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第八話 姫と執事

 死者の森で起きた出来事をシャスターが話し始めると、レーテル姫は話の途中で質問などをせずに、ずっと話に聞き入っていた。


 シャスターも詳細に話したため、話が終わったのは夕暮れ近くとなってしまった。



「……以上が死者の森で起きたことです」


「そんなことがあったのですね……。お話してくださって、ありがとうございます」


 レーテル姫の表情には驚きや戸惑い、それに不信感や嫌悪感もなかった。

 シュトラ王国の物語を聞いている時、レーテル姫は心から悲しんでいるように見えた。そして話が終わってからは、目の輝きが明らかに増しているように思える。

 そこから察するに、レーテル姫は死者の森での出来事を真実だと確信している。


 しかし、カリンとしては、初めて会った自分たちをなぜそこまで信じることが出来るのか理解できない。


「私たちの話を信じるのですか?」


 カリンと同じ疑問を感じたシャスターがレーテル姫に尋ねたが、姫はまるで当たり前かのように肯定した。


「もちろんです。あなた様がイオ魔法学院の方でいらっしゃるのであれば」


 レーテル姫はソファーから立つと、シャスターの前で頭を下げた。


「こんな田舎に、わざわざお越しくださってありがとうございます」


「レーテル姫、気軽に話したいので今までどおりに」


「……そうですか。分かりました」


 レーテル姫はソファーに座り直すと、ニコッと笑った。

 レーテル姫は王族という身分でありながら、気軽に旅人から話を聞くなど、あまり身分の差を気にしない姫なのだろう。だからこそ、シャスターにも柔軟に対応できた。



「それにしても、シャスターがイオ魔法学院の後継者だと、よくお分かりになりましたね?」


 不思議に思ったカリンが尋ねる。

 死者の森の話の中では、シャスターがイオ魔法学院の後継者とは一言も出てこなかったからだ。


「数万のアンデッドを消し去ることができる火炎系魔法を使える方なんて、伝説のイオ魔法学院の関係者以外にはおりませんわ。それに……」


 レーテル姫はカリンに微笑んだ。


「カリン様のおかげで、シャスター様がイオ魔法学院の関係どころか、後継者様だということも分かりました」


「……あっ!」


 レーテル姫はシャスターがイオ魔法学院の方としか話していなかった。

 しかし、カリンが「イオ魔法学院の後継者」と話してしまったため、シャスターの正体が分かってしまったのだ。


 カリンは自分の迂闊さを恥じたが、この場合は十二歳の少女の方が一枚上手だったというべきだ。

 だからこそ、正体をバラされてもシャスターは苦笑しただけで、カリンに対して文句も言わなかった。



「シャスター・イオ様。アイヤール王国にお越し頂きありがとうございます」


 シャスターが止める間もなく、レーテル姫は再びソファーから立つと、今度は床に足をつけて深くお辞儀をする。

 さすがに「五芒星の後継者」に対しては、相手が「気軽に」と言ったとしても、そんな失礼なことはできない。



「もし宜しければ、今夜はこちらにお泊まりになってください。すぐに夕食の準備もしますので」


 レーテル姫が呼び鈴を鳴らすと、執事のフォーゲンが現れる。


「今夜はお客様とご一緒にここで夕食を食べることにします。準備をお願いしますね」


 了解したフォーゲンが部屋から出て行くと、しばらくして三人の従者と共に大きなワゴンを持って現れた。


「今日は気持ち良い陽気なので、外で夕食にいたしましょう」


 従者たちは部屋の外のバルコニーに出ると、テーブルに料理を運び出し始めた。肉や魚などの地元で獲れた食材を生かした料理が並べられる。

 料理が揃った後は給仕としてフォーゲンだけが残り、従者たちは部屋から出て行った。



 夕暮れ時のスピン湖を眼下に一望することができるバルコニーでは、昨夜の湖畔から見た湖とはまた違う角度での美しさを演出していた。


「素朴な田舎料理ですが、お口に合うかどうか……」


「とても美味しいです!」


 カリンの幸せそうな笑みを見て、レーテル姫の心配も杞憂に終わった。

 それにカリンとしては実際にどの料理もとても美味しかったのだ。さらに絶景が元々美味しい料理をさらに数倍美味しくしてくれる。


 二人は瞬く間に料理を食べ終わらせた。



「ごちそうさまでした」


「フォーゲンさん、ありがとうございました!」


 カリンは隣に静かに立っている執事にも感謝を伝えた。


「いえいえ、お客様に当たり前のことをしただけです」


 どこまでも低姿勢な初老の男性に、カリンは好印象を持った。


「本当に美味しかったです!」


「こちらこそありがとうございます。料理長にもそのお言葉を伝えておきます」


 笑顔で謝辞をし、食後のお茶の準備を終わらせて、フォーゲンは部屋から出て行った。



「良い方ですね、フォーゲンさんは」


「はい。私が小さい頃からずっと世話をしてくれています。一番信頼している家臣です」


 レーテル姫は湖を見つめた。

 嬉しいとも悲しいともとれる、十二歳とは思えない静かな表情だった。


「それでは、今度は私がお話をする番です」



 そんな取り決めはしていないが、レーテル姫として話さなくてはいけないと思ったのだろう。


 ティーカップを手に取りながら、レーテル姫は内戦の経緯を話し始めた。



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