第六十七話 関わってきた者の務め
シャスター、カリン、そして星華の三人は半壊した王宮に戻ってきた。女王がいるのは王宮の先にある奥の間だ。
「なぜ魔女はアークスに任せて、自分の部屋に戻ったのかしら?」
そもそも、魔女が怒った理由はカリンの発言だった。だからこそ、ボーンドラゴンを使って殺そうとしたのだろう。
しかし、それなのに本人ではなく、代わりにアークスが戦ったのだ。なぜ直接、魔女が戦いに赴かなかったのか。
「時間稼ぎをしたかっただけ」
「何のために?」
「俺たちを殺す準備のためさ。そうだよね?」
シャスターは誰もがいない方へ向かって質問を投げかける。
すると、その床が突然高く隆起したかと思うと、床の下から巨大なボーンドラゴンが現れた。しかも一体ではない、五体ものボーンドラゴンが現れたのだ。
「アークスも存外無能だったわね。もう少し時間稼ぎをしてくれると思ったのだけど」
現れたボーンドラゴンの首の上に魔女はいた。
「もっと時間が欲しいのなら待つけど?」
シャスターの提案に魔女は睨み返した。
「随分と余裕のようね。でも、このボーンドラゴンをアークスに渡したボーンドラゴンと一緒にしない方がいいわ」
「アークスが乗っていたのは幼体だったからね」
「知っていたのなら話は早い。五体の成獣相手では勝ち目はないだろう?」
魔女の前にいるボーンドラゴンたちはアークスの時よりも二回りも大きい。それが五体、大きく口を開けてシャスターたちを狙っているのだ。
「くるぞ!」
次の瞬間、五体のボーンドラゴンの口から激しい吹雪が放出された。三人は間一髪で避ける。
「お前には効かなくても、他の二人にはドラゴンの息は効きそうだな」
魔女は口元を押さえながら笑った。
ボーンドラゴンたちは氷雪の息を吐いたのだ。その場所は氷漬けになっていた。
さらに続け様にボーンドラゴンたちは火炎の息と、氷雪の息を吐きまくる。三人はなんとか避けていたが、このままではいつか捕まってしまう。
さすがにカリンの防御壁も高レベルのボーンドラゴンの息を防ぐことはできないだろう。
「シャスター様、私にお任せください」
一旦攻撃が止んだ時、星華が申し出た。
シャスターはすぐに了解した。
「それじゃ頼む」
「かしこまりました」
カリンには、戦う許可を貰った星華が少し微笑んだように見えた。
カリンは星華の戦いを見たことがある。
レーシング王国で国王直属の親衛隊を一瞬で倒した光景をカリンはまだ鮮明に記憶していた。星華は並外れた強さを誇っている。
しかし、今回は巨大なボーンドラゴン、しかも五体もいるのだ。いくら星華といえども難しいはずだ。
しかし、そんなカリンの心配を知るはずもない星華はひとりでボーンドラゴンたちの前に立った。
「ほぉ、忍者とは珍しい。それにしても戦いを部下に任せるとは……まぁ良い、すぐに殺して次はお前だ!」
魔女は自分のことは棚に上げて、シャスターに向けて言い放つ。
そして、ボーンドラゴンに命じて星華を襲わせた。
炎と氷の息が星華を間髪入れずに襲うが、先ほどまでと同様、星華は間一髪のところで全て避ける。
そんな状況がしばらく続いていた。
「このままじゃ、星華さんがやられちゃうわ。私たちも一緒に戦わないと!」
危うい戦況に居ても立っても居られないカリンが抗議するが、シャスターは助太刀する気はない。しかも、ヤキモキするカリンにシャスターは笑った。
「大丈夫だよ。星華はウォーミングアップをしているだけだ」
「ウォーミングアップ?」
「うん。だからそろそろかな」
シャスターの言葉を聞いたわけではないが、急に星華の動きが速くなった。
今までは星華がドラゴンの攻撃を避けていたが、いつの間にか星華の動きを追ってドラゴンが攻撃をしている。
しかも、さらに星華の動きは速くなり、ついにドラゴンたちはその動きについていけなくなった。
五体の間を縦横無尽に跳ね回る星華に、ボーンドラゴンは息を吐くが、星華を捉えることはできず、仲間のボーンドラゴンに息がかかってしまう。
「ギィイー!!」
仲間から氷雪の息をかけられたボーンドラゴンは凍りついてしまい動きが止まる。
それが星華の狙いだった。
凍って動けなくなったボーンドラゴンの首元に短剣を突き刺して核を破壊する。するとボーンドラゴンを繋ぎ止めていた骨が崩れ去り地上に飛散した。
「す、すごい……」
カリンが驚いている間にも、星華は二体目、三体目、四体目と倒していく。
そして、ついに魔女が乗っているボーンドラゴン一体となった。一切の無駄のない、まるで円舞でも踊っているかのような星華の華麗な動きは、その場にいる者を驚嘆させるのに充分だった。
「な、何なのだ、何なのだ!? 貴様は……」
魔女は叫ぶが、星華は完全に無視してシャスターの元に戻ってきた。
「魔女が乗っている一体はそのままにしておきました」
「うん、手間が省けたよ。ありがとう」
殊勝な態度の星華に感動したカリンだったが、地面には巨大な骨が無造作に大量に散らばっている。
それを為し得たのは星華だ。常識では考えられない凄まじいことだった。
「あり得ぬ……」
たったひとりの人間が、いとも簡単に四体のボーンドラゴンを倒してしまう姿にカリン同様に魔女も唖然としていたが、ふと我に返りシャスターを睨みつけた。
「なぜ私を殺そうとする? お前たちは部外者だろう。関係ない者が、しゃしゃり出る必要はないだろう?」
「関係あるわ!」
言い返したのはカリンだった。
シャスターは一瞬驚いた表情をしたが、カリンにその場を任せた。
「私たちは、ガイムさん、アークス、エミリナ女王、それにシュトラ王国でアンデッドにされた多くの人々と関わってきたわ。そして少しだけかもしれないけど、みんなの気持ちが分かった」
カリンはエミリナ女王として、過去も見てきたのだ。エミリナ女王たちが苦しんでいたことを彼女なりに分かっているつもりだった。
「初代ジギス国王に殺された貴女も被害者なのかもしれない。しかし、恨みなら充分に晴らしたでしょ? シュトラ王国の全ての民を殺したのだから」
「うるさい、小娘! 私の苦しみが分かってたまるか! ジギスが何をしたのか知っているのか」
「知っているわよ」
カリンはエミリナ女王の記憶の中で、アークスからジギス王の話を聞いていた。
ジギス王がこの森を譲って欲しい旨を魔女に伝えたところ、急に襲われてジギス王は命からがら逃げ出したのだ。
それからジギス王たちと魔女との全面戦争が始まった。
「お前たちは、そんな話が本当だと思っているのか?」
「えっ!?」
カリンには魔女が何を言っているのか意味が分からない。
しかし、シャスターが言葉を挟んだ。
「つまり、ジギス王に都合の良いように歴史が改ざんされていると?」
「そうだ、奴は私の全てを奪ったのだ!」
魔女の怒りはこの場にいない者に向かって吐き捨てられた。




