第四話 二つの噂
「次の話は、もう少し信憑性が高いでやす」
盗賊ギダは改めて姿勢を正した。
「ちょうど、あっしがアイヤール王国の王都から出発する時に流れてきた情報でやすが、どうやら数日前から弟のブレガ軍に強力な傭兵が加わったようで」
その傭兵は高レベルな魔法使いらしく、兄のハルテ軍に大きな被害が出ているとのことだった。
「ふーん。それで、もしかするとその魔法使いは、水と氷を操っているんじゃない?」
「へ、へい、その通りで。でも、何故シャスター様がそのことを……あっ!」
迂闊にもギダは失念していた。
フローレを氷の棺に納めたのが誰であるのかを。
雨を降らせた旅人の噂と、ブレガ軍傭兵の水と氷の魔法を使う魔法使いの噂。
もし二つの噂の主が同一人物だった場合、その噂はある真実になる可能性があるからだ。
「ま、まさか、シーリス魔法学院の後継者様が……」
シーリス魔法学院……イオ魔法学院と同じく伝説上の存在と謳われてきた最高峰の魔法学院の一つである。
そして、イオ魔法学院が火炎魔法の総本山に対して、シーリス魔法学院は水氷魔法の総本山だった。
「フローレ姉さんを助けてくれた人なら、二つの噂も本当かもしれないということね」
カリンは、フローレを氷の棺に入れてくれたシーリス魔法学院の後継者にお礼が言いたいと思っていた。会えるのなら会いたいのだ。
しかし、当然ながらその噂が嘘の可能性もある。
「星華はどう思う?」
シャスターに振られた星華は冷静に分析をする。
「あの方がレーシング王国を出発した後、アイヤール王国を通る可能性は高いと思います」
レーシング王国が陸続きで繋がっている国は二カ国しかない。死者の森を迂回してアイヤール王国に行くか、または北のゲンマーク山脈を越えてエースライン帝国だけだが。
「エースライン帝国には絶対に行かないはずだ」
「はい」
シャスターも星華もそれについては確信しているようだが、カリンには理由が分からない。しかし、そんなカリンを無視して話は続く。
「レーシング王国を流れていた、あの大きな川を下って他国に行くことは?」
ラウスが深夜に無理して渡ろうとしていた川だ。
それについては、ギダが説明をしてくれた。
「レーシング王国の中央を流れるレーイン川を南下して、川沿いの他の国々にも行く方法もありやす。ただ、レーイン川を下って国境を越えるには、東領土に唯一ある河川港から船で行くしかありやせん」
河川港からは川を使って他国に向かう定期船も出ていて、商人や旅人などに使われているということだった。
「ただし、船での行き来に関しては、国境を越えるため検問も厳しくなりやす」
「なるほどね。まぁ、奴なら川を凍らせて渡ることもできるけど、そんな面倒なことをするくらいなら、アイヤール王国へ行くだろうね」
「はい」
つまり、消去法で考えると、アイヤール王国しかないのだ。
「それに奴のことだから、死者の森も迂回せずに森の中を突っ切って進んだに違いない。となると、傭兵として現れた時間的タイミングも合ってくるね」
しかし、シャスターがこの件について思考を巡らすのは、ここまでだった。
飲みかけのコーヒーを一口飲んで席を立とうとする。
「まぁ、噂が本当でも嘘でもどっちでも構わないさ。俺たちはこの国をさっさと通り過ぎて、エースライン帝国に向かおう」
そこまで興味のある話でもない。
シャスターにとって、シーリス魔法学院の後継者がどこに行こうが何をしようが関係ないし、正直どうでもよかった。
しかし、それに納得しない者もいる。
「ちょ、ちょっと待って! フローレ姉さんを助けてくれた人なのよ。この国にいるのだったら、お礼を言わなくちゃ!」
慌ててカリンが立ち上がるシャスターを止めた。
シャスターとは正反対に、カリンはシーリス魔法学院の後継者がとても気になっていた。
なぜなら、フローレを助けてくれた人が近くにいるかもしれないのに、目をつぶって通り過ぎるなんて、そんな礼儀を欠くことがカリンにはできないからだ。
「別にいいよ、礼なんて。奴にわざわざ会うのなんて面倒だし、そもそも嫌だし」
あからさまに嫌そうな顔をしたシャスターだったが、カリンはそれを許さない。
「私がお礼を言いたいの! それが礼儀っていうものよ!」
頑固として言い放ったカリンを見て、シャスターは頭を掻いた。この少女は絶対に信念を曲げないのだ。
「それじゃ、道すがら会ったら礼を言うということで」
渋々と了解したシャスターに、カリンは笑いかけた。
「うん。それじゃ、その噂が本当かどうかを確認しにスピン湖に向かいましょう」
スピン湖とはレーシング王国の南西部にある湖で、その湖畔に建っている城にレーテル姫が住んでいるとのことだ。
そして、噂では旱魃で困っていたレーテル姫を旅人が雨を降らせて助けたらしい。
カリンはその噂を確認しに、わざわざスピン湖に向かおうとしているのだ。
「えっー!? このままアイヤール王国を抜けて、エースライン帝国に向かうんじゃ……」
「何言っているの! 道すがら会うためにも噂を確かめに行かなくちゃ!」
カリンがシャスターの反対を遮る。
いつの間にか、本筋と横道が逆転してしまっていることをシャスターは指摘しようとしたが、そんなことはカリンは気にしていない。
それよりも、カリンとしてはキチッと筋を通したいのだ。
そんな少女の表情を見て、シャスターは諦めるしかなかった。
この状況では、もうスピン湖に行くしか選択肢が残っていない。
「……はぁ、分かったよ」
シャスターは大きくため息をついた。すでに半ば諦めの境地だ。
「そうこなくちゃ!」
シャスターの気持ちを知ってか知らずか、カリンはすぐに出立する準備を進めた。
「ギダ、この手紙をラウスに渡して」
町の外に出ると、シャスターは馬に乗りながら、昨夜書いておいた手紙をギダに渡した。
内容は死者の森とシュトラ王国のことが書いてある。
本当の真実を隣国であったレーシング王国は、知っておくべきだと思ったからだ。
「お預かりいたしやした」
そして、ここでギダとは別れとなった。
「それでは、皆さんお気をつけて」
「ギダさんも、お元気で!」
いつまでも手を振り続けるギダを後にして、シャスターたちは湖に向かって馬を進めた。




