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第十四話 四者四様

「一体何なのですか、あの小僧は!」


 テーブルが割れるかと思われるほど、一人の騎士が拳でテーブルを思いっきり叩きつける。


「そういきり立つな」


 テーブルの奥に座っている騎士……マルバスが部下をたしなめる。しかし、彼もまた憮然とした表情だった。


 まさか、あのような形で自分が解任され、副騎士団長派が弱体化されるとは思ってもいなかったからだ。


(それもこれも、昨日悪魔と呼んで不満を言った仕返しか?)


 いや、それはないことをマルバス自身は分かっていた。

 何を考えているか全く分からない少年だったが、少なくとも不満を言ったぐらいで復讐するような小さな人間でないことは分かる。

 しかし、だからこそ、今回の突然の人事はマルバスにとっても意味が分からない。


「きっとフーゴに大金を積まれたに違いありません。所詮、新しい騎士団長も俗物だったということですよ」


 机を叩いた騎士が大声でシャスターをののしる。

 この部屋は副騎士団長室であり、防音も施されているが、それでも大声で叫べば外に漏れてしまう。

 そうまでしてこの騎士が叫んでいるのは、今回の処遇に納得していないからだ。いや、当然のことながら、彼だけでなく副騎士団長派は誰一人として納得などしていない。


 だからこそ今、この部屋には十名程の騎士たちが詰めかけていた。皆、マルバスと考えを共にしている上級騎士、いわば副騎士団長派の幹部たちだ。



「こうなっては仕方がありません。今のうちにあの騎士団長を殺しましょう」


 血気盛んな騎士が短絡的な意見を述べる。


「殺したければやってみるがいい。しかし、神に誓って言えるが、お前たちが何人襲いかかろうが、あの騎士団長に返り討ちにされるだけだ」


 先日の闘技場での闘いをみれば、騎士団内にシャスターに敵う者がいないことは明白だ。あの圧倒的な強さなら、おそらく傭兵隊長のエルマよりも強いだろう。


「それならば、正攻法でなくてもいいのでは。就寝中を襲うとかはどうでしょう?」


「そんなことをしたら、それこそフーゴの思うつぼだ」


 フーゴはどうにかして副騎士団長派を潰そうと模索している。今回シャスターによって副騎士団長派は壊滅的な打撃を受け解体を余儀なくされたが、まだ完全に無くなったわけではない。


 そんな時、騎士団長が殺されたらどうなるか?

 当然ながら真っ先に疑われるのは、マルバスを中心とした副騎士団長派だ。フーゴは色々な口実をつくって嬉々としながらマルバスたちを処刑することは明白だ。


「しかも、この場合、騎士団長を暗殺したのは事実だから何も弁解できないな」


 マルバスはあからさまに嫌味っぽく笑う。


「しかし、それでも……」


「黙れ!」


 食い下がろうとする部下にマルバスが一喝する。


「もし、騎士団長を暗殺する者がいたら、フーゴに口実を与える前に私がそいつを斬り殺す。そんな騎士道に恥じることは俺が許さん!」


 マルバスの大声で誰もが恥じ入るようにうつむきながら再認識した。

 この潔きさがマルバスなのだ。

 だからこそ、ここにいる騎士たちはマルバスの志に感化され、彼についていこうと決めたのだ。



「申し訳ありません。副騎士団長」


 先程発言した騎士が深く頭を下げる。


「分かってくれればそれでいい。それに私はもう副騎士団長ではないぞ」


「いえ、副騎士団長はいつまでも我々の副騎士団長です」


「お前たち……」


「我々にはフーゴの傀儡となった騎士団長などいりません。どうか副騎士団長が我々を導いてください!」


 全員がマルバスの前で片膝を曲げ、改めて忠誠を誓う。


 この瞬間、副騎士団長派の結束力はさらに強まった。



 シャスターによってどん底に落とされてしまった副騎士団長派にとっては一筋の光明に見えたのかもしれないが。


(さて、この状況を私はこれからどうすればよいのか?)


