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第十三話 騎士団長との約束

 大広場にはすでに全騎士団員が揃っていた。

 時計の針は午前十時を指している。


「待たせてすまなかった」


 こういう場合、上に立つ者は遅刻しても詫びてはいけない、とフーゴが助言をしてくれていた為、シャスターは堂々と壇上に上がって目の前の光景を見渡す。



 そこには三千人もの騎士が平然と並んでいて、中央に沿って左右二つの集団に分かれている。

 シャスターから見て右側の前列にマルバスが、左側の前列にフーゴが立っている。


(ここまであからさまだとは、逆に清々しいね)


 シャスターは内心で苦笑しながら全員に向かって挨拶をした。


「俺が新しく騎士団の団長になったシャスターだ。前騎士団長を倒したのは俺なので、思うところがある者も多いと思うが、これからは俺に従ってほしい」


 騎士団全員が頭を下げる。形の上だけであろうが、とりあえず全員が意向に従う意思を示した。



「それでは俺の方針を伝える。まずマルバス副騎士団長の任を解く」


 その瞬間、大きなざわめき起こる。特に右側の団員からは非難めいた声がいくつも上がり続け、しばらく止むことがなかった。


「静かにしろ! 騎士団長の前であるぞ」


 叱咤したのは他ならぬマルバスだった。それと呼応するかのようにざわめきは静まる。


「団員たちの不手際、申し訳ございません。ところで、私の任を解くことに関してもう少し詳しく教えて頂ければと思います」


 マルバスがまっすぐにシャスターを見つめる。


「それは、今の皆が立っている場所を見れば明らかだろう」


「……!?」


「騎士団長派と副騎士団長派に分かれて反目し合っていたことは聞いている。同じ騎士団なのに分かれているのはおかしいと思わない? 俺は一つの騎士団に戻したい」


「……」


「騎士団長派は前騎士団長が死んだことで解体だろう。あとは副騎士団長派だけだ。そこで、マルバスの任を解くことによって、副騎士団長派も無くしたいと思う」


 シャスターの言っていることはもっともなことだ。いや、それどころか素晴らしい考えだった。

 時間をかけて徐々に融和させるのではなく、ドラスティックに行おうというのだ。マルバスには考えも及ばない方法だった。


 まさしく彼自身が昨日「あなたなら躊躇なく騎士団を再生できる」と言ったことに他ならない。



「まったく、あなたという人は信じられないようなことをしてくれる」


 独り言なので誰にも聞こえずに苦笑したマルバスは一歩前に出るとシャスターの前で片膝をついた。


「シャスター騎士団長の仰せのままに致します」


「ありがとう。それでは、今後は副騎士団長を置かずに直接俺が指揮を執ることにする」



 副騎士団長の下はさらに百人単位の集団に分かれているが、今まで副騎士団長が各集団の隊長たちに指示を出していた。つまり実務を任せられていたのだが、今後はシャスターが直接行うことになる。


「ただ一言申し上げますと、騎士団長は騎士団に来たばかりで内情がお分かりにならないかと」


「うん、マルバスの言うとおり、内情が分からない俺が急に指揮をとると皆も困ると思う。そこで補佐役を新たに設ける」


 なるほど、形の上では直接指揮だが実際には副騎士団長を解任したマルバスを補佐役とするのか、と誰もが思った。傍から見れば単なる茶番劇だが、形式が必要なこともあるのだ。


「そこで、補佐役だが……」


 シャスターは騎士団を見回すと一人の騎士の前で視線を止めた。



「フーゴを任ずる」


「なっ!?」


 思わず声を上げたのはマルバスだった。信じられないといった表情をしている。しかし、その表情はマルバスだけでなかった。騎士団全員が呆然としている。名前を呼ばれたフーゴでさえ、同様に驚愕している。


「フーゴ、聞いている?」


「あ、は、はい! 謹んでお受け致します」


 やっと我に返ったフーゴが一歩前に出て片膝をつく。それと同時に騎士団長派から大きな歓声が上がった。これはどう考えてもシャスターが解体されるはずの騎士団長派を優遇することを意味しているからだ。


