第六十話 意外な関係(カリンの時間旅8)
部屋にはエミリナ女王とアークスが残った。
カリンはドキドキし始めた。
この二人は恋仲だと聞いている。
すでにこの時期にはそうだったのか。
ガイムには悪いが、邪魔者がいなくなったのでどんな会話をするのか、カリンは興味津々だった。
「エミリナ様」
「どうしたの、アークス?」
(きた、きた、きた!)
ここで告白か? カリンのテンションは一気に上がった。
しかし、カリンの興奮をよそに、話は意外な方向に進み始める。
「先月、お父上のロイス前国王がお亡くなりになったのは四十歳でした」
「思っていたよりも早く亡くなってしまったわ……」
「前々国王は五十歳でお亡くなりになりました」
「父は祖父より、ちょうど十年早く亡くなったのね」
二人に重たい空気が流れる。
(ちょ、ちょっと、何の会話をしているの!? えっ、これって、二人とも前国王が亡くなることを知っていたの?)
話の流れについていけないカリンは焦った。
ラブロマンスから、一気にシリアスな話になってしまったからだ。いや、シリアスどころか、陰謀渦巻くサスペンスの可能性が大だ。
そんな焦っているカリンをよそに、二人は会話を続けた。
「残念ながら私の予想が当たってしまいました。やはり封印の効力が弱まっているということです。魔女の呪いのせいで、代々のシュトラ国王は短命の方が多かったのですが、それが先々代から急激に早まっております」
「このままでいくと、私も三十歳ぐらいで死んでしまうということね」
「あるいは、さらに早いかと」
女王の死について淡々と話す二人を見て、陰謀ではないことが分かり安心したカリンだったが、深刻な話には変わりなかった。
(エミリナ女王が死ぬっていうこと!?)
魔女の呪いのせいでシュトラ国王は代々短命だということ。
魔女の壺の封印が弱まり、さらに国王の寿命が短くなっているということ。
そのせいで、エミリナ女王も若くして死んでしまうということ。
それらの事実を知り、カリンは愕然とした。
「私は十年前、魔女の壺と王家の関りを知って、この推論を立てました。そして、あれから十年もの間、エミリナ様の寿命を延ばすための研究をしてきました」
「やっぱりアークスは凄いよ。誰も知り得なかった事実を過去の文献で探し当てたのだから」
「正直を言えば、当たって欲しくなかったです」
「仕方がないよ」
エミリナは明るく笑った。
しかし、カリンには分かる。悲しみを我慢しているのだ。
そして、それは長年エミリナを見てきたアークスにも分かった。
「エミリナ様、私は研究内容を増やそうと思います。今までは寿命、つまり生死の研究をしてきましたが、これからは魔女の呪いについても研究していこうと思っています」
「魔女の呪いの研究って……とても危険なことじゃない!」
「危険は百も承知です。しかし呪いが解明できれば、エミリナ様が早く死ぬことはなくなります」
「でも……」
言いかけてエミリナは言葉をのみこんだ。
いくら反対しても、アークスが研究することは明白だったからだ。
「アークスありがとう。でも、絶対に無茶はしないで!」
「もちろんです。それにまだ時間はあります。必ずや呪いを解く方法を見つけてみせます」
アークスの自信あふれる表情にエミリナは安堵した。
「うん、期待しているね」
「ところで、このことをガイムには……」
「絶対に駄目!」
エミリナの強い口調にアークスはため息をついた。
「しかし、十年前とは違い、今や彼も騎士団長です。エミリナ女王を守るべく者として知っておいた方が良いと思いますが」
十年前、二人で初めて魔女の壺が置かれている封印の部屋に行った時、エミリナはその場で気を失ってしまった。
それからアークスは、魔女の壺について昼夜を問わず詳細に調べ上げ、ついに自分の推論を立て、エミリナに話したのだ。
しかし、それはあまりにも重い内容だった。そこで、アークスはエミリナの剣術の指南役であったガイムにも相談しようとした。
だが、エミリナの猛反対にあい、結局は今の今までガイムには話していない。
「ガイムには迷惑を掛けたくないの。だからお願い、アークス!」
両手を合わせて頼み込むエミリナを見て、アークスはさらに大きなため息をついた。
「……分かりました。これからも二人だけの秘密にしておきましょう」
「ありがとう、アークス!」
「ところで、そこまで気にしているのに、本当に伝えなくても良いのですか?」
「……!!」
エミリアは何も答えない、答えられなかったのだ。
「はぁ、私が気付いていないとでも思っておいででしたか?」
「……」
(ん、なに、なに!? どういうこと?)
またも話題が変わったことにカリンは必死になってついて行こうとする。
しかし、今回も話が見えてこないので、続きの言葉をしっかり聞こうとしていたが、二人は沈黙をしてしまった。
(あれ、どうしちゃったの?)
先ほどとは違う種類の重たい空気が二人の間に流れていた。
しかし、十数秒後に沈黙を破ったのはエミリナだった。
「やっぱりアークスにはバレちゃっていた?」
「当たり前です。奴が鈍感だから気付かないだけです」
「鈍感……そう鈍感なのよね……」
エミリナは照れ臭そうに笑った。
それを見たアークスは、いつも冷静な彼らしくもなく語気を強く言い放った。
「だからこそ、エミリナ様がお気持ちを伝えればいいのです。『ガイム、あなたのことが好き』だと!」
直後、カリンの思考回線はオーバーヒートしてしまった。




