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第七十三話 終焉へ

 ガイムは魔女ディネスの首を締めている手を緩めた。ディネスが唖然としていたからだ。


「魔女よ、これが本当の真実だ」


「そ、それが真実だとしても、私の家族を殺したことに変わりはない!」


「そのとおりだ。ホラトが独断で行動したとしても、責任は全てジギス国王にある。だから、貴女がジギス国王を恨み続けているのは当然だと思う。しかし、貴女には真実を知って欲しかったのだ」


「いまさら、なにを……」


「すまない」


 ガイムも魔女の壺のことは知らなかった。

 封印された壺は徐々に人々の記憶から消えていったのだ。そして魔女の壺を知る者は、王族と上級神官のみだけになった。代々の騎士団長さえ、いつの間にか忘れ去られてしまっていた。



「百年前、私が壺のことを知っていれば、もっと違う道があったかもしれない」


 エミリナ女王とアークスは魔女の壺のことを知っていたが、魔女との戦いに至った真実は知らなかった。

 ガイムは魔女との戦いに至った真実は知っていたが、魔女の壺のことは知らなかった。


 そして、互いに知っていることを相手に話すことが出来ない立場だった。



「自惚れるな! もしも百年前に貴様が真実を私に語ったところで何も変わっていなかったはずだ」


「ああ、確かにそうかもしれない。しかし、私は自分自身が許せないのだ。代々の騎士団長に託された真実はまさに百年前のあの時、貴女に語らなくてはならないことだったのだ。しかし、私はそれができなかった」


 ガイムに責任があるわけではない。それは分かっている。分かっている上で、ガイムは自分自身が許せなかった。


「許してくれとは言えないし、その立場ではないのだと思う。それでも、貴女にはすまないと心から思っている」



 魔女の首元に掛けられていた手はいつの間にか離れていた。

 もう片方の手には短剣が魔女の胸に当てられているが、すでにガイムには魔女を殺す意思はなかった。


「どうやらペンダントの効果も切れ始めたようだ。もうすぐ私は消えるだろう。あとは貴女が好きにすれば良い」


 ガイムのゴーストの身体が少しずつ消え始めてきた。


「貴様はエミリナを元に戻すために、この百年間戦ってきたのだろう? ここで私を殺せば、それが叶うのだぞ!」


「そのとおりだ。しかし、私にはそれはできない」


「エミリナはどうするのだ! 彼女は戻りたがっているはずだ」


「エミリナ女王もきっと私と同じ気持ちだろう。最後の王族として貴女への責任を果たすはずだ」


 ガイムは直接エミリナ女王と話したわけではない。しかし、エミリナ女王の気持ちは分かっていた。

 なぜか、と問われれば答えられる類のことではない。しかし、魔女ディネスを殺さないで欲しいと思っているとガイムは確信していた。



「馬鹿だな、貴様たちは……」


 次の瞬間、ガイムが握っていた短剣がそのまま魔女の胸に押し込まれた。


「!?」


 ガイムは驚いた。

 むろん、ガイムが刺したのではない。魔女がガイムの手を掴んで、そのまま自分の胸に短剣を突き刺したのだ。


「なにを!?」


 ガイムは慌てて短剣を抜こうとするが、すでに胸に深く突き刺された魔法の短剣はそのまま消え去ってしまった。

 魔女の胸には短剣を刺した傷もなく血も流れていない。

 しかし、魔女は苦しんでいた。アークスが長い年月をかけて作ったマジックアイテムはエミリナの肉体ではなく、魔女ディネスの魂を突き刺したのだ。



「なんていうことを……」


「私は貴様たちに復讐をする魔女だ。貴様たちの望むことをするはずがなかろう。私を殺さないことが望みなら、私自身が死ねばよいのだ……」


 魔女は苦しみながらも笑っていたが、それが嘘だとガイムは分かっていた。魔女は自らが死ぬことによって、全てのことに終止符を打つつもりなのだ。


 そして、ガイムが消える前にエミリナと最後の再会をさせようとしている。



「さあ、これで私は死ぬ。貴様はエミリナを助けることができなかったことを後悔し、エミリナに謝り続けるのだ」


「ありがとう、ディネス殿」


「……残された時間を無駄にするな」


 最後の一言は言葉にならなかった。

 でもガイムには分かった。最後に魔女ディネスは許してくれたのだった。


 魔女の目がゆっくりと閉じていく。

 そこには禍々しさはなく、安らかな表情に変わっていた。




 それからしばらくして、再び目がゆっくりと開かれていく。



「エミリナ女王!?」


「……ガイム、久しぶりね」


 エミリナは微笑んだ。


「エミリナ女王、申し訳ありませんでした」


 ガイムは大粒の涙を流しながらエミリナに謝った。

 助けに来るのに百年もかかってしまったこと。


 しかも、エミリナはすぐに死んでしまう。

 そして、魔女ディネスのこともあった。


 謝っても謝り切れないが、そんなガイムをエミリナは優しく抱きしめた。


「ほら、私を守る騎士団長がそんなに泣かないの」


「しかし……」


「ガイムがやったことは全て正しいわ。私は魔女の目を通してずっと見てきたから分かるの。あなたはシュトラ王国の最後をしっかりと閉めてくれたわ」


 魔女が死んだことで、森にいる全てのアンデッドが消滅した。やっとシュトラの人々の魂が解放されたのだ。これでシュトラ王国は完全にこの世から消えることができるのだ。


 それは悲しいことなのかもしれない。

 しかし、このまま呪われた森のままでいるよりは、良いことに違いなかった。



「私はエミリナ女王をお救いしたかった。しかし、それができないことが、とても辛くて悲しくて情けないのです」


「ガイムは何でもひとりで背負い過ぎよ。そもそも私は百年前に魔女の呪いで死ぬ予定だったのよ。ガイムのせいじゃない。それに最後にあなたにも会えたのだから、満足の人生だったわ」


 満足のはずがない。百年もの長い間、身体を奪われて死者の森を見続けてきたのだ。

 しかし、エミリナはそんな表情を微塵も見せずに笑った。


「それに悪いのは私の方よ。百年前、魔女の呪いのせいで私の死が近づいていることをあなたに話さなかった……ううん、話せなかった」


 当時を思い出しているのだろうか、エミリナは目を細めて遠くを見つめた。

 愛する人に自分が死んでしまうことを話せなかった。その人が悲しむ顔なんて見たくなかったからだ。


 ましてや、その人に気持ちを伝えるなんて、女王の立場ではできるはずもなかった。



 しかし、今なら素直に言える。



「ガイム、私はあなたを愛しているわ」



 一瞬驚いたガイムだったが、彼もまた素直になろうとしていた。


「私も愛しています、エミリナ様」



 微笑んだエミリナはガイムに口づけをした。

 長いようで短い時間だった。

 しかし、二人にはそれで充分だった。




 二人はシャスターたちを視線を向ける。


「シャスター様、ありがとうございました」


「カリンさん、私の過去を勝手に見せてしまってごめんなさい。でもあなたのおかげで、ガイムに私の過去を知ってもらうことができたわ」


 シャスターは二人に頭を下げた。

 カリンは涙をずっと流したままだ。



 もう一度エミリナとガイムは互いを見つめ合った。



「そろそろ時間のようです」


「ガイム、本当にありがとう……」


「エミリナ様……」


 二人は再び抱き合う。


 そのままガイムは消え去り、エミリナは息を引き取った。



 今ここにシュトラ王国の本当の歴史が幕を閉じた。




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