「それと、騎士団の中に新たに親衛隊を編成しようと思う。人選と人数はフーゴに任せるよ。ちなみに親衛隊員は階級を一階級上げることにする」


「御意!」


 副騎士団長派にとってはとどめの一発だった。これでは騎士団長派が親衛隊になることが決まったということで、副騎士団長派は事実上終わったのも同然だ。


 先ほどシャスターが方針で決めた騎士団長派と副騎士団長派の融合、それこそがマルバスの権限を剥奪してフーゴに権力を持たせるための本当の茶番劇だったのだ。


「それじゃ、俺の挨拶はこれで終わり。各自解散!」


 周りを気にすることもなくシャスターはさっさと部屋に戻った。この後、騎士団長として特にやることもないし、寝坊して朝食も食べていないためお腹が減ったからだ。



 そんな騎士団長がいなくなった後に残されたのは、歓喜に沸く集団と静まり返っている集団だった。




 自分の部屋に戻ったシャスターは、遅い朝食というか昼食を食べていた。

 騎士団の建物内には団長専用の食事室があるらしいが、面倒なので自分の応接室に食事の用意をしてもらったのだ。


 その食事内容は非常に豪華なものだった。肉や魚の料理が乗った皿が広い応接室のテーブルに食べきれないほど並んでいる。しかも、昼間からなのに数種類のワインまで用意されている。

 さらにシャスターの給仕だけにメイドが二人。至れり尽くせりである。


(逆に応接室に食事を用意してもらう方が彼女たちにとっては面倒だったかな)


 悪いことをしてしまったと思い、そのことをメイドに謝ろうとしたが、「そんなことはございません」と言うのが分かりきっていたので、シャスターは「ありがとう」と感謝して食べ始めた。


 そして食べ始めると、予想通りどれもこれもとても美味しい。分厚い牛のステーキ、ニジマスのソテー、チキンに蜂蜜を塗って焼いたもの、それに仔羊のロースト。パンも今焼いたばかりのようで応接室中にパンの香りが広がる。


「フェルドの田舎料理も美味しかったけど、やはりこっちの方が美味しいな」


 図々しいことを言いながらシャスターの手は止まらない。しばらくの間、食べることだけに専念しているようだ。その間、メイドたちは次々と食べ終えた皿を片付けていくが、それでもまだ多くの料理が残ったままだ。



「ふぅー、満足、満足」


 もう食べきれないと思ったその時、応接室の扉がノックされた。


「どうぞ」と声をかけた後、入ってきたのはフーゴだった。フーゴは満面の笑みで扉の前に立っている。


「シャスター様、この度は私を相談役に任命して頂きましてありがとうございます!」


 フーゴは頭が床に付くかと思うくらい深く頭を下げた。


「このご恩は一生忘れません。これからは騎士団のため、いえシャスター様のためだけに心からお仕えしていく所存でございます!」


「あっ、そう」


 心にもない言葉に適当に頷いたシャスターはナイフとフォークを皿に置いた。


「それよりも、こんな大量の料理、一人じゃ食べきれないから手伝ってよ」


「あ、は、はい」


「騎士団って、こんな豪華な料理を食べているの?」


「いえいえ、騎士団長だからこそ、豪華な料理になっております。下級騎士ならパンとシチューだけで充分です」


 フーゴの話では騎士団の団訓として「騎士たるもの質素で倹約であれ」という言葉があるらしい。


「ふーん、それでフーゴもパンとシチューだけなの?」


「私は騎士団でそれなりの地位を頂いておりますので、多少は豪華な食事をしています。もちろん、騎士団長には及びませんが」


 フーゴは笑った。どうやら騎士団にはかなり厳しい階級社会が存在するようだ。フーゴは多少豪華といっていたが、フーゴの身なりを見ればかなり控えめな表現なのは一目瞭然だ。つまり、下級騎士は貧しい暮らしをし、上の一部の騎士たちは贅沢な暮らしをしている。さらに言えば、フーゴたちはそれを当たり前の特権として考えている。


