第六十四話 復讐(カリンの時間旅12)
魔女の壺が開けられた瞬間、エミリナの意識が消え去ったことをカリンは感じた。
代わりに別の誰かが、エミリナの身体に入ってきた。
魔女だ。
魔女はエミリナの身体を奪うと、すぐに自分の部屋に戻る。
すると、ちょうどそこにアークスが戻ってきた。
「エミリナ様、お目覚めでしたか」
「交渉が進まず、疲れているようじゃのう?」
「!?」
アークスは静かにエミリナを見つめ直した。
「まさか、お前は!」
「そのとおり、私は……」
最後まで話すことなく、アークスが魔女に掴みかかる。
「その身体から出ていけ! エミリナ様を返せ!」
必死になって掴んだ肩を揺らすアークスだったが、突然床に崩れ落ちた。魔女が魔法を放ったのだ。
「この身体を返すはずがなかろう。ちょうど良い依代だ」
「なんだと!?」
「これでシュトラ王家は滅亡する。私の恨みも成し遂げられる。あはははは!」
高笑いしている魔女を見て、アークスは呆然とする。
「安心しろ。アークスよ、お前は有能だから生かしてやる。これからは私をエミリナ女王として仕えろ」
「何をふざけたことを……」
「それでは私を殺すがよい。その剣で一思いに刺してみろ!」
「ぐっ……」
刺せるわけがない。刺してしまったら、エミリナ自身も死んでしまうからだ。
それを分かっているからこそ、魔女は強気なのだ。
「お前に私を殺すことはできぬ。このエミリナを好いているからの」
アークスは反論ができない。
「そこで取引だ。お前にも不老不死を与えよう。そうすれば、お前はこれからもずっとエミリナと一緒だ」
「お前はエミリナ女王ではない!」
「身体はエミリナだ。中身などどうでも良いではないか。それにシュトラ王家は月の加護があるから、満月の夜ぐらいなら本物のエミリナに会えるかもしれんぞ」
「本物のエミリナ女王に?」
「そうだ。だからこれから私のために忠義を尽くせ」
「……」
「二人で永久に過ごしていこうではないか」
「……分かりました、女王陛下」
暫し時間が過ぎた後、アークスは魔女の前で片膝をつき頭を下げた。恭順の意を示したのだ。
魔女は満足そうに微笑んだ。
しかし、カリンにはアークスが嘘をついていると分かっていた。
(不老不死になれば、エミリナ女王を助け出す研究が長い時間を掛けてできる。アークスはそう考えているはずだわ)
アークスとは短い付き合いだが、不老不死にしてくれるからといって嬉々として従うはずがなかった。
アークスは損得だけで簡単に恭順するような男ではない。必ずエミリナ女王を助け出す思案を巡らせているはずだ。
カリンの中ではすでにアークスの評価が百八十度変わっていた。
最初は最低最悪な男だと思っていたが、本当のアークスは誰よりもエミリナ女王の幸せを考えている男なのだ。
彼もまたガイムと同じく、エミリナ女王を助け出そうとしている一人なのだ。
しかし、そんなことを魔女は知らない。
「あははは。不老不死は良いぞ、病気や老いで死ぬことがない。有り難く思え!」
「ありがとうございます」
ゆっくりとアークスが立ち上がった時、奥の間の入口の方で何かが割れる音がした。
「何事だ?」
魔女には分からなかったが、アークスには何が起きたのか感覚で分かった。
「防御壁が破られたようです」
アークスはかなり驚いた。まさか破られるとは思っていなかったからだ。
「ほぅ、王宮にもなかなか強者がいるのだな。ただし、自分の首を自分で締めることになるとも知らずに」
「どういうことでしょうか?」
「壺の中には、私の精神とともに四百年分の呪いが詰まっていたのだ。封印が開かれた今、その呪いはこのバリアの中に充満している」
「その呪いとは?」
「生者を殺してアンデッドにしてしまう呪いよ」
「そんな……」
アークスは声が続かなかった。
防御壁を破られたということはバリアの外、つまり王宮に呪いが拡散されてしまうということだからだ。
「今頃、王宮内の者は死に始めているはずだ。しばらく経てば自我のないスケルトンやゾンビで溢れかえっているだろうよ。それにこの呪いは王宮内の狭い範囲だけではない、シュトラ王国全土に拡散するのだ」
「まさか!?」
「安心するがよい、アークス。お前は私に忠誠を誓ったから死ぬことはない」
つまり、シュトラ王国の生者は自分とエミリナ女王の二人だけになるということか。
アークスの背中に冷たい汗が流れた。
「私から何もかも奪ったシュトラ王国が憎い。シュトラ王国に生きる者は全てアンデッドにしてやる」
魔女は残忍な表情で大きく笑った。




