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第十一話 デリカシーのない後継者

 シャスターの無慈悲な拒絶に、レーテル姫の目に涙が溜まり始める。


「おい!」


 怒ったカリンが、シャスターの頭を叩いた。


「何だよー、カリン。痛いじゃないか!」


「痛いのは、レーテル姫の心よ!」


 有無を言わせず睨みつけたカリンは、すぐにレーテル姫に謝った。


「レーテル姫、ご安心してください! 私たちが必ずそのお手紙を水氷の魔法使い(ウィザード)にお届けします」


「本当ですか?」


「はい。実は私もその方にお礼を言いたいことがあって、探していたところだったのです」


 カリンはレーテル姫を安心させるように笑った。


「良かった!」


 レーテル姫も涙を拭いて笑った。

 いくら考え方がしっかりしていても、中身はまだ十二歳の少女なのだ。

 そんな少女の気持ちが分からずに泣かせてしまうなんて、なんて配慮のない男なのだろう。



「ほら、シャスター、行くわよ」


「えっ!? 今から?」


「当たり前でしょ!」


 無理矢理バルコニーから出されたシャスターを見て可哀想に思ったのか、レーテル姫がカリンを止めた。


「先程も申しましたが、今夜はこの城にお泊まりください」


「でも……」


「旅人様がいらっしゃる場所は分かっているのですから、お急ぎにならなくても大丈夫です。それよりも、イオ魔法学院の後継者様を何もおもてなしせずに帰してしまうほうがよっぽど無礼ですわ」


 レーテル姫はフォーゲンを呼び出す。


「お二人を『国王の部屋』へご案内してください。最高のお客様として、おもてなしするようにお願いします」


 国王の部屋とは、この城で一番良い部屋であり、国王が来た時だけに使われる部屋だ。

 その部屋を旅人が使う、普通なら大反対をするはずだが、そんな素振りは全く見せずにフォーゲンはレーテル姫に頭を下げると、それ以上にシャスターに深く頭を下げて、国王の部屋に案内をした。



「こちらでございます」


 フォーゲンが部屋の扉を開けると、そこには豪華な空間が広がっていた。

 小さな城であったが、この部屋だけはかなり広く造られている。いくつも間取りがあるため、二人は別々の寝室で寝ることができる。さすが国王の部屋と呼ばれるだけのことはある。


「国王の部屋とは、普段は誰が使っているのですか?」


「名前のとおり、国王様だけの部屋でございます。国王様がこのシューロン地方にお越しになった時のみに使われる部屋でございます」


 カリンの素朴な質問にもフォーゲンは丁寧に答えた。

 しかし、そうなるとカリンには新たな疑問が生まれる。


「国王様の部屋なのに、どうして私たちが使えるのですか?」


 当然の質問だった。フォーゲンは立ち止まるとカリンに視線を合わせた。


「それはシャスター様が国王様以上のお方だからでございます」



 フォーゲンは改めてシャスターに深くお辞儀をした。


「イオ魔法学院の後継者様、ようこそアイヤール王国にお越しくださいました」


「やっぱり聞いていたのか」


「申し訳ございません。臣下としましては、レーテル姫の身を案じるのが一番の務めでございまして」


 フォーゲンはレーテル姫に何かあってはならぬと、隣の部屋でずっと監視していたのだ。


「ご不快に思われましたら、全て私の責任でございます。レーテル姫は知らないことでございます故、姫さまには何とぞ咎なきようにお願い致します」


「いやいや、レーテル姫を見ず知らずの旅人と一緒にいさせるのは危険だと考えるのは当然だよ。全く気にしていないから大丈夫」


「ありがとうございます」


「それじゃ、満腹になったことだし、お言葉に甘えて休むとするかな」


 シャスターはまるで自分の部屋であるかのように気兼ねすることなく、大きなベッドにそのまま飛び乗る。

 当然ながら、フォーゲンは非難することはしないが、カリンがそれを許さなかった。


「ちょっとシャスター、靴を脱ぎなさい!」


「いいのですよ、カリン様」


「よくありません!」


 安い宿屋ならいざ知らず、最高級であろうベッドに靴のまま飛び乗るなんて、カリンとしては許せなかったのだ。


「このベッドメイキングをしている人のことを考えたことある? あなたが汚れを付けるだけで、その人の余計な仕事が増えるのよ!」


「……そうだね、ごめん」


 シャスターは素直に非を認めた。そこまで頭が回らなかったのだ。

 フォーゲンにも謝った。


「本当に大丈夫ですので。どうか頭をお上げください」


 慌てたフォーゲンは、カリンを見ると好意的に笑った。


「それにしても、カリン様は不思議なお方ですね。高貴な方がベッドの汚れを気になさるなんて」


 王族や貴族はそんなことを気にしないのが当たり前だった。無論、シャスターも同様だったのだ。


「私は高貴な身分ではありません。普通の町で生まれ育った町娘です。だからフォーゲン様のような方からカリン様なんて呼ばれる身分ではありません。カリンと呼び捨ててください」


 自らの身分を堂々と話したカリンに、フォーゲンはさらに好感を持ったようだった。


「いえいえ。シャスター様のご同行者ならば、私はシャスター様と同様に接しさせていただきます」


 フォーゲンはもう一度頭を下げると、必死になって靴の汚れを落としているシャスターを見て微笑んだ。

 この少年はイオ魔法学院の後継者という、国王以上の権威を持っているのに、全く尊大な感じがない。

 それどころか、自分が間違ったことを素直に認め、反省しているのだ。

 気持ちのいい少年だと思った。


 二人とも信頼に値する人物であると、フォーゲンは確信した。



「私からも、少しだけお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 シャスターが頷くと、フォーゲンはアイヤール王国の内紛について話し始めた。




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