「ほんと、腐りきっているね」


「はっ、何かおっしゃいましたか?」


「いや、何でもない」


 広いテーブルの反対側に座っているので、フーゴにはシャスターの冷たい呟きは聞こえなかった。



「ところで、騎士団長が先ほど申し上げました親衛隊について私なりに考えてみました」


 フーゴはシャスターの隣まで来ると巻物を差し出した。シャスターが無造作に巻物を開くと、大勢の人の名前が連ねられている。その筆頭には親衛隊長としてフーゴの名前が記載されていた。


「私以下、約百名の騎士団員を親衛隊として人選致しました」


「仕事が早いね」


「いえいえ、それほどでもありません」


 シャスターの嫌味にも気付かず、フーゴは誇らしげに胸を張る。


 騎士団長派は騎士団の半数である約千五百人がいるが、全員がフーゴと同じ強い意志を持っているわけではない。先ほど話した下級騎士などは何もわからずに上司の意思に従っているに過ぎない。

 だからこそ、純粋にフーゴの考え方に賛同している者、つまりは進んで略奪を行なっている、あるいは指示を出しているのは中核にいるこの百人ということだ。


「それじゃ約束通り、その百人の階級を一つ上げといて」


 こういう輩は身分制度を重んじる。そして、自分より一つでも身分の上の者には卑屈なほどに低平し、一つでも下の者には尊大に権力を振るうのだ。

 それは目の前にいるフーゴを見れば一目瞭然だ。だからこそ、階級が上がることを彼らは渇望するのだ。


「ありがとうございます!」


 親衛隊の階級が一つ上がるだけでも、解体を余儀なくされた副騎士団長派の者たちとの権力差は更に広がることになる。

 そして、親衛隊という職務は騎士団長が公の場で出かける時は側で付き従うことになる。それだけでも箔がつくだろう。フーゴは深々と頭を下げた。



「それじゃ、今度はフーゴが俺の約束を守る番だ」


 食後のコーヒーを飲みながら、気さくにフーゴに視線を向ける。


「何の約束でしょうか?」


「マルバスを降格させ副騎士団長派を解体したら、フーゴたちの全財産をくれる件だよ」


「……左様でございましたな」


 フーゴはわざとらしく忘れていたことを謝罪する。

 当然約束は覚えていた。しかし、まさかシャスターがこんなにも早く副騎士団長派の無力化を実行するとは思ってもいなかったのだ。いや、そもそも実行できるとさえ思っていなかった。ただ、今まで通り騎士団長派が幅を利かせる騎士団でいてくれれば良かっただけなのだ。

 だからこそ全財産を差し出すというのは、実現不可能な夢物語に対しての報酬であって、単なる新生騎士団長派結成へのリップサービスだった。全財産など、最初から渡す気などなかったのだ。


 それが、シャスターは実行してしまった。しかも、その日のうちに。



「今朝は金貨を七袋もらったからね。全財産となるとどのくらいになるのか楽しみだよ」


 欲望を隠すことなく微笑んでいるシャスターを見ながら、フーゴは急いで頭脳を回転させた。金にしか興味がない少年をいかに誤魔化してやろうかと思案したのだ。


「実はこの間、騎士団の建物の改築を行いまして。そこにほとんどの騎士団長派の財産を使ってしまったのです」


 フーゴは申し訳なさそうに話した。もちろん嘘である。改築なんぞ、この十年以上していない。しかし、この国に来たばかりのシャスターなら騙せると思ったのだ。


「もちろん、だからといって騎士団長とのお約束を反故にするわけにはいきません。苦肉の策ですが、我々騎士団長派の騎士たちが各自で所有している財産をかき集めて、シャスター様にお渡しします」


 フーゴとしては、ここまで恩着せがましことをすればシャスターもそれ以上は何も言わないだろう。そして明日にでも財産の中から金貨十袋ぐらい渡せば納得するはずだと考えた。


