第五十八話 再びエミリナへ(カリンの時間旅6)
「エミリナ様、お時間です。起きてください」
優しい声で目覚めたカリンは、ゆっくりと目を開ける。その先には三人の侍女が立っていた。
(ん? ここは……、あぁ、わたし倒れて運ばれたのね。あれ……でも、この三人の侍女たち何か違う気が……)
「おはよう、みんな」
(!?)
カリンは驚いた。
今の「おはよう」はカリンが発したものではない。
しかし、間違いなく彼女の口から発した言葉だった。
「今日はよろしくね」
またもカリンではない声が、カリンの口から発せられる。しかも、カリンの意思とは関係なく、身体がベッドから起き上がる。
最初どういうことか分からないカリンだったが、すぐに一つの結論に達した。
(エミリナ女王、本人が会話して動いているんだ!)
先ほどまでは、カリンがエミリナ本人となり、自由に話したり行動したりしていた。
しかし、今はエミリナ本人が自由に話したり行動したりして、カリンはそれをエミリナの目を通じて見ているに過ぎない。
(何で急に変わったのだろう?)
カリンは不思議に思ったが、考えても答えが出るはずもないので、そのままエミリナの状況を見続けた。
ベッドから立ち上がったエミリナは、等身大の鏡の前に立つ。当然ながら、カリンの視線もエミリナと同じく、鏡に映る自分の姿を見ることになる。
と、同時にカリンは驚愕の声を心の中で上げた。
(エミリナ女王が成長している!)
鏡の前に映るエミリナは大人だった。
先ほどまでの八歳の少女とは違う姿なのだ。
(どういうこと!?)
訳の分からないカリンは、鏡に映り込んだ侍女たちを見た。
その瞬間、侍女たちの違和感の理由が分かった。
侍女たちの見た目が違ったのだ。
侍女たちは、別の人間に変わったわけではなく、先ほどまでカリンの世話をしてくれた侍女たちに間違いはない。
では一体何が変わったのか。
(侍女たち、歳を取っている!)
幼少のエミリナ女王を世話をしてくれた時の三人の侍女は、皆二十代前半に見えた。初々しく頼りなさそうにも見えていたのだが。
しかし、目の前にいる三人は三十代ぐらいだろうか、ベテランの貫禄さえあった。
そんなカリンの驚きには気付かずに、エミリナと侍女たちは話しを続けている。
「さあ、エミリナ様、お化粧とお着替えを致しましょう」
「うん、頼むわ。でも、化粧はいつもどおり薄めがいいな」
「何をおっしゃいます。今日はエミリナ様の一世一代の晴れ舞台です。お化粧もしっかりさせて頂きます」
「……はい」
がっかりと肩を落としたエミリナは、それでも文句を言うことなく侍女に従った。
三人の侍女は慣れた手つきでテキパキとエミリナの化粧と髪形をつくっていき、最後に薄グリーン色のドレスに着替えさせた。
(きれい……)
カリンが思わず見惚れてしまうほどの美しさだったが、三人の侍女たちも同じ感想を抱いたようだった。
「エミリナ様、とても美しくあらせられます」
「本当、シュトラ王国の宝石と言われる所以がよく分かります」
「亡き前国王がエミリナ様の姿を見たら、どう褒めてくださるでしょうか」
三人の目には大粒の涙が溢れていた。
三人にとっては感無量なのだろうが、カリンも侍女の言葉から現状が理解できて、感無量の気分だった。
(亡き父上、一世一代の晴れ舞台、そして大人になったエミリナ女王……つまり、今日はエミリナ女王の戴冠式! さっきまで八歳のエミリナ姫だったけど、今はもう十八歳のエミリナ女王なんだ)
カリンは一瞬でエミリナの歴史を十年間飛び越えたのだ。
この状況を仕組んだ何者かの意図は相変わらず分からない。しかし、幼女の頃のエミリナと違い、今のカリンには会話や行動の自由がない。
そのままエミリナ女王を観察することしか、選択肢はない。
(まぁ、いいわ。せっかくだから、エミリナ女王の戴冠式を見せてもらうわ)
何者かの意図など考えても仕方がない。
カリンはエミリナの目を通じて、盛大であろう式典を楽しむことに決めた。
「戴冠式は長いため、先に食事をとって頂きます」
涙を拭った侍女が今後のスケジュールを話し始めた。
「あまりお腹空いていないから要らないわ」
緊張しているのだろう、エミリナは食事を断ろうとしたが、侍女たちに反対された。
「エミリナ様、駄目です。午後からの戴冠式は五時間も続くのです。少しでも食べておかないと、お身体がもちません」
「でも、無理に食べても……」
「大丈夫です。エミリナ様がリラックスして食べられるように準備をしてございます」
「リラックス!?」
どういうことか分からないエミリナだったが、侍女たちに連れられて隣の部屋に移動させられる。
「失礼します」
扉をノックして侍女が部屋を開ける。
部屋の中を見た瞬間、エミリナに笑顔がこぼれた。
「ガイム、アークス!」
立ち上がった二人もまた微笑んでいた。




