第一話 国境の商人たち (& 第一章、第二章MAP)
酒場は活気に溢れていた。
二十人ほどの人々が陽気に楽しんでいる。
ここは死者の森を出たアイヤール王国の国境の町、ツラの宿屋だった。
二階、三階に宿泊ができ、一階は酒場となっている。
「それにしても、姉ちゃんは酒が強えなー」
男たちがワインを注いだグラスを差し出す。
それを受け取ったのは……星華だった。
星華は忍者の服装ではなく旅人の格好で男たちと飲んでいるのだ。
星華は受け取ったワインを一気に飲み干すと、空になったグラスを再び差し出す。テーブルの上にはいくつもの料理皿が置かれているが、全て空の状態だ。
「ほんと、いい食べっぷりに飲みっぷりだな」
「ああ、それにこんな絶世の美女、見たこともない」
「姉ちゃんは神の造形物に違いねぇな」
星華の周りを大勢の男どもが取り囲んでいた。星華の美しさに男どもは魅了されているのだ。
料理を食べ尽くした後、星華のグラスに次から次へと酒が注がれていた。それを星華は飲み続けていたのだ。
「いやー、星華の食事代が浮いて助かったよ」
少し離れた席に座っていたシャスターは笑みをこぼした。
扶養者が一人増えてしまったせいで、食事代も五割増なのだ。
「ちょっと、私のせいだって言いたいの?」
「それ以外に聞こえた?」
「……イヤな奴」
カリンはブスッとした表情で、皿の上のローストチキンに勢いよくかぶりついた。しかし、それ以上文句は言わない。
なぜなら、シャスターがレーシング王国で手に入れた全ての財宝金貨を新国王ラウスに渡してきていたことを知っているからだ。
今までずっと虐げられていた領民のために使って欲しいと、シャスターはラウスに申し出た。
ラウスはありがたく受け取り、必ずや民のために使うことを約束した。
カリンはその事実を知った時、シャスターをかなり見直したのだが、今のイヤミで再び評価が下がっていた。
「それにしても、星華さんモテモテだね」
「そうだね」
「気にならないの?」
「なにが?」
シャスターの不思議そうな表情を見て、カリンは改めて確認できた。
やはりシャスターと星華は主従関係なのだ。
とても強い信頼関係で結ばれているということは、今までの行動からよく分かっていた。しかし、そこに恋愛感情はないのだ。
「……もったいない」
「ん、なにか言った?」
シャスターに答えず、カリンはグラスのワインを一気に飲み干す。
カリンの顔は真っ赤に変わった。そんなに酒が強くないのに一気に飲んだせいで、酔いも回り始めている。
その勢いのままカリンは席を立つと、男たちを退けながら星華の隣に座った。
「星華さん、一緒に飲みましょ!」
「おっ、今度は嬢ちゃんが参戦か?」
男たちはさらに盛り上がる。カリンはテーブルの上に空のグラスを置いた。
「私にもワインを注いで」
しかし、カリンの顔色を見た後、先ほどまでの男たちの楽しそうな反応は無くなってしまった。
「どうしたの? 早く注いで」
「ダメだ、嬢ちゃんは」
「……は!? どうして」
「酔い潰れているからだ」
いつの間にか、カリンの頭は星華の肩に寄りかかっている。
「私は大丈夫よ。星華さんと同じでまだ飲めるわ」
「隣の美人さんはまだまだ飲めるが、嬢ちゃんはもう無理だ。ジュースでも飲むかい?」
男たちは優しく諭すが、酔っているカリンは子供扱いされていると思って怒った。
「私は嬢ちゃんじゃないわ! 私だって星華さんのように立派な大人の女性よ」
「いいかい嬢ちゃん、本当の大人っていうのは、自分の酒量を分かっていて酒をきれいに飲むものだ」
「お酒ぐらいまだまだ飲めるわ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「私だって、私だって……」
酔いながら喚いたカリンは、顔ごとそのまま星華の胸に埋まる。すると、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「悪いな、美人さん。あんたのツレのようだし、その嬢ちゃんを頼む」
「みなさん、ごちそうさまでした」
「いやいや、こちらこそこんな殺風景な酒場で、楽しく過ごせることができた。さて、俺たちもそろそろ寝るか」
男たちは立ち上がると、そのまま二階へ上がっていった。
翌朝、目を覚ましたカリンは、昨夜のことを思い出し真っ青になった。
酔ったせいで記憶も消えていれば良かったのだが、残念ながら鮮明に昨夜自分がしでかしたことを覚えていた。
カリンはベッドから飛び起きると、隣の部屋の扉の取手を回す。すると、鍵が掛かっていないらしく、扉はそのまま開いた。
この部屋の宿泊者は無用心そのものだが、今はそんなことを注意している余裕はない。
「シャスター!」
カリンは叫んだ。
