第七話 本当の旅話
「さあ、着いたわね」
二人は城の入口に立っていた。
時刻は午後三時、約束の時間ちょうどだ。万が一のことを考えて、星華はシャスターの影に潜んでいる。
小さな城は、どちらかというと洋館に近い建物だった。シャスターが扉を叩くと、しばらくして初老の男性が現れた。
「お待ちしておりました。旅人のお方」
宿屋の主人から話を聞いているので、初老の男性は二人を怪しむこともなく城に招き入れる。
「私は執事のフォーゲンと申します。主人が参りますゆえ、こちらの部屋にて暫しお待ち下さい」
部屋に通された二人は深めのソファーに座ると、フォーゲンが注いでくれた紅茶に口をつける。
それからしばらくすると、扉がゆっくりと開き、少女が現れた。
「はじめまして、旅人のお方。私はこの地を治めている領主のレーテルです」
まだ十二歳の少女だったが、さすがに王族だ。とても優雅な仕草で、二人に挨拶をした。
「お招き頂きまして光栄でございます、レーテル姫。私はシャスター、こちらの連れはカリンと申します」
シャスターも優雅に礼を返した。この少年も当然ながら、華麗に演じることが簡単に出来るのだ。
ひとりだけ呆気に取られていたカリンも慌てて頭を下げた。
「シャスターさんにカリンさんですね」
レーテル姫がソファーに座ると、フォーゲンがレーテル姫に紅茶を入れる。
「突然呼び出してしまい、申し訳ありませんでした。旅のお方が村に宿泊されていると聞いて、お呼びしてしまいました」
「姫さまは、旅のお方のお話を聞くのが大好きなのです。時間が許すようでしたら、姫さまに今までの旅の話などしていただけないでしょうか?」
フォーゲンが和やかな表情でお願いする。
「私たちでよろしければ、喜んでお話をしましょう」
シャスターも笑顔で了解すると、レーテル姫の目が輝いた。
「ありがとうございます!」
「姫さま、よかったですね」
フォーゲンは二人に頭を下げると、気を遣って部屋から出ていった。
三人となった小さな部屋を紅茶の香りが満たす。
「お二人はどこから来られたのですか?」
「レーシング王国です」
シャスターの話を聞いて、レーテル姫はテーブルの上に地図を広げた。
「死者の森の先にある、レーシング王国ですね」
アイヤールの周辺の地理が描かれている地図のようだ。レーテル姫が指でなぞった先は、レーシング王国で止まった。
「以前、レーシング王国から来た旅人や商人たちから、何度かお話を聞いたことがあります。北のゲンマーク山脈、西の深淵の森、中央を流れる大河、そして東の死者の森に囲まれた王国ですよね。ただ、最近はレーシング王国からのお話を聞く機会がありませんでした。レーシング王国はお変わりないのですか?」
「えーと、そうですね、変わったというか……王様が変わりました」
隠しても意味がないと思ったシャスターは、素直に話した。
当然レーテル姫は驚いた。
「何かあったのですか!?」
「内戦が起こり、国王の息子が父親を倒して、新たなる国王になりました」
それだけ聞いたら、ラウスが悪者になってしまう。シャスターは補足もしっかり伝えた。
圧政を受け続けていた民のために、ラウスが立ち上がったことを知ったレーテル姫は、軽くため息をついた。
「民のためにですか……私の兄たちも民のことを第一に考えてくれれば良いのですが」
心の声を出してしまったことに気付いたレーテル姫は慌てて口を押さえた。
「あっ、今の話は聞かなかったことにしてください!」
「もちろんです。私たちは何も聞いておりません」
シャスターは軽く頭を下げる。レーテル姫はホッとした表情をした。
「ありがとうございます。それでお二人はレーシング王国から死者の森を北に迂回して、このアイヤール王国に来たのですね」
アイヤール王国へ来る手段としては、それしかないからだ。
レーテル姫の予想は当然だし、誰もがそう思うことだった。
しかし、シャスターたちは、死者の森を迂回はしていない。森の中を東西に延びている街道を通ってきたのだ。
ただ、わざわざ本当のことを話す必要もないし、話したところで信用してもらえるはずもない。それに真実を話しても、嘘をついたと思われ、無用なトラブルに巻き込まれる可能性もある。
だからこそ、当たり障りなくレーテル姫の話に合わせる、カリンはそう思ったのだが。
「いいえ、違います。私たちは死者の森の中を通って来ました」
「えっ!?」
「ちょっと、何を言っているのよ!」
驚くレーテル姫の前で、カリンは声を上げた。
「す、すいません、レーテル姫。彼は緊張し過ぎて、頭が混乱しているようです。私たちは死者の森を迂回して来ました」
慌ててカリンがフォローをするが、シャスターは不満を言う。
「カリンさ、せっかくレーテル姫が俺たちの旅の話しを楽しみにしているのに、嘘をつく必要はないだろう?」
「ちょ、ちょっと、あんたね……」
「実際に死者の森を通ってきたのだから」
「な、何を言って……」
二人のやりとりをしばらく聞いていたレーテル姫は、穏やかな表情のまま、とても十二歳とは思えない冷静な声で二人に語りかけた。
「それでは本当の話を聞かせてください」
「喜んで」
シャスターは優雅に頭を下げた。




