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第五十七話 魔女の言葉(カリンの時間旅5)

 カリンとアークスは奥の間の入口に着いた。


 大きな扉の前には四人の衛兵が立っていたが、二人を見ると急いで横に避ける。アークスが衛兵たちに軽く合図をすると扉がゆっくりと開いた。

 アークスが中に入り、カリンもその後に続いた。


 奥の間とは、王族の住まいの総称だ。いくつもの部屋があり、王城の中でも広大な面積を有している。

 エミリナ姫が毎日寝起きしている場所も奥の間だった。

 ただ、現在の王族はロイス国王とエミリナ姫の二人しかいないため、ほとんどの部屋は使われておらず、賑わいもなく寂しい雰囲気であった。


 そして奥の間には王族だけでなく、高級官僚や王族の従者たちも入ることができる。当然ながら警備は厳しいが、奥の間自体は危険な場所ではない。

 しかし、実は奥の間の最も奥深い場所に、魔女の生首が封印されているのだ。



「このまま姫の部屋に戻ることもできますが」


 すでに三人の侍女たちは、奥の間にある姫の部屋でカリンが休めるように準備している。魔女の壺の存在を知らない彼女たちは、エミリナ姫が中庭の休憩室から自身の部屋に移動しているものと思っていた。

 実際、アークスはそのように話して、自分が付き添うから侍女たちは先に戻って準備するように命じたのだ。


「本当に行くのですか?」


「もちろん!」


 と元気よく答えたものの、カリンも正直なところあまり気は進まなかった。

 いわくつきの生首が封印されている壺だ。喜んで見たい者などいるはずがない。

 しかし、カリンには見る必要があった。

 生首の魔女とエミリナ女王に乗り移った魔女はきっと同一人物だ。では何故、死んでいるはずの魔女が、エミリナに乗り移ることができたのか。

 おそらく魔女は死んでいなかったのだろう。

 そして十二年後の未来で壺の封印が解かれて復活した、とカリンは考えていた。



「この先です」


 カリンが考え込んでいる間に、魔女の壺が置かれている部屋の入口に着いたようだ。

 長い廊下の突き当たりにあるその扉は小さく、他の部屋からもかなり離れているため、少し異様な雰囲気だった。


 アークスが扉に手を当てると、取手の部分が青白く光り解錠された音がする。


「先ほども申した通り、ここから先は王族の方と上級神官以上しか入ることができません」


 そのため、扉には魔法が掛かっていたのだ。

 アークスは扉を開ける。すると、そこは部屋ではなく下へと続く螺旋階段があった。


 二人は薄暗みの中、階段を降りていった。




「ここに入れる人って何人いるの?」


 壺の封印を解いた犯人はこの部屋に入れる資格を持つ者だけだからだ。


「国王とエミリナ姫、神官では神官長と副神官長、そして私を含めた一級神官の五人、以上の九名です」


 国王とエミリナを除けば、七名の神官たちが壺の封印を解くことができるということだ。


 カリンは前を歩くアークスを見た。

 やはり、一番怪しいのはアークスだ。これから十二年後にクーデターを起こして、エミリナをさらった張本人だからだ。


 しかし、アークスが死んだ時の状況を考えると、はたして本当にアークスが犯人かと疑問が残る。

 アークスは魔女に乗っ取られたエミリナ女王を助けたかったはずだ。それであれば、わざわざ壺の封印を解くはずがない。



「着きました」


 アークスの声で、カリンの思考が止まった。

 螺旋階段を降りた場所はとても狭かった。



「!?」


 カリンは降り立った瞬間、まるで蛇に睨まれたカエルのようにその場を動くことができなかった。

 目の前に古びた壺がある。それを見た瞬間から動けなくなったのだ。

 さらに頭の奥から低く重たい声が聞こえてくる。


『はやく封印を解け、はやく封印を解け……』


(……この声は、もしかして魔女!?)


