第七十一話 代々の口伝 1
ジギス王が側近のホラトがいないことに気付いたのは、午前の会議が始まった時だった。
「ホラトはどうした?」
会議には各部族の長たち十数名がいつも揃う。
その中で一番の有力者であるホラトはジギス王の隣に座る。しかし、今日はその席が空席のままだ。
「知っている者はいないのか?」
ジギス王の問い掛けに、何人かの部族長たちが互いに顔を見渡して困った表情をしている。
「知っているのだな。答えよ」
ジギス王は少し苛立っていた。
部族を統一したといってもまだ盤石とはいえず、意思の統一には程遠い。
その中でも一番の問題はホラトであった。
元々ホラトは、いくつかの部族をまとめていた実力者で、年齢もジギスよりも二回りも上だ。だからこそ、ジギス王はホラトを重臣に置いたのだが、今回のように勝手な行動が目につくことが多い。
「今朝、魔女のところへ向かいました」
ひとりの部族長が口を開いた。
それを聞いてジギス王に緊張が走る。ホラトが魔女のところへ向かう理由は一つしかないからだ。
ホラトは魔女を殺すことを主張していた。
災いを呼び込む魔女を殺して、森を焼き払って、広大な王国を作ることを提案していたのだ。
しかし、ジギスに反対されたことで諦めたと思っていたのだが。
「テオス、今すぐ追いかけるぞ。すぐ準備しろ!」
「はっ!」
ジギス王の後ろに控えていた騎士が、急いで会議室から出ていく。
「会議は戻ってきてから再開する」
ジギス王もすぐさま会議室から出て行った。
ジギス王が建物の外に出ると、すでにテオスの準備が終わっていた。彼らに付き従う約百名の騎士も待機している。
ジギス王は馬に乗るとすぐに出立した。
「ホラトたちが出立して、どのくらいが経つのだ?」
「門番の話ですと、およそ二時間とのことです」
「早くしないと、間に合わなくなる」
ジギス王はさらに馬のスピードを上げると、テオスたちも必死になってついて行く。
「魔女を忌み嫌う者が多いが、お前はどう思う?」
馬を駆けながら突然質問されたテオスだったが、すぐに答えた。
「私は迷信を信じませんので、魔女が災いを呼ぶなど、ばかばかしい限りです」
テオスの答えにジギス王は笑った。
「俺もそう思う。逆に魔女を招き入れることによって、魔女の持っている知識をこの国に役立させたいのだ」
「良いお考えだと思います」
テオスは素直に感心した。
この新興国はまだ魔法使いを雇い入れる余裕がない。それであれば、元々この森にいる魔女を雇い入れるのは良い方法だと思った。
「しかし、俺の考え方は、伝統を重んじる頭の固い部族長たちには受け入れられないらしい。その中でも最も反対しているのがホラトなのだ。俺が強引に決めたこととはいえ、こんなあからさまな行動に出るとは」
テオスにはジギス王の苦悩がよく分かる。
ジギス王の親衛隊長として付き従うテオスにとって、ジギス王が旧体制との軋轢に悩み苦しんでいるのをずっと見てきたからだ。
「そろそろだな」
話しを中断したジギス王は、遠くに煙が上がっているのを見つけて不安に駆られた。
「あの方角は魔女の家の近くです」
「急ぐぞ!」
二人は一条の希望を持ちながら馬を駆けた。
しかし、魔女の家に着いた彼らは、最悪の結果になっていることを目の当たりにした。
怒り狂った魔女とホラトたちが交戦している。しかも、戦況は圧倒的に不利だ。
魔女は死人をアンデッドとして蘇らせて戦わせているのだ。
「なんて馬鹿なことをしてくれたのだ!」
ジギス王は遠くに見えるホラトを睨みつけたが、助けないわけにはいかない。急いでホラトのもとに駆け寄ると、騎士たちに魔女だけを狙うように指示を出した。
魔女を倒せば、アンデッドは消滅するからだ。
しかし、戦況は悪くなる一方だった。
「撤退だ!」
ジギス王はホラトの提案を受けて撤退した。
そして、多くの犠牲を払いながら本拠地に戻っていった。




