは面目が立たないので、無関係な人物を犯人に仕立ててくるだろう。そんなことをされたら後味が良くない。


「暗殺者を探す必要はない」


「しかし、それでは……」


「さきほどマルバスにも言ったが、これ以上の検分も詮索も必要ない。話が大きくなって領主デニム様の耳に入ってしまい、騎士団の鼎の軽重を問われる方がよほど問題だ」


 そう言われては、フーゴとしても引き下がるしかない。


「それよりも、殺された三人は俺を守ってくれた命の恩人だ。遺族には充分な補償をしてあげて」


「了解致しました」


 死んだ三人の遺族に補償など必要ないとフーゴは思っていたが、そもそもフーゴ自身が最悪処刑になるところだったのである。補償程度で済むなら安いものだ。


「それと、俺の身の安全の管理責任を怠ったとして、フーゴたち幹部は半年間の給料を俺に全て返上すること」


 何も言葉を返せないまま、フーゴは深々と頭を下げた。





「見事な名裁きだな」


「そうですかい? あっしとしてはただのことなかれ主義に思えるんですが」


 エルマの部屋ではギダが殺人事件を報告していた。


「あのままだったら、騎士団長派と副騎士団長派の対立はますます激化していただろう。昨日の人事の件で虐げられた副騎士団長派は騎士団長派を落とせるチャンスだからな。しかし、シャスターの巧妙な計らいで対立激化を抑えてしまったのだ」


「まさか、今回の事件が起こることも知っていたと!?」


「そこまではない」

 とはエルマは言い切れなかった。

 もちろんフーゴたちがシャスターの暗殺を企てていたことは知らないはずだ。しかし、頭の切れるシャスターのことだ。フーゴたちの財産をほとんど奪ったことで、自分が騎士団長派の反感を買って殺される可能性があると、状況判断だけではあるがそこまで考えが辿りついていても不思議ではない。



 昨夜、本当は酔っていなかったのではないだろうか。

 酔ったフリをした姿を警備兵たちに見せておいて、ベッドの中では暗殺に備えて神経を研ぎ澄ましていたのではないだろうか。

 そして、深夜に暗殺者が現れたら返り討ちにしようと思っていたのではないだろうか。


「でも、気持ちよさそうに寝息を立ててぐっすり寝ていやしたぜ」


「それも暗殺者を油断させるための演技だったらどうする?」


「まさか!」


 二人はシャスターにさらなる警戒心を感じていた。


「それじゃ、あっしが暗殺者を殺したところも見ていたのか……いや、それはない」


 ギダは自分で結論づけた。

 あの時、ギダは自分の能力を最大限に発揮して隠密行動をしながら、素早く暗殺者を殺した。しかもあの暗闇の中だ。いくらシャスターが剣の達人でも、真っ暗な中で闇に同化してした自分の姿を見られた筈はない。

 ギダはホッとした様子で汗を拭いた。


「ほんと、油断も隙もない小僧でやすぜ」


「ああ、そうだな」


 エルマもギダと同じ意見だった。

 しかし、エルマはさらに一歩先の考えを持ってしまった。


「もしかして、シャスターは俺のことを疑っているかもしれんな」


「えっ、何故でやすか?」


 ギダは怪訝そうな表情になった。彼は自分が完璧に仕事をしたと確信していた。暗殺者を殺した後、形跡を残すようなマヌケなこともしていない。

 それなのにどうして……。


「だからこそさ」


 意味が分からないギダにエルマは説明する。


 シャスターはこう考えるだろう。

 そもそも暗殺者を殺したのは誰だということだ。

 暗殺者を送り込んだのが騎士団長派なら、フーゴたちが殺すはずはない。さらに副騎士団長派が暗殺者を殺したならば、意気揚々とシャスターを助けたことを宣伝するだろう。

 ということは、暗殺者を殺したのは、騎士団長派でも副騎士団長派でもない。


「そして、残る武力勢力は?」


「……あ!」


 当然ながら、傭兵隊だけだ。

 文官たちの可能性も無くはないが、彼らは固有の武力を持っていないので、仮に何処かに依頼するにしてももっと時間がかかるだろう。


「我々が疑われているとなると面倒でやすね」


「なに、気にすることないさ」


 エルマは余裕の表情だ。

 そもそもシャスターの暗殺を防いだのだ、感謝こそされても文句言われる筋合いはない。それにエルマの仕業だとの確固たる物的証拠がない限り、シャスターは何もしてこないだろう。


「なるほど。それにしても厄介な小僧だ」


「強いだけでなく、知力も格段に優れているということだ」


「そういえば、昨夜小僧が出かけていた酒場でも不可解なことがありやした」


 ギダは昨夜の酒場での出来事を話した。

 その時、シャスターが傭兵隊の内情を何も聞き出さなかったことをギダは不思議がっていたが、エルマは微笑した。


「俺もシャスターの立場なら最初から内情を聞き出そうとはしないさ。これからも時々飲もうと言っていたのだろう。それならば徐々に飲みを重ねていきながら聞き出していくさ」


「たしかに、そういうことでやしたか」


 ギダが納得したところで報告は終わった。


「まぁ、もう暗殺はないだろうから、ひとまずは安心だな。ギダよ、これからはシャスターが酒場に行く時だけ尾行してくれ」


「了解しやした」


 これで小僧の四六時中の警護がなくなる、それだけでギダの心は充分に晴れた。





 そんな二人の話を気付かれることなく静かに聞いている者がいる。


 星華だ。


 エルマとギダの会話を聞きながら、星華は少しだけ笑ったように見えた。

 二人はシャスターの行動から推測をして都合のいい整合性を持たせて、シャスターが全てのことを見通していると思ってしまっていたからだ。

 だからと言って、二人が無能なわけではない。逆に有能だからこそ、今までの経験法則を当てはめて考えると、このような結論に辿り着くのはある意味仕方がないことだった。


 ただ、途中の過程は大きく異なっていても、行き着く先の考えは正しかった。

 二人の鋭い感覚が本能的に気付いているのかもしれない。


 シャスターが優秀過ぎるということを。




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