「絶対に我々の財産を渡してなるものか!」とフーゴは思っていた。


 自分らが長年かけて貯め込んだ財宝は、当然自分たちのものだと思っているからだ。

 残虐非道に領民から略奪したものだったが、彼らにとっては必死になって集めた財産なのだ。それをどこの馬の骨かも分からない小僧なんぞに渡していいはずがない。


「明日中には皆から集めた財産をお持ちできると思います」


 フーゴは神妙な表情をしながらも、心の中でほくそ笑んでいた。

 これで大丈夫だと。



 しかし、フーゴの目論みは意外過ぎるほどに外れた。


「いや、わざわざみんなの財産を集めるなんて、そんなのは悪いから要らないよ」


 なんとシャスターは断ってきたのだ。これにはフーゴも驚いた。金の亡者だと思っていた小僧にも少しは良心があったということだ。


「ありがとうございます! 財産を差し出さなくて皆喜ぶことでしょう。慈悲深い騎士団長に代表して感謝致します」


「いえいえ、どういたしまして。それじゃ、今朝話していた騎士団長派の宝物庫に案内して。とりあえずはそこにあるものだけ貰っておくから」


「へぇ!?」


 あまりにも突然のことにフーゴはマヌケな返答をしてしまった。


「建物の改築に大金を使っても、まだ少しは残っているでしょ? その残った分だけでも貰っておくよ」


「いやいやいや、お待ちください、騎士団長!」


 冗談ではない。宝物庫にこそ、騎士団長派の全財産がしまってあるのだ。絶対にシャスターを連れて行くわけにはいかない。

 フーゴは部屋から出て行こうとするシャスターを慌てて止めた。フーゴの額からは大量の汗が滴り落ちていた。


「あ、あの、あのですね……宝物庫はとても汚れていまして、騎士団長にお見せするのが恥ずかしいほどに汚れておりまして。、ですから、今から掃除をしますので、明日にでも宝物庫に来ていただければ……」


「汚くてもいいよ。そういうの気にしないから」


 時間を稼いで財宝を隠そうと思っていたフーゴの策略は速攻で打ち砕かれた。


「それじゃ、宝物庫に行こうか」


 勢いよく立ち上がり扉を開けようとするシャスターをフーゴがもう一度抑える。


「き、騎士団長、少しお待ちを! 財産は重いため、おひとりでは運ぶことは無理かと」


「大丈夫。俺の魔法の鞄(マジック・バッグ)なら余裕で入るから。フーゴはここで待っていてもいいよ」


 またもや簡単に切り返されてしまった。もうフーゴには言い訳をする言葉が見つからない。それでも汗をびっしょりかきながら必死になってフーゴは懇願する。


 そんなフーゴを無視してシャスターは部屋の扉を開けた。そして、廊下で騎士団長室を警備していた騎士たちに宝物庫の場所を尋ねる。

 警備している騎士たちも当然騎士団長派、つまりフーゴの息のかかっている騎士たちだ。しかし、身分が低い者たちなのでフーゴの意図など知るはずもない。


「はっ! 左の突き当りを右に曲って真っ直ぐに進んだ一番奥が宝物庫でございます」


 騎士たちはシャスターに命じられた質問に対して速攻で答えた。


「ありがとう」


 笑顔で答える騎士団長に騎士たちは嬉しくなり少し上を向いて敬礼をする。だから、その後からすごい形相で睨み付けるフーゴを見なかったことは彼らにとって幸いだった。




 騎士団の建物内をしばらく歩いていたシャスターは、一際大きな扉の前で立ち止まった。ここが宝物庫のようだ。扉の周りを屈強な四人の騎士たちが守っている。


 いつもなら何事にも動じないで扉を死守する彼らであったが、騎士団長のシャスターと、今や騎士団一の実力者のフーゴが一緒に近づいてくると驚かずにはいられない。しかも、フーゴはとても焦っているようであり、その顔は真っ青だ。

