第五十六話 大森林の魔女(カリンの時間旅4)
元々、シュトラの民は、この地には住んでいなかった。
北に広がるゲンマーク山脈の各地に、いくつもの部族に分かれて暮らしていた。
部族は時には争ったり、時には融和したりして、数百年もの間暮らしていたが、今から四百年以上前の大陸暦三四四七年、ある部族に一人の男が現れたことでシュトラの歴史が大きく変わった。
「そのお方の名はジギス、のちにシュトラの建国王と呼ばれる御仁です」
アークスは誇らしげにジギスの名を挙げた。
シュトラ王国の者ならば、誰もが知っている英雄なのだろう。
カリンも当然知っている素振りをしてうなずいた。
アークスは話を続ける。
弱冠二十歳という若さで部族長を継いだジギスは、個人としての強さと智略、そしてカリスマ性を兼ね備えていた。
ジギスは瞬く間に周辺の部族を平定してしまうと、部族長になってわずか三年後に、十数あった全ての部族をまとめ上げてしまった。
しかも、武力を用いるのは最小限にして、平和的に平定したのだ。その手腕から全ての部族から、ジギスは部族王になることを薦められた。当然ながら部族にとってシュトラの民の統一は悲願だったからだ。
部族王になったジギスは、次の目標として十数に分かれている部族を一つにする融和策を進めることにした。
しかし、ここで困った問題が起きた。
シュトラの各部族はゲンマーク山脈にバラバラに点在している。この状況では、一つにまとめ上げることは物理的に困難だったのだ。
そこで、ジギス王自らある提案をし、全ての部族一致でそれが採択された。
それは山脈の南に広がる大森林……後のシュトラ王国の国土に、全部族が移り住むという提案だった。
「えっ!? シュトラ王国の場所って、大昔も大森林だったの?」
「大昔も、ってどういうことでしょうか?」
「あ……、いやー、シュトラ王国って、今も各地に森が点在しているなと思って……」
慌ててごまかしたカリンをチラッと見つめたアークスだったが、それ以上は突っ込まなかった。
「まぁ、いいでしょう。話を進めます」
当時、大森林の地はどこの国の所有でもなく未開拓の地だった。つまり、大森林にシュトラの民が国を建てても、周辺国は文句を言わないはずだ。
そんなジギス王の提案を良い考えだと誰もが称賛したが、ただ一つだけ厄介な問題があった。
「それが大森林の魔女です」
「魔女!」
いきなりベッドから起き上がったカリンにアークスは驚く。
「どうされましたか?」
「あ、いえ、魔女って……本物の魔女?」
「はい、大森林に住んでいる本物の魔女です」
ここでアークスが魔女の定義を説明した。
魔法使いと魔女とは、魔法を使う点では同じだが、大きく異なる点もある。
魔法使いは魔法が系統化されており修行や勉強によってレベルを上げていくのだが、魔女には魔法の系統化がない。なぜなら、独自に魔力を鍛錬した者が開花して魔女になることが多いためで、魔法の種類にしても本人のみが扱える独自の魔法が多い。
大森林の魔女も独自の魔法を編み出しており、その中でも特にアンデッドを操る魔法に長けていた。
魔女は死霊使いだったのだ。
「ジギス王は大森林を譲ってくれるよう、魔女に頼みに数人の部下と共に大森林に出向きました。しかし、魔女は話し合いをするどころか、多くのアンデッドを呼び出してジギス王たちを襲わせたのです」
命からがら大森林から逃げ出したジギス王は烈火の如く怒った。そして、すぐに魔女の討伐隊を編成し、大森林に攻撃を仕掛けた。
そもそも大森林は魔女が住んでいるだけで彼女の所有地ではない。それでもジギス王は礼を尽くそうとした。魔女の住んでいる周辺はそのまま残して、魔女の土地を奪わないように提案するつもりだった。
しかし、その提案を受け入れられないどころか、突然攻撃を受けたのだ。
「どうして、魔女は突然襲い掛かったの?」
「理由は分かりませんが、一般的に魔女は変わり者が多いといいますので」
他者と関わることを嫌い、ひとりで魔力を独学で鍛錬しているということは、やはり変わり者が多いのかもしれない。
シュトラの軍隊、およそ五千の兵が大森林に進軍した。
五千の兵は規模としては魔女を討伐するのに充分な人数であったが、大森林の広さと比較すれば微々たるものだ。
地の利がある魔女は、アンデッドたちをゲリラ戦法で襲わせることを繰り返した。
そのためシュトラ軍は日に日に戦力が削られていった。
「そんな戦いが、一年ほど続いたようです」
「一年も!? よくシュトラ軍は壊滅しなかったわね」
疲れを知らないアンデッドとの戦いであったが、シュトラ軍はよく踏ん張っていた。それに戦う回数が増えるにつれ、アンデッドとの戦い方も分かってきていたのだ。
