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第六十二話 せめて笑顔のままで(カリンの時間旅10)

 エミリナの目が開いた時、同時にカリンも目が覚めた。


 このまま戴冠式が始まるかとカリンは思ったが、先ほどとは目に映る風景が違う。

 それに椅子に座ったまま寝ていたはずだったが、目の先には天井が見える。どうやらベッドで寝ているようだった。


 エミリナが目覚めると、心配そうに覗き込むいくつもの顔が現れる。


「エミリナ女王、お目覚めですか?」


「うん、大丈夫」


 エミリナの声に侍女たちは安心したようだ。


「私はどうしたの?」


 どうやらエミリナ自身も自分がベッドに寝ている理由を知らないらしい。


「ここから先は私が話します」


 アークスだった。

 彼も心配してずっと横にいてくれていたのだろう。


「婚姻の儀が決まり、詳細の打ち合わせをしている最中に、エミリナ女王が突然倒れられたのです」


「……そうだったのね。アークスごめんなさい、迷惑を掛けてしまって」


「お気になさらずに。結婚も決まり最近慌ただしいことが多かったので、疲れが溜まっていたのでしょう。ゆっくりとお休みください。また夜になりましたら、婚姻の儀について決まったことをお伝えに参ります」


 あとの看病を侍女たちに託して、アークスは業務に戻っていった。


(また、時を超えてしまったようね)


 起きたら、視界が違っていたので何となくそう思っていたが、エミリナ女王の戴冠式を見ることができなくて、カリンは少し残念な気持ちだった。


(婚姻の儀の打ち合わせということは、戴冠式から二年後の二十歳ということか)


 ここまで来ると、カリンは次に何を見せられるのか容易に想像がつく。

 当然、この直後に起こるアークスのクーデターだろう。ただ、先ほどの様子だと、アークスが反乱を起こすなどとても思えないのだが。



「エミリナ様、果実を絞ったジュースです。お飲みになれますか?」


「ありがとう、いただくわ」


 エミリアは半身を起こすと、グラスを手に取りジュースを一口含んだ。


「最近、微熱が続いていて、エミリナ様のお身体が心配です。アークス様も仰っていましたが、今日からしばらくの間は公務を忘れてゆっくりとお休みください」


「そうね、そうすることにするわ」


 エミリナにも体調が悪い自覚があるのだろう、侍女の言葉に素直に従った。

 再び横になって目を閉じたエミリナはそのまま眠りについた。




 目が覚めた時、カリンは時を超えていなかったことを知って安堵した。


「お目覚めですか? ゆっくり休めたようで良かったです」


 侍女が安心した表情で微笑んだ。


「うん、いっぱい寝たら熱も下がったみたい」


 エミリナは起き上がり、三人に微笑み返した。


「おなかも空いたことでしょう。すぐに夕食を用意致します」


 侍女たちはテキパキと動き出し、すぐに夕食が揃った。

 湯煎した野菜のサラダ、オムレツ、ミルク粥、コーンポタージュ、それにフルーツジャムをのせたヨーグルト、どれも胃に優しい料理で、病み上がりのエミリナにとって食べやすいものだった。


