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第五十九話 過ぎ去りし思い出(カリンの時間旅7)

 三人はそれぞれ異なった表情で笑顔を浮かべていた。


 そんな三人の笑顔を確認した侍女たちは、静かに部屋から出て行った。彼女たちの気遣いだった。


「き、きょうは一段と、お、お美しくあらせられて……」


「ガイムよ、舌が回っていないぞ」


「あははは。慣れないことを言おうとするからよ」



 三人はテーブルを囲んで席に座った。

 テーブルにはサンドイッチやスコーンなどの軽食が置かれていた。これなら緊張していても少しは食べられるし、そもそもガイムとアークスがいれば、戴冠式まで緊張しなくて済む。

 エミリナは改めて侍女たちに感謝した。


「でも、神官長と騎士団長の二人は忙しいのでしょ?」


「少しぐらいなら問題ありません」


 アークスがカップに紅茶を注いで二人に渡す。


「それに私たちは、エミリナ女王に戴冠式準備の最終確認を報告するという重要な業務で来ておりますので、ここに来ることについて誰も文句は言えません」


 紅茶を一気に飲み干したガイムが陽気に笑う。

 それを見てエミリナもつられて笑った。


「それじゃ、堅苦しい報告を最初に聞いちゃおうかしら」


 エミリナに促されて先に口を開いたのはアークスだった。


「戴冠式の行われる大広間の準備はすでに整っており、国内の貴族や大商人たちも集まり始めています。また、各国の使節も昨夜のうちに王都に入ったことを確認済みです。あとは戴冠式を執り行う私ですが……」


「完璧さが売りのアークスだから問題ないのでしょ?」


「はい」


 茶化されても真面目に答えるアークスを見ながら、エミリナは笑った。


(エミリナ女王って、冗談も言える面白い女性なのね)


 カリンは月夜の映像で見た、悲しそうなエミリナ女王しか知らなかったが、ここにいるエミリナ女王は明るく笑っている。なんとなく親近感を覚えたカリンは安心した。



 続いてガイムの報告が始まった。


「警備の方ですが、こちらも問題ありません。王都には四千人の騎士を配備して、王都の巡回や人の出入りを入念にチェックしています。また、城には私の直属の騎士たちで守っています。何が起きても大丈夫です」


「その、何かが起きること自体が駄目なのだ」


 アークスが苦笑するが、トゲはない。三人は冗談として笑って済ませた。


「それじゃ報告はこれでおしまい。あとは私とのお話に付き合ってね」


 それから三人はしばらくの間、雑談に花を咲かせた。




「アークス、戴冠式の挨拶って、もう少し短くならない?」


「今さら、もう無理ですよ。それに、あれでもかなり短くしたはずです」


「それでも、私にはまだ長いわよ」


 エミリナが口を尖らせて文句を言う。


「一応、マジックアイテムで挨拶の文章は用意してあります。忘れてしまったら、遠くの天井を見てください。空中に文章が流れます。ただし、棒読みだけはおやめください」


「はあーい」


 エミリナが適当に答える。そんなエミリナを見て、アークスはため息混じりに苦笑するだけだ。

 二人の関係は、家庭教師と生徒の時から、何も変わっていないのだろう。


(なーんだ! エミリナ女王も勉強が嫌いだったのね)


 カリンはエミリナ女王にますます親近感を覚えた。


「エミリナ女王が勉強嫌いでも、剣の腕前ならこのガイムが保証しますぞ!」


 ガイムが笑うが、今度はエミリナがため息を吐く。


「腕っぷしの強い女王なんて、国民に人気があるのかしら?」


「もちろんです! 全ての国民が、今日の日を祝福しています」


「ガイムの言うとおりです。しかし、まぁ……これからも勉強は続けていきましょう」


 一気にテンションが下がったエミリナを見て、アークスが笑う。そして、ガイムも笑う。

 ついには、つられてエミリナも笑う。


 とても和やかな光景だった。



 そんな三人の話をカリンは楽しく聞いていた。

 三人の話を聞いていると、彼らは主従関係というよりも親友関係に見えた。他愛もない話なのだろうが、彼らにとってはとても大切な時間なのだ。


 それが分かったカリンは、とても微笑ましく思った。

 と、同時に心が痛くなった。

 二年後にはあんな悲惨な事件が起き、三人はバラバラになってしまうのだ。




「さて、それでは私はそろそろ警備の確認がありますので先に失礼します」


 ガイムが名残惜しそうに席を立つ。


「ガイム、頼みます」


「お任せください、エミリナ女王陛下!」


 エミリナが手を差し出すと、ガイムは両手でしっかりと握り返した。

 そして、笑顔で部屋から退出していった。



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