ベッドに寝ている少年は枕に顔を埋めたまま寝ていたが、少女の声に目を半分だけ開いた。
「何だい、朝から騒々しい……」
「昨夜、私……」
「あぁ、そのことか!」
急に目を開いたシャスターは、ベッドから半身を起こすと、起こされた不機嫌さも忘れて嬉しそうに微笑んだ。
「いやー、昨夜は散々だったよ。まさかカリンがあんな泥酔するなんてビックリだよ。ねっ、星華?」
「はい」
天井から声が聞こえる。やはり星華はベッドでは寝ていなかった。
宿屋だからベッドで寝れば良いのに、とツッコミを入れたいところだが、自分がツッコミを入れられている最中なのでそうもいかない。
「ご、ごめんなさい。私あまりお酒が強くなくて。それなのに一気に飲んでしまったせいで……」
「まぁ、見ていたこっちは面白かったから良かったけど」
シャスターが意地悪く笑ったが、今回の件についてはカリンは何も言い返せなかった。自分に非があることは分かっているからだ。
「ごめんなさい」
「俺に謝ることじゃないよ。謝るのは他じゃない?」
「そうだった!」
カリンは今さらながら気付いた。
昨夜の男たちに謝らなくてはいけないのだ。
彼らが泊まっている部屋に行こうとするカリンだったが、シャスターがそれを止めた。
「彼らはもう宿屋を出発したよ」
彼らは国をまたいで移動する商人たちだった。
ここは国境の町だ。ここに宿泊する者は彼らのような商人や旅人がほとんどだった。
国境を越える場合、商人たちは集団を作り、隊商となって国境を越えることが多い。
なぜなら、一般的に国境付近には盗賊や魔物が多い為、いくつのも集団が集まって移動する方が安全だからだ。
さらにかなり危険な場所を通過する場合、商人たちは冒険者や傭兵を雇うこともあるが、その時に大勢商人がいた方が雇い賃も安くなる。
そのため、国境付近の町や村には、隊商を求めて宿屋に泊まる商人が多かった。
アイヤール王国やレーシング王国などの国境は、死者の森に入らない限り魔物も出現しないため、かなり安全な地域なのだが、それでも商人たちは職業柄、安全第一に隊商を作っていた。
「それで一定の人数が集まり、隊商としてレーシング王国に出発のできるようになったので、昨夜はみんなで飲んでいたのさ」
「そうだったの……」
カリンは落ち込んだ。
ついこの間まで町娘だったのだ。知らないのは当然だが、謝ることができないことに悔いが残った。
「大丈夫だよ、代わりに星華が謝っておいたから」
「星華さんが?」
「はい」
星華は出発準備をしていた商人たちに、昨夜の礼をしていたのだ。
「奢ってもらったお礼とともにカリンさんのことも謝っておきました。商人たちは『気にするな、嬢ちゃんがもっと大人になったら一緒に飲もう』と言っていました」
「……ありがとう星華さん」
星華が謝ってくれたし、商人たちも気にしていないことが分かったが、それはそれで今度は自分自身が情けなくなる。
「はぁ、これからはお酒は気をつけよう」
「それじゃ、星華の情報収集の報告も兼ねて朝食にしようか」
「えっ、情報収集って何!?」
カリンの質問に、シャスターはわざとらしくため息をつく。
「昨夜、星華が商人たちと食べたり飲んだりしていたのはなぜだと思う?」
「食事代を浮かせるためじゃ……あっ!」
そこで、カリンはやっと気付いた。
星華は商人たちと話しながら情報収集をしていたのだ。それで服装も酒場に溶け込みやすい旅人の服を着ていたのだ。
それなのに、カリンはシャスターの「食事代が浮く」という言葉を真に受けてしまったのだ。
「私、サイアクだ……」
頭を抱えたカリンを見ながら、ほくそ笑んだシャスターはさらに追い討ちをかける。
「商人ってさ、職業柄、その国の内情をよく知っている。だから商人たちと一緒に飲み食いをして、アイヤール王国の情報を聞き出していたのに、誰かさんが邪魔してくれたおかげで途中までしか情報収集が出来なかった」
「……ごめんなさい」
「まぁ、次回から気をつけるように」
勝ち誇った表情のシャスターは、笑いながら一階の食堂に向かった。
♦♢♦♢ レーシング王国&死者の森詳細MAP ♦♢♦♢
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
「五芒星の後継者」第三章がスタートしました。
皆さまのおかげで、ここまで辿り着けました。本当にありがとうございます!
第三章は今まで以上に、シャスターも活躍すると思います。
楽しみにして頂けたら、嬉しいです。
また、第一章「レーシング王国」、第二章「死者の森」の詳細MAPを添付しました。
少し細かいですが、見て頂ければと思います。
尚、各章にもMAPは定期的に添付してありますので(サブタイトルに記載しています)、そちらもよろしくお願いします。
それでは、どうぞこれからもよろしくお願いします!