 マルバスは窓の外に広がる空を遠い目で眺めた。






「一体何なのだ、あの小僧は!」


 フーゴの顔は真っ赤になっていた。


 騎士団長派の幹部が集う部屋で、フーゴは怒りをあらわにしていたが、十名の騎士団長派幹部たちはフーゴが何に対して怒っているのか分からない。

 この部屋を出て行ったときは、意気揚々として親衛隊のリストを騎士団長に持って行ったはずなのに。



「まぁまぁ、フーゴ殿。少しは怒りを収めて……」


「これが収められるか!」


 幹部のなだめも一切効かない。それほどまでにフーゴの怒りは激しい。

 フーゴはシャスターに対する自分自身の認識の甘さにも腹が立っていた。

 強いだけで騎士団のことを何も知らない少年だから、うまくおだてて傀儡にでもしようと思っていたのだ。


 そんなフーゴの思惑はまんまと崩れ去った。



「あの小僧、副騎士団長派を解体した約束とぬかして、我々が十年以上かけてため込んだ財宝を全て奪ったのだ!」


「まさか、宝物庫の!?」


「そうだ」


 それを聞いて、幹部たちの表情も一変する。全員の顔が青ざめた。


「しかし、あれ程の大量の財宝をどうやって……」


「小僧の魔法の鞄(マジック・バッグ)に全部入れこんだのだ」


「なんと!」


 彼らも魔法の鞄(マジック・バッグ)は知っている。しかし、あの宝物庫の金貨を全て収められるほどの魔法の鞄(マジック・バッグ)がこの世にあるはずがない。

 いや、あったとしてもその魔法の鞄(マジック・バッグ)の価値は宝物庫にあった全ての財宝を凌駕するはずだ。


「まさかそんな魔法の鞄(マジック・バッグ)が……いや、フーゴ殿を信じよう。しかし、宝物庫の財宝を奪われたとなると我々の資金は無いに等しい」



 誰もが無言となった。彼らに騎士としての志など全くない。ただの金儲けの手段として騎士という立場を使っているだけだ。

 領民を虐げ略奪する、それこそが彼らが優越感に浸れる特権であり、金こそが全てであった。その金がほぼ全て奪われたのだ。その衝撃は計り知れない。


「小僧を殺そう。それしか方法はない」


 やっと落ち着きを取り戻したフーゴが口を開いた。


「しかし、それでは我々騎士団長派は……」


「ああ、一旦力を失うだろう。しかし、それでもこの状況よりはマシだ」


 フーゴが苦虫を潰したような表情で考えを示す。


「あの小僧はとてつもなく剣が立つ。宝物庫の扉を剣で叩き斬ったのだからな」


 その事実を聞いて幹部たちからまたもや驚愕の声が上がる。


「あの扉は普通の剣では到底斬れぬはず……まさか強力な魔法の剣(マジック・ソード)だったのですか?」


「いや、普通の剣だった。しかし、タネ明かしは分かっている」


 フェルドの町の炎上は、遥か南方で産出される炎の粉というものを燃やして起こしたらしい。

 あの小僧は今までは流浪の旅人だったと聞いている。つまり、旅先で珍しい貴重な物を手に入れたのだろう。


「武器に塗ることによって、一時的に武器に魔法の効果を与える薬、ポーションがあると聞いたことがある。おそらくその類いの薬を使ったのだろう」


 ただ、それでも普通の者が魔法の剣(マジック・ソード)を振るったところで、あの扉は壊せない。それだけあの小僧の剣技は凄いということだ。


「それでもまだ子供だ。自分の実力を過信している小僧など、寝ている間に簡単に殺せるだろう。そして、殺した犯人をマルバスたちに押し付ければいい。なにせ副騎士団長派にとっては充分すぎるほどの動機があるからな」


「さすが、フーゴ殿。そこまで考えておられるとは」


 この部屋に戻ってきて初めてフーゴが笑った。陰気な笑顔であったが。


「あの小僧にも、マルバスにも消えてもらって、我らの手で真の騎士団を立て直そう。領主様もきっと認めてくださるはずだ」


「おぉー!」と歓喜の声が上がる。

 ここにいる全員がフーゴの意見に驚嘆し賛同したのだ。



 この瞬間、騎士団長派におけるフーゴの地位はますます強固なものとなった。






「……という次第です」


「なるほどな」


 傭兵隊長のエルマは部下からの報告を受けて、ソファーに大きくもたれかかった。


 ここは傭兵隊長の部屋だ。ちなみに騎士団と傭兵隊の建物は城の両端にある。両部隊の仲が悪いからというわけではなかったが、実質そう言われても仕方がないほど仲は良くなかった。


