第十二話 国王の遺言
すでにレーテル姫から、長兄ハルテと次兄ブレガとの国王争い、そしてそれが互いの母親の後ろにいる大貴族の権力闘争だということは聞いていた。
しかし、フォーゲンの話は、そんな一般的に知られている内紛話ではなかった。
「それもこれも、前国王が次期国王を決める前に急死したためと言われておりますが、実際には前国王は次期国王を決めておいででした」
「えっ!?」
カリンが驚く。
それじゃ、国王争いなんて起きるはずがないからだ。
「私は前国王のもとで宰相を務めておりましたので、次期国王を誰にするのか、前国王から直接聞いており、遺言書も預かっておりました」
意外な役職にシャスターが「ほぉー」と、驚きと納得が混ざった声を上げた。
宰相と言えば、国をまとめる重要な役職であり、政治においては国王の次に権力を持っている。
レーテル姫の態度から、ただの執事ではないと思っていたが、まさか一国の宰相だとは思っていなかった。
しかし、そんな重役を担っていた者がなぜ、権力闘争の蚊帳の外にいるレーテル姫の執事になっているのか。
「前国王がお亡くなりになった後、私は遺言書通りにハルテ様とブレガ様に、次の国王が誰であるのかお伝えしました。しかし、お二人とも次の国王の名を知った途端、私を糾弾したのです」
ハルテとブレガは、遺言書がフォーゲンによって仕組まれた偽物だと糾弾したのだ。遺言に書かれていた名前が、二人の意に沿ったものではなかったからだ。
「それって、もしかして」
「はい。次の国王はレーテル姫だったのです」
前国王は気付いていたのだ。レーテル姫が類稀なる才能の持ち主だと。
確かに、シャスターたちがレーテル姫と話している時も、十二歳の少女とは思えないほどの優れた洞察力を発揮していた。また、旱魃の時の対応にしても、対処能力は大人顔負けだったはずだ。
「当時からレーテル姫はその片鱗を見せており、幼いながらも度々、前国王に政策について助言をしておられました。だからこそ、前国王はレーテル姫を次の国王に選んだのです」
しかし、レーテル姫の才能を知っていたのは、前国王と宰相のフォーゲンだけだった。
本来であれば、数年掛けてレーテル姫の才能を実績をもって内外に知らしめてから、次期国王にたてる道筋であったのだが、その前に前国王が急死してしまったのだ。
「それでハルテ様とブレガ様にお伝えした時、お二人は遺言書が嘘だと決めつけたのです。いえ、おそらくはお二人とも本物だと分かっていたのだと思います。間近にいた兄妹ですから、レーテル姫の才能にも薄々気付いていたはずです」
フォーゲンは虚偽を発言した罪により、宰相の任を解かれ幽閉された。
そのフォーゲンを助け出そうとしたのが、レーテル姫だったのだ。
レーテル姫は二人の兄に対し、フォーゲンの有能さを力説し、宰相の任を解くことを思い留まるよう説得をした。
しかし、その行為は全くの無意味だった。それどころか渡りに船だと思った彼らは、レーテル姫にも反旗の疑いがあるとしてフォーゲンと共に辺境地であるシューロン地方に追いやったのだった。
「その後のことは詳しく分かりませんが、王宮内でハルテ様とブレガ様との権力闘争があったのでしょう。そしてハルテ様が国王に即位し、それを認めないブレガ様との間に内戦が起きているのです」
フォーゲンは話を終えると頭を下げた。
それを聞いて、熱り立ったのはカリンだ。
「それじゃ、反逆者は二人の兄じゃないの! フォーゲンさんがかわいそう」
「私などどうでも良いのです。それよりもレーテル姫が不憫でなりません」
レーテル姫も父の遺言のことは知っていた。
しかし、自分がまだ幼いことを自覚している少女は、兄たちに国王の座を譲ろうと思っていたのだ。
それなのに妹を陰謀で蹴落とし、互いに私利私欲で争っている兄たちを見て、レーテル姫は何を思い、感じているのだろう。
「十二歳の女の子を悲しませるなんて、ほんと駄目な兄たちね」
怒りが収まらないカリンは、王族に対して敬語を付けることを忘れてしまったが、フォーゲンは気にしていない様子だった。
「いえ。私が貴族たちの力を押さえることができていたら、こんなことにならなかったかもしれません。私が非力だったせいです」
フォーゲンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「つまらない話で、お二人の時間を無駄にしてしまい、申し訳ございませんでした。シャスター様、レーテル姫の手紙の件、よろしくお願い致します」
フォーゲンは一礼すると、部屋から出て行こうとした。
「フォーゲン、ちょっといいかな?」
扉に手を掛けた執事をシャスターが呼び止める。
「何でございましょうか?」
「実は相談があるんだけど……」
しばらくして、国王の部屋から出てきたフォーゲンの顔は、晴々とした表情だった。