 何事が起きたのか分からなく不安になったまま、四人は敬礼をする。


「お勤めご苦労様。この扉を開けてくれる?」


 シャスターの気軽な声にどうやら緊急事態ではないらしいと思った四人はとりあえず安堵した。一人が一歩前に出て答える。


「騎士団長、申し訳ございません。我々は扉を守るのが職務でありますが、扉を開ける鍵は持っておりません」


「それじゃ、誰が持っているの?」


 四人の視線がフーゴに向けられる。シャスターにとってはそれだけで充分だった。



「フーゴ、鍵開けて」


「申し訳ありません。最近鍵が錆びついてきまして、ちょうど鍵を修理に出しているところなのです」


「うまく乗り切った!」青ざめていたフーゴの表情が元に戻り始めた。これでしばらくは時間稼ぎができるだろう。


 しかし、シャスターは諦めていないようだった。騎士から剣を借りると、扉に向けて剣を向ける。

 どうやら、剣で扉を壊そうとしているようだ。


「その扉は宝物庫だけあって、他のどの扉よりも強固に造られております。ですから、騎士団長がどれほど剣技に優れておいででも、普通の剣では簡単に折れてしまいますぞ」


 今度は余裕の表情でフーゴがたしなめる。魔法の剣(マジック・ソード)なら話は別かもしれないが、一兵卒が持っている鉄の剣などでは擦り傷一つも付けられず剣が折れてしまうのが分かりきっている。

 それでもシャスターは扉に剣を向けたままだ。

 ここまで来た立場上、引くに引けなくなったのか。フーゴはシャスターの心中を察してニヤリと笑った。


 しかし、そうではなかった。

 シャスターが目を閉じ、剣を握っていない左手の人差し指で剣先から鍔までなぞると、指先に沿って剣が赤く輝き出す。

 何事が起きたのか分からないまま、唖然としているフーゴと四人の騎士たちだったが、本当に驚愕するのはこれからだった。

 赤く輝き始めた剣をシャスターは扉に向けて、バツの字を描くように華麗に二閃斬る。すると、強固な扉はその剣跡に沿って、まるで薄紙のように綺麗に斬られた。



 鈍い轟音とともに扉が崩れる。五人はその光景を口を開いたまま、信じられないという表情で眺めていた。



「騎士団長、あなたは一体……」


 かろうじてフーゴが声を絞り出す。しかし、その間にもシャスターは軽やかに扉の中に入っていった。


「ほぉー、すごい量だね!」


 五人とは違った意味で、シャスターも驚く。

 部屋は思った以上に広かった。騎士団長室の応接室ぐらいの広さがありそうだ。その部屋の中に、人が持ち上げられる程の大きさの箱が縦横に規則正しく並べられている。箱は百ぐらいあるようだ。そして箱の中には金貨が満載に入っていた。金貨の輝きで部屋中が黄金色に満たされているほどだ。


「なーんだ、フーゴ、こんなにも財産があるじゃないか。これだけあるのに、さらに皆から集めるなんて、俺はそこまでがめつくないよ」


 無邪気に笑うシャスターとは正反対にフーゴの表情は再び真っ青になっていた。言い返す気力もなく、その場に倒れこむ。

 早速シャスターは空中に大きな円を描くと、魔法の鞄(マジック・バッグ)を呼び出した。そして、大きな口を開いている空間にせっせと金貨を放り込んでいく。しかし、あまりにも金貨が多い為、四人の騎士たちにも手伝わせた。

 四人は何が何だか分からないまま、騎士団長の命令通りに金貨を異空間に放り投げていく。



 小一時間が経ち、やっと宝物庫を空にしたシャスターは、扉の外でずっと呆然としながら座り込んだままのフーゴに前に立った。その後ろに四人も付き従ったが、フーゴの顔を見て驚く。まるで十歳以上も老けてしまったかのような、生気が無くなった表情をしているからだ。

 それはそうだろう、長い間一生懸命溜め込んできた財産が一瞬でなくなったのだから。

 しかし、そんなフーゴにシャスターは涼やかに笑いかけた。


「これとは別に、毎月の金貨の皮袋はこれからも約束通りよろしくね」


 上機嫌で去っていくシャスターを見ながら、フーゴにもまた、この少年が悪魔にしか見えなかった。


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