「しかし、これで騎士団内にくさびを入れられそうだな」


「おっしゃるとおりで」


 報告した部下がニヤリと笑う。この部下もまた傭兵だった。

 身長は低いが見るからに俊敏そうであり、全身バネのような筋肉を持っている。この部下はエルマにとって旧知の間柄であり、信頼も厚い。


 傭兵といえば、当然ながら戦うための職業を身に着けている者が多い。剣士などはその中でも代表的な職業だろう。しかし、中には特殊な技能を身に着けている傭兵もいるのだ。

 エルマに報告をした信任厚い部下、ギダもその特殊な技能を持った部類に入る。


 彼は隠密行動や諜報活動に長けている職業、盗賊だった。

 ギダはその技能を最大限に生かし、城内の諜報活動を行っていた。だからこそ、今回の騎士団の一連の騒動も全てエルマに筒抜けだった。



「それにしても、副騎士団長派が事を起こさないのは意外でやした」


 ギダは楽しそうに笑う。まるで事を起こして欲しかったかのようだ。


「騎士道精神を尊ぶマルバスのことだ。そんなことを許すはずがない。しかも、反逆者として犬死するだけだ。そんな無駄なことはしないさ」


 騎士団長派と副騎士団長派は人数が拮抗している。

 もし、両者が戦ったらおそらく痛み分けで終わるだろう。


 しかし、今は違う。


 今、騎士団長派にはあのシャスターがいる。

 シャスターひとりで副騎士団長派全員を倒すことも可能だ。そんな無駄な戦いをマルバスがするわけがない。



「それよりもフーゴたちの動きが気になるな」


 早ければ今夜にもシャスターが襲われる恐れがある。


「いいんじゃないですか。あんな非情な小僧などさっさと殺されてしまえば」


 ギダは嫌そうな表情をする。どうやらこの盗賊にシャスターは嫌われているようだ。

 そして、それはエルマも同じ気持ちだった。

 昨日までのシャスターに対してのエルマの評価は、何を考えているか分からないところはあったが、好感が持てる少年だった。


 だが、今は違う。

 目的のためなら手段を選ばない残虐な側面を持っていることが、フェルドの件でよく分かったからだ。


 しかし、個人的な感情だけで決めることはできない。エルマとしては、さすがにシャスターが暗殺されることを看過できなかった。


「お前の気持ちも分からんではないが、シャスターが殺された場合、騎士団はさらに状況が悪化してしまう」


 その最大の理由は、領主デニムの存在だ。


 領主デニムは強い者を好む。そのデニムにとって、今一番のお気に入りはシャスターだ。そのシャスターが暗殺されたとなれば、デニムは激怒するに違いない。

 そして、暗殺が騎士団内の内紛のせいで起きたとなれば、デニムの性格からして騎士団長派と副騎士団長派は喧嘩両成敗になるだろう。

 しかも、この場合の喧嘩両成敗とはお互いを握手させることではない。両派閥の多くが処刑されることを意味する。


「まさか!」


「無いと言い切れるか?」


「……たしかに、あの領主ならやりかねない」


 ギダが額の汗を拭う。それほどまでにここの領主は残忍なのだ。


「フーゴの考えは楽観的過ぎる」


 何度も言うが領主デニムは強い者が好きなのだ。それが弱い上にシャスターを暗殺するような騎士団を生かしておく理由はないのだ。


「はぁー、分かりやした。あっしが今夜からあの小僧を警護します」


 不本意であるが仕方がないといった表情で、ギダはため息をつきながら頭を横に振る。



 ギダの気持ちがよく分かるエルマが話を変えた。


「ところで、あの部屋への侵入は相変わらず難しいか?」


「エルマの旦那、許してくだせぇ。さすがのあっしでもあの部屋は無理だ」


 ギダは盗賊のスキルを使って城内中で諜報活動をしていたが、唯一ギダの技能でも入れない場所がある。

 領主デニムの部屋だ。

 デニムは部屋の周りに魔法の結界を張っており、許可がない者は誰も入ることができない。ギダは何度も部屋への侵入を試みていたが、その度に失敗を繰り返していた。


「これ以上やると、いつか見つかってしまうかもしれねぇですぜ」


「分かった。領主の部屋は諦めよう」


 残念だが、見つかってしまっては元も子もない。エルマは立ち上がると、棚からグラスを出した。


「お前も飲むか?」


 冷やしておいたワインをグラスに注ぎ、グラスを軽く揺らす。


「いえ、まだ仕事が残っているので遠慮しときやす。それに重要な報告がもう一つ」


 ギダの表情が改まる


「あっしの部下が、あのお方からの手紙を預かってきやした」


 ギダは懐から巻物を取り出すとエルマに渡す。

 巻物には押印がしてあり、ギダも含めて誰も中身を見ていないことを意味している。

 ワインを飲むことも忘れ、急いで巻物を開けて手紙を読み始めたエルマだったが、読み終えた後にため息をついた。あまり良い内容ではないのだろう。


「あのお方からは何と?」


「我々の計画を一旦白紙に戻すとのことだ。数年は計画が遅れる、我慢せよとな」


 エルマは手紙をロウソクの炎に近づける。すると手紙は勢いよく燃えた。


「まったく、悪いことばかり続きますぜ」


 ギダの怒りは収まらないようだ。


「いや、考えようによっては、計画を変更させてこのまま予定通りに行うことも出来ると俺は思っている。そのためには、まずはマルバスとの接触だな。我々は我々のやり方で進めていこう」


