第三話 姫と旅人
ギダは自分で話を出しておきながら、興味を持ったシャスターに対して話しづらそうだった。
あまり精度の高い情報ではなかったからだ。
「えっと、情報というか、あくまでも噂なんですが……ここから街道を東に進んでいくと、フェンという町がありやす。フェンの町からそのまま東に進み続けると、兄のハルテ国王が住む王都がありやすが、フェンの町からは南下する街道もありやして」
フェンの町から街道が二手に分かれているということだった。
「南の街道をずっと進んでいくと、観光地として有名なスピン湖という湖がありやす」
シャスターもカリンも初めて聞く湖だが、アイヤール王国では有名なのだろう。
「そのスピン湖の湖畔には小さな城が建っているようで」
「その城には誰か住んでいるの?」
「はい。喧嘩している兄弟にはレーテル姫という妹がおりやして、その姫が住んでいやす。ただレーテル姫はまだ十二歳と幼く、母親も他界していて有力な後ろ盾もいないため、二人の兄の争いに巻き込まれずに済んでいるようでやす」
アイヤール王国の地図を広げると、スピン湖は王国の南西に位置していて、周囲を山々に囲まれた僻地だ。だからこそ、風光明媚な観光地なのだろうが。
「レーテル姫は、湖周辺の領土であるシューロン地方を託されているようでやす」
「テイのいい追放だね」
「へい。そんな感じのようで」
戦力として何も期待できない妹を二人の兄は追い出したということだ。
しかし、ギダの話の本題はここからだった。
「実は、そのスピン湖で少し前に奇妙なことが起きたそうで」
初夏を迎えた頃から、レーテル姫の領土であるシューロン地方では日照りが続いていた。
そして、ついに作物にも被害が出始めた。
このままでは領民たちが困窮してしまうと思ったレーテル姫は、兄のハルテ国王に食料の援助を願った。
シューロン地方は、ハルテ国王が治めているアイヤール王国の南西側に位置している。
ブレガが治める東側は、シューロン地方とは地理的に接していない。だから、食糧援助を頼めるのはハルテ国王だったのだ。
しかし、レーテル姫の願いは聞き入れられなかった。
戦いの最中に余分な食料など無いと、ハルテ国王に一蹴されてしまったからだ。
そこで、レーテル姫は危険を承知の上で、東側を治めるブレガにも食糧援助を申し出た。
しかし、回答はハルテ国王と同じであった。
そもそも二人の兄は、妹を助ける気など最初から持ち合わせていなかったのだ。
レーテル姫は困り果てた。
このままではシューロン地方の領民が困窮してしまう。
レーテル姫は幼いながらに色々な策を考えたが全て駄目だった。こうなってしまっては、もうどうして良いのか分からない。
そんな悩んでいるレーテル姫のもとに、ある日ひとりの旅人の少年が現れた。
レーテル姫から日照りで困っていることを聞いた旅人は、空に向けて両手を上げた。
当初、レーテル姫は旅人が何をしているのか、全く理解できなかった。
しかし、しばらくすると、今まで快晴だった青空が暗くなっていく。さらに、みるみるうちに暗雲が立ち込めたと思うと、大雨が降り出してきた。
レーテル姫は目を疑った。
あれほど晴れていた空が暗くなり、さらにどしゃ降りになるなんて信じられない。しかし、肌を勢いよく弾いてくる雨は本物だ。
レーテル姫は身体中がびしょ濡れになりながら驚いていた。
しばらくの間、雨の降る中で呆然としていたレーテル姫だったが、あることに気付いてハッとなった。
この大雨は、旅人が降らしてくれたのだ。
決して自然発生したものではない。
慌ててレーテル姫は、旅人に感謝しようとした。
しかし、周りを見渡しても旅人は何処にもいない。
「……これが一つ目の噂話でやす。まぁ、眉唾ものの噂話でやすね」
ギダは苦笑いをしたが、その話を聞いていたシャスターは、無言のまま腕を組んで天井を見上げていた。
(ヤバい。よけいな話をしちまったか?)
くだらない噂話で、シャスターの気分を害してしまったかと思ったギダは、慌てて次の話を始めた。




