第六話 村人たちの嘘
しばらくすると、宿屋の店主が再び店内から現れた。
「どうだい、料理は堪能したかい?」
「うん、大満足だったよ!」
「そいつは良かった。食事の最後はデザートだ」
店主が持ってきたデザートは、この湖の周りで採れた数種類のベリーをふんだんに使ったタルトだった。夏の時期らしいデザートだ。
「このベリーの甘酸っぱさと、生クリームの甘さのハーモニーが絶品だね!」
シャスターは店主が切り分けたタルトをすぐに平らげると、おかわりを求めた。
「そんなに喜んでもらえると料理人冥利に尽きるな。ありがとうよ」
「いやいや、本当に美味しいから。いやー、この宿屋に来て良かったよ」
「あははは。夜の湖畔も美しいだろう? 残りのタルトは俺の奢りだ。テラスでゆっくりしていきな」
そう言うと、店主はタルトをホールごと置いて戻っていった。
「ありがとうー!」
無邪気に喜ぶシャスターを見ながら、カリンはため息をついた。
「よくもまぁ、何事もなかったかのように話せるわね」
「ん、なにが?」
「宿屋の店主が嘘をついていたことよ」
カリンとしては、自分たちに隠し事をしている店主を気にもせず、普通に話しているシャスターが信じられなかったのだ。
「嘘をついていようが隠し事をしていようが、このタルトが美味しいこととは関係ないよ」
「それはそうだけど……」
「それに、店主の嘘からは悪意を感じられない。必死に何かを守ろうとしている嘘だ。つまり、店主は悪い人間じゃない。むしろ逆で、良い人だと思うよ」
確かに、店主は気さくでとても感じが良かった。それはカリンにも分かっていた。
「だから、カリンも食べたほうがいいよ。タルトはまだまだあるから」
この少年が凄いところはこういうところだと、カリンは改めて思った。
何事にも動じず飄々としながらも、肝心な所だけはしっかりと押さえているのだ。
「よし、私も食べよう!」
カリンはフォークを刺すと、タルトを口に運ぶ。
「うん、美味しい!」
その日、三人は夜遅くまで湖畔の風景と食事を楽しんでいた。
翌日、シャスターたちは宿屋を出ると、村人たちに大雨のことを聞き歩いた。
しかし、宿屋の主人と同様、誰も旅人の少年のことを話さない。理由は分からないが、やはり村の人々は旅人の少年の話を無かったことにしたいらしい。
「こうなったら、直接レーテル姫に話を聞くしかないかな」
とはいえ、見ず知らずのシャスターたちが城に行ったところで、追い返されるだけだ。
どうしようかと考えながら湖畔を歩いていると、宿屋の主人が後ろから声を上げて呼び止めてきた。
「おーい、あんたたち!」
宿屋の店主は、何処かに寄ってきた帰りのようだ。
「どうしたのですか?」
カリンが足を止めると、店主は息を切らせながら話し始めた。
「今、城に行って、あんたたちのことを話してきたところだ。あんたたちさえ良ければ、レーテル姫に旅の話をしてくれないか?」
レーテル姫は、旅人や商人たちから他の国の話を聞くことが大好きだった。そこで店主は他国からの宿泊者がいる時は、城にそのことを伝えていたのだ。
「レーテル姫は、是非ともあんたたちの旅の話を聞きたいらしい。お茶を用意して待っているとのことなので行ってくれないか?」
店主の言葉は渡りに船だった。
これで堂々と城に行くことができる。しかも、レーテル姫に直接会えるのだ。
少し渋った感じの演技をしながら、最後には店主の頼みなら断れないということにして、シャスターたちは城に向かった。




