第二話 盗賊の情報
食堂の中央の席に座ると、店主が朝食を持ってきた。
「いただきます」
陽気に食事をする者と、落ち込んでほとんど食事が喉に通らない者、淡々と食事をしている者、周りから見れば変わって見える三人だったが、幸運なことに彼ら以外食堂には誰もいなかった。
「それで、アイヤール王国の内乱って、どんな状況なの?」
シャスターが尋ねると、流暢にナイフとフォークを動かしていた星華の手が止まった。
アイヤール王国が内乱状態であることは、レーシング王国を出立する際にラウス新国王から聞いていた。
「あの国も内乱状態で大変なようですが、私からアイヤール国王に書簡を届けさせておきます」と、ラウスはシャスターたちがアイヤール王国を無事に通れるように手配をしてくれていたのだ。
しかし、その内乱がどのような状態かまでは、シャスターは聞いていなかった。
「はい。前国王が亡くなり、新たに国王となった兄ハルテと、それを認めない弟ブレガの間で内乱が起きているようです」
「こっちでも兄弟の争いか」
一般の兄弟と違って、王族の場合は兄弟が険悪であることが多い。理由は明白で、王座は一つしかないからだ。
「一年ほど前、ニ人の父親だった前国王が急死した為、兄のハルテが国王を継いだのですが、前国王が跡取りを決めていなかったことで、弟のブレガが反旗を起こしたようです」
「なるほどね」
これもまた、よくある話だ。
兄の言い分は、長兄だから跡を継ぐのは当然だ。
一方で弟の言い分は、自分の方が兄より優れている、優れているほうが国王になるべきだと。
「おそらく、それぞれの母親も違う?」
「はい」
国王は権力のバランスを保つため、有力な貴族からそれぞれの娘を妃として受け入れる場合がある。
そして両者に王子が生まれる。すると王子の後ろ盾である貴族は、自分の孫が国王になれるように権力争いが始まるのだ。
これもまたよくある話だが、今回は国王が急死した為に、さらに面倒な状況になっているのだろうと、シャスターは推測した。
「どう、だいたい合っているでしょ?」
「まさにその通りでございやす」
突然の男の声にカリンは驚いた。
周りを見渡しても三人以外、誰もいない。
「出てきていいよ」
それと同時に、シャスターの前に小男が現れた。
その小男にカリンは少しだけ面識があった。
レーシング王国のラウス国王が、アイヤール王国に書簡を届けさせたようとした男だ。
「あなたはギダさん!」
「ほぉ、あっしの名前を覚えているんですか?」
「もちろん! 書簡を届けに一足先にアイヤール王国へ向かってくれていたのですよね」
「覚えていてくれるとは、ありがたいことでっさ」
ギダと呼ばれた男は、三人の前に片足をついて頭を下げていた。
ギダはレーシング王国西領土で、傭兵隊の隊長だったエルマの片腕として活躍してきた盗賊だ。
そしてカリンの記憶通り、盗賊ギダはラウスの書簡を持って、アイヤール王国へ向かっていた。
書簡を届けた後、シャスターにアイヤール王国の情報を伝える為にこの町に立ち寄ったのだ。ここは国境の町だ。この町で待っていれば、当然シャスターたちも立ち寄ると思ったからだ。
「予定よりも早めにアイヤール王国に辿り着いたんですね?」
ギダの予想だと、シャスターたちはまだ数日あとに到着だったからだ。
「早く着いたのは、死者の森を通り抜けて来たからさ」
「な、な、なんと!?」
ギダは驚いたが、確かにシャスターと星華なら、死者の森でも通り抜けることは可能だろう。
ギダは疑うことなくすぐに納得した。
「さすが、シャスター様だ!」
元々ギダは生意気な青二才のシャスターが、大嫌いだった。傭兵隊長のエルマの命令で騎士団長だったシャスターを尾行している時も、嫌々ながらにしていた。
しかし、シャスターの正体が分かり、さらにシャスターがレーシング王国を救ってくれたことで、今では当初の態度から百八十度変わっていた。
「それで、兄と弟のどっちに書簡を届けたの?」
それにはついては、当初ギダも困った。
書簡にはシャスターたちがアイヤール王国領内を通る際に安全を保証してくれるように書いてある。むろん、シャスターの正体は書かれていないが、レーシング王国からの正式な書簡だ。アイヤール王国としてはその要請を受け入れるだろう。
「しかし、兄弟は領土を完全に二分していやす。ですから、書簡を届けても片方しか無事が保証されないので」
よくよく考えた挙句、ギダは書簡を兄の方に届けた。
一応現在、国王を名乗っているのは兄であるし、兄ハルテが支配している地域はアイヤール王国の西側であり、死者の森との国境を含んでいたからだ。
弟ブレガの領土はレーシング王国の東側、兄の領土を超えた先にある為、地理的状況から見てもギダはハルテの方へ届けたのだ。
「別に構わないよ。せっかく書簡を書いてもらったラウスには悪いけど、そもそもアイヤールの国王に便宜をはかってもらう必要なんてないし。内乱で戦っている場所を避けていけば良いだけだから」
「そう言っていただけると、助かりやす」
「ところで、私見で構わないから、ギダは兄弟のどちらに理があると思っている?」
シャスターの質問は、ギダを大いに困らせた。
「正直に申し上げれば、どちらにも理はありやせん。元々この兄弟は犬猿の仲でしたが、そこに後ろについている姻戚同士の権力争いが加わって、意味のない内乱が起きているようで」
「なるほどね。まぁ、俺たちはエースライン帝国に行くだけだから関係ない。さっさとこんな国、通り抜けてしまおう」
エースライン帝国は、ここから兄ハルテの領土を過ぎて弟ブレガの領土に入った後、北に向かえばエースライン帝国との国境だ。
ただし、領土境はハルテ、ブレガの両者の間で常に小競り合いが続いており、危険地帯となっている。
昨夜の商人たちも王都から東に向かい、その後エースライン帝国に向かう予定だったが、王都から東方面が危険なため、行き先をレーシング王国に変更していた。
レーシング王国側からも北の山脈を越えてエースライン帝国には行けるからだ。
「ハルテ国王の領土にいる多くの商人や旅人が、アイヤール王国を横断するのを嫌がっているようでやす」
とはいえ、シャスターが諦めるはずがないことをギダは分かっていた。だから、行くことを止めたりしない。
ギダのやるべきことは、この国で見聞きした情報を伝えて、シャスターの今後の判断材料にしてもらうだけだ。
「それと、二つほど気になる情報がありやして……」
「ほぉ」
シャスターは興味ありそうにギダに向き合った。