 苦笑しながらギダをなだめると、エルマはグラスを持ちながら書斎に座りなおした。今後の対策を考えるためだ。


「それでは」


 盗賊は天井に跳ぶとそのまま消えていった。


 部屋に残ったエルマは、グラスに注がれている赤い液体を眺める。



「シャスター、お前は一体何を考えている……」


 そのままワインを一息で飲み干したエルマは、しばらく目を閉じ今後のことに思いを馳せた。







「……という次第です」


「ありがとう、星華(せいか)


 騎士団長室で報告を受けたシャスターが星華をねぎらう。


「調査で遠くから戻ってきたばかりなのに、すでにこの城内もそこまで調べたなんて。さすが星華!」


「ありがとうございます」


 星華は依頼された調査報告とともに、この城内で起きていることについても報告をした。

 場内に関する報告は傭兵隊の盗賊ギダがエルマに報告したものと同じ内容だった。ただ一つ多かったのは、星華の報告には、エルマとギダの会話内容も含まれていた。


 ギダはエルマが抱えるほどの優秀な盗賊に違いない。しかし、星華の隠密能力はギダのそれよりも遥かに上であった。

 だからこそ、今朝城内に戻ってきて星華は諜報活動をしているギダを見つけ、ずっと彼の行動を監視していたのだ。


「なんか、面白い状況になってきたね」



 騎士団内の派閥争い。しかもそこにシャスター自身が複雑に関わっている。


 副騎士団長派では暗殺の話が上がるものの、マルバスの一喝で助けられたシャスター。


 逆に、仲間であるはずの騎士団長派のフーゴから暗殺されかけているシャスター。


 さらにその暗殺を傭兵隊のエルマから守られるシャスター。



「これからどうなるだろうね?」


 自分が騒動の中心にいるのに、臆するどころか楽しんでいるようだ。


「このままでは、ますます混乱が大きくなると思います」


 星華が控えめに意見を言うが、シャスターがその混乱を期待しているのは分かっていた。しかし、だからといってシャスターがむやみに混乱を拡大することを望んでいるわけではないことも知っている。

 シャスターの心の中では、すでにやるべきことが決まっているのだ。それがどのような結果になろうと、星華はシャスターに付き従う。



「ところで、領主の部屋の結界ってそんなに強力なの?」


「いえ、結界は張られていましたが、強力というほどではありませんでした」


 星華は先日、深夜にフェルドを襲おうとした騎士たちを倒した後に、デニムの城に来ている。その時にデニムの部屋にも入り込んでいた。


「私が領主の部屋に侵入した時、部屋にデニムはいませんでした。そのため、もしかしたら結界が弱まっていた可能性もありますが」


「それはない。星華の能力がデニムの魔法結界よりも上だからだよ」


 エルマのお抱え盗賊にとっては、領主デニムの結界は破れないほどの強力なものであっても、星華にとっては大したものではないということだ。

 それだけ「くノ一」の称号を持つ上位忍者の星華は強い。


「それじゃ、星華は今夜にでももう一度デニムの部屋を調べてきて。エルマ隊長たちが入りたがっているほどだ。何か面白いものが見つかるかもしれない」


「しかし、早ければ今夜にでもフーゴの刺客が襲って来るかもしれません」


 星華の最大の使命はシャスターを守ることだ。全てにおいてそのことが優先される。


「大丈夫。エルマの優秀な盗賊が俺を守ってくれるらしいから」


「しかし……」


 それでも食い下がる星華にシャスターは優しく笑った。


「それに俺が刺客なんかに殺されると思う?」


 それを言われると返す言葉がない。

 そもそもシャスターは星華の守りなど必要がないほどに強いのだ。



「……分かりました。しかし慢心は禁物です。お気をつけください」


「うん、気をつけることにするよ。両騎士派閥だけでなく傭兵隊にもね。エルマ隊長も何か隠しているようだし」


 エルマと盗賊の話の内容からして、エルマがただの傭兵上がりだとは考えにくい。

 さらにシャスターとしては、エルマと盗賊が「あのお方」と呼んでいる人物が気になるが、手紙を燃やされてしまっては確認しようがない。

 読んだらすぐに燃やす、その徹底した行動こそがエルマが隙がなく油断ならない人物だということを物語っている。


「手紙を大事にしまっているどこかの町の町長とは大違いだね」


 一枚だけ持ってきた手紙を出しながらシャスターは笑ったが、すぐに笑みが収まる。



「……なるほど。そういうことか!」


 シェスターが何かに気付いた。


 彼の頭の中でいくつかの糸が一つに繋がったのだ。



「本当に面白い状況になってきた」



 今度は心の底から笑うシャスターだった。




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