「いただきます」


 エミリナは時間をかけて、ゆっくりと食事をとった。


「ふぅ、ごちそうさまでした」



 ちょうど食べ終わった後、扉が叩かれてアークスが部屋に入ってきた。


「エミリナ様、熱が下がったと聞きました」


「アークスが調合してくれた薬のおかげよ。ありがとう」


 食事の後片付けが済んだ侍女たちは部屋から出て行く。

 アークスがエミリナに婚礼の儀の決まったことについて伝えるためだ。


 しかし、二人の本当の目的はそれではなかった。

 婚礼の儀の決定事項を手短に話すと、アークスはすぐに本題に入った。



「まさか、こんなにも早く症状が現れるとは思っていませんでした」


 アークスが沈んだ声で呟く。


「かなりショックだけど、こればかりは仕方がないわ」


 エミリナは務めて笑顔をつくった。そんなエミリナの左肩には小さな赤い模様のような点が現れていた。


「父は発熱を起こして左肩にこの模様が現れてから、一週間後に亡くなったのよね?」


「……はい」


「それじゃ、私も一週間後に死ぬということね」


 アークスは答えない。答えることが出来なかったのだ。


 代わりに別の行動をする。

 アークスが右手に信力を集中させると、アークスの掌が白く輝き始める。そして、そのまま掌をエミリナの左肩の模様に当てると、赤い模様が少しだけ薄くなった。


「これで少しは時間が延びるでしょう」


 アークスはこの二年間、呪いの研究をしていたのだ。

 この神聖魔法で、エミリナは死ぬ時を先に延ばすことができる。しかし、それでもせいぜい一ヶ月程度だろう。


「アークス、ありがとう」


「呪いのことについて、ガイムにも伝えるべきです」


「そしてエミリナ様のお気持ちも」と言いたかったが、後半は言葉が出なかった。エミリナが今にも泣き出しそうな表情だったからだ。


「ガイムに話すのは無理。だって、だってさ……」


「エミリナ様……」


「だって、好きな人が悲しむ姿、見たくないから」


 エミリナの頬に大粒の涙が溢れ始めた。

 死という恐怖を我慢していた感情が、ガイムのことを想った途端、一気に流れはじめたのだった。


「これってワガママだよね? だって私が死んだら結局、ガイムは悲しむから。でも、私は私が生きている間はガイムには笑っていて欲しいの」


 アークスには掛ける言葉が見つからなかった。

そして、好きな人が苦しんでいるのに何も出来ない自分が腹立たしかった。

 アークスは二年前から呪いの研究をしていたが、死までの時間を多少延すことが出来るようになったぐらいで、それ以外には大した成果を出せていなかった。

 しかも、こんなにも早く呪いが現れるとは思ってもいなかったのだ。



「……申し訳ありません」


「アークスは何も悪くないよ! 私のためにたくさん頑張ってくれたのだから」


 泣きながら笑ったエミリナは話題を変えた。


「私の代でシュトラ王国は断絶させるね」


「!?」


 直系はいなくなるが、遠い血筋がいないわけではない。

 王家断絶はあり得ない、誰か遠い親族を選びましょうとアークスは提案したが、エミリナは頭を横に振った。


「私と同じ呪われた運命を辿って欲しくないから」


 エミリナの言葉でアークスは迂闊にも気付かされた。次の国王にも同じ呪いが掛かるということを。


「だから、私の代で終わりにします。事後処理のこと、アークスに迷惑を掛けてしまうけど、お願いします」


 エミリナは深く頭を下げた。その間もベッドのシーツに涙がポタポタと落ちていく。

 当然、一番悔しい気持ちでいっぱいなのは、エミリナ自身なのだ。



「私さ、シュトラ国王として何にも出来なかったよね」


「そんなことはありません!」


「ううん、いいの。自分でも分かっているから。未熟で、たった二年で死んじゃう国王なんて情けないよね。ごめんね」


 エミリナは天井に顔を向けた。涙で視界がほとんど見えない。でも、カリンにはエミリナが天井よりももっと先を見つめているのが分かった。



「あー、私も普通の女の子のように好きな人と恋をして、結婚をして、家庭を築いてみたかったな……」


 王家に生まれて自由を享受することなく若くして死んでしまう。


(お姫さまだからといって、幸せとは限らないのね……)


 カリンも心の中で泣いていた。彼女にもエミリナの気持ちが手に取るように分かったからだ。


 そして、それはアークスも一緒だった。いや、エミリナと長く居る分、カリンよりもエミリナの気持ちが痛いほどよく分かっていた。



「分かりました。今すぐエミリナ様を自由に致しましょう。何のしがらみのないひとりの女性として」


(えっ!?)


 あまりにも小さい呟きだったため、泣いていたエミリナには聞こえなかったが、カリンにはアークスの声が聞こえた。


(まさか……アークス!?)


防御壁プロテクション・バリア!」


 アークスが大声で呪文を唱える。

 神聖魔法、防御壁プロテクション・バリアだ。しかし、目の前にバリアが張られたわけでもないし、何も変化は起きていない。


 しかし、カリンには分かった。

 空気が変わったのだ。

 バリアの中に入っている感覚……それは間違えるはずがなかった。


(まさか! 本当に奥の間一帯に、巨大な防御壁プロテクション・バリアを張ったの!?)



 ガイムが話してくれたアークスの反乱が、ついに始まったのだった。






皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!


さて、ここからラストに向けて急展開していきます。

これからも楽しみにして頂ければ、嬉しいです。


よろしくお願いします!

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