そして一年後、ついにシュトラ軍は攻勢に出た。
軍を百人単位に分けて、連続して戦う戦法に変えたのだ。百人がアンデッドと戦い疲れてきたら、次の百人が戦い始める。それを繰り返すことによって、昼夜休むことなくアンデッドとの戦いを続けることができたのだ。
そして、ジギス王の狙いはまさにそこだった。
「多くのアンデッドを操るには、多くの魔力を使います。昼夜戦い続けることにより、魔女の魔力が徐々に減ってきたのです」
ついには魔女の魔力が無くなりかけ、アンデッドの動きも緩慢になった。
そこでジギス王は一気に馬を走らせ、後方でアンデッドを操っていた魔女のもとまで駆け寄ると、魔女が抵抗する間も無く、その首をはねた。
魔女は死んでアンデッド軍も地面に倒れて動かなくなる。
長かった戦いが、ついにシュトラ軍の勝利で終わったのだ。
シュトラ軍は歓喜に沸いた。兵士たちは互いに喜び合う。
しかし、その中でジギス王だけは表情が曇ったままだった。
なぜなら、魔女の生首がまるで生きているかのように、ずっとジギス王を睨みながら呪詛を唱えていたからだ。
「ひぇー!!」
カリンは思わず、まくらに抱きついた。そんな光景は恐怖以外何物でもない。
その後、魔女を燃やそうとして火をつけたところ、身体はすぐに燃えて灰になったが、どういうわけか生首だけは如何なる方法でも燃えなかったらしい。
そこでジギス王は生首を燃やすことを諦め、壺に入れて封印をすることにした。
大森林の魔女は死んだ。もう邪魔する者はいない。そこでシュトラの全部族は大森林に移動した。
そして、ジギス王はシュトラ王国の建国を宣言し、自らもシュトラの部族王からシュトラ国王に就いたのだ。
「それからシュトラ王国の歴史が始まったのです」
魔女の壺は永劫に封印が解けないよう、ジギス国王は魔女の壺を封印した地下室の上に王城を建て、誰の目にも触れさせないようにした。
さらに、シュトラ王国はジギス国王の指示の下、大森林を切り倒して領土を拡大していき、大森林だった土地は全てシュトラ王国の国土となった。
その後の国王たちもジギス国王の意思を継ぎ、民族の融和と協調に努めたので、シュトラ王国はますます繁栄していった。
そして、いつしか大森林にいた魔女のことなど、誰も知らなくなってしまったのだ。
「魔女の壺のことについては、現在は王家の方と上級神官以上の者しか知りません」
「それって、私も知っているということ?」
カリンの質問にアークスはため息をついた。
「とても大切なことなので、勉強を始めた初日にお伝えしたと思うのですが」
「ごめんなさい、覚えていなくて」
「記憶障害がまだ残っているのなら仕方がありません。そのうち思い出すでしょう。それにしてもガイム殿は全く……」
ここにいない者へ視線を向けると、今度は大きくため息をつく。
「ガイムがどうしたの?」
「ガイム殿がしっかりとエミリア姫を見ていれば、今回のことは起こらなかったと思いまして」
今回のことというのは当然、エミリアが倒れて記憶障害を起こしたことだ。
「ガイムは何も悪くないの! 私が勝手に倒れたのだから」
カリンは必死にガイムを庇った。
実際にガイムは何も悪くはない。だからガイムを悪く言うのは筋違いなのだが、まさかエミリナ姫の中身が変わってしまったなどと言えるはずもない。
「やはり、エミリナ姫はガイム殿を庇うのですね」
「だって、本当にガイムは悪くないから」
「エミリナ姫がそこまで言うのでしたら……分かりました」
アークスは苦笑した。その表情が初めて歳相応の少年の顔に見えた。
「さて、まだお疲れのご様子ですし、今日はこのくらいで終わりにしましょう」
アークスは椅子から立ち上がり、上半身を起こしているカリンに頭を下げると、立ち去ろうとした。
「待って!」
「まだ何か?」
「連れて行って欲しい場所があるの」
「場所ですか?」
アークスが怪訝そうな顔をする。
「それなら、侍女に頼めば良いでしょう」
「侍女では行けない場所なの。上級神官であるアークスじゃなければ」
アークスの怪訝そうな表情が、驚きの表情に変わっていた。今までの話の流れで、カリンが連れて行って欲しい場所が分かったからだ。
「まさか……」
「うん、魔女の壺がある場所まで連れて行って」
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
カリンが百年前のシュトラ王国に迷い(?)混んでしまっています。
カリンはシュトラ王国で、これからどうなっていくのか、楽しみにして頂ければ嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!