『そうだ。エミリナよ、はやく封印を解け。それがお前の生き残れる唯一の方法……』


「姫さま、大丈夫ですか!」


 カリンの異変に気付いたアークスが慌てて、壺とカリンの間に立つ。

 視線の先から壺が見えなくなった途端、カリンは動けるようになった。しかし、動悸が激しく額から滝のように汗が流れ出している。


「な、なによ、これ……」


「私の不注意で申し訳ありません」


 傲慢不遜なアークスが謝るなんて信じられなかったが、彼はこうなることを予想できていたので素直に謝罪したのだ。


「王家の方が壺を見ると、動けなくなるという言い伝えは本当だったのですね」


 アークスが心配そうにカリンを見つめる。彼としてもただの噂だと思っていたことが、本当に起こってしまい、驚きを隠せないでいた。


「もういいでしょう。姫さま戻りましょう」


 壺との視界を遮るようにして、アークスは階段を上ろうとする。しかし、それをカリンが遮った。


「アークス、そこをどいて」


 壺を見ると動けなくなるだけでなく、魔女の声が聞こえてくる。そんなことをアークスに話せば、何がなんでも止めるだろう。しかし、今は魔女と話せる絶好の機会なのだ。


「もう少しだけ壺を見たいの」


「駄目です!」


 アークスは絶対に譲る気がない。エミリナ姫に何かあってはシュトラ王国の未来がなくなってしまうからだ。


 しかし、カリンも一度自分の決めたことを曲げない性格だ。

 彼女としては、エミリナ女王を助け出すヒントを手に入れるために、何としても魔女と話す必要があった。

 正直言えば、魔女と話すことはとても怖い。しかし、それ以上にエミリナ女王を救いたい気持ちの方が勝っていた。



「分かったわ。それじゃ、戻りましょう」


 螺旋階段を先に上り始めたエミリナ姫を見て、ホッとしたアークスは後ろからついていく。

 しかし、それが罠だった。

 突然、カリンは螺旋階段の手すりを超えて下へ飛び降りると、壺に向かって駆け出した。


「あっ、姫!」


 アークスが驚きの声を上げた時は、すでに遅かった。

 カリンは壺の前に立っていた。


 次の瞬間、カリンの全身に電流が走ったような感覚に襲われる。


『エミリナ、エミリナよ……』


 再び魔女の声が脳裏に響き始めた。またカリンの身体は動けなくなり、精神に重圧がかかる。


『エミリナよ、もっと近くへ……』


 しかし、突然その声は止まり、不信感からの苛立ちに変わった。


『お前、エミリナではないな! エミリナはどうした?』


(そんなの、私の方が聞きたいわ!)


 バレてしまっては仕方がない。カリンは心と身体の苦痛に耐えながら叫んだ。


(絶対に封印は解かせないわ。私が壺を叩き割ってやる!)


『叩き割るだと?』


 魔女は嘲笑った。


『お前では壺に触ることさえできぬ』


(そんなことないわ!)


 カリンは隠し持ってきた短剣で、壺を叩き割ろうとする。

 しかし、壺と短剣の間にまるで空気の膜があるかのように、短剣が壺に届かず割ることができない。


(なんなの、これ!?)


『壺に触れることができるのは王家の者だけだ。いくら身体がエミリナでも、中身が違うお前では割ることなどできぬ。さっさと元のエミリナに戻ってもらおうか』


 さらに魔女の嘲笑が響き渡り、それと同時にカリンは身体を引き裂かれるような激痛に襲われる。


(きゃー!!)


 その直後だった。


「姫さま!」


 アークスがカリンと壺の間に割り込む。

 直後、激痛は嘘のように消え去り、身体は自由になった。


「はぁ、はぁ、はぁ、アークス……ありがとう」


 アークスの助けが間に合わなかったらどうなっていたか、考えるだけでもカリンは生きた心地がしなかった。

 しかし、そんな状態を知らないアークスは、普通にカリンを怒り始める。


「一度ならず二度も、どういうおつもりですか? このことはロイス国王にもお伝えしておきます」


「はい」


 カリンは反論する気力がなかった。おとなしく階段を上り、もと来た廊下に戻った。

 そこで安堵したのだろうか、突然カリンはあることに気付いた。


 その瞬間、心の中を冷たいものが流れていく。



 魔女の言葉……壺に触ることができるのは王家の者だけだ。

 ということは、封印を解けるのも王家の者だけなのではないか。


 そして、今から十二年後、魔女の封印が解かれた時に生きていた王家の者は……。



「エミリナ女王!?」



 カリンはめまいを起こし、そのままアークスの腕の中に倒れ込んだ。





皆さま、いつも読ん頂き、ありがとうございます!


最後で、少しだけミステリーっぽくなりました。

さて、犯人は? 

ということで、また次回を楽しみにして頂ければ嬉しいです。


これからもよろしくお願いします!

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