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第五十五話 冷血人間(カリンの時間旅3)

「大丈夫か? エミリナ!」


 突然、部屋に男が飛び込んできた。

 それと同時に三人の侍女は膝を折って頭を下げる。

 その立ち振る舞いや服装からして、この男が何者かは一目瞭然だった。エミリナ姫の父、シュトラ王国のロイス国王だ。

 どうやら娘を心配して部屋を訪ねたらしい。



「父上、わざわざお越しくださってありがとうございます。多少記憶障害があるようですが、怪我もなくいたって元気です」


 言葉使いはこんな感じで大丈夫かしら? と不安になったカリンだったが、どうやら問題なかったようで、国王の顔に安堵が広がる。


「そうか、元気なら良かった! ガイムから聞いた時はビックリしたぞ」


 国王はカリンの手を握る。その手は温かく、顔も温和そうな優しい表情をしている。


「父上、倒れたのは私の不注意です。どうか、ガイムにはお叱りがないよう……」


「分かっている。ガイムには今までどおり、エミリナの稽古をしてもらうつもりだ」


「ありがとうございます!」


 きっと国民にも良い国王なのだろう、カリンは自然とそれが分かった。

 しかし、ロイス国王は十年後には亡くなってしまうのだ。


「父上は十年後に亡くなります」と口に出したい衝動が走る。

 しかし、カリンはロイス国王が亡くなったという事実しか知らず、原因は知らない。それにそんなことを言っても誰も信じてはくれないし、それどころか不謹慎だと怒られるはずだ。



「どうした、まだ頭が混乱しているのか?」


 国王が心配そうに覗き込む。


「い、いえ、大丈夫です!」


 努めて明るく笑ったカリンに、国王は優しく微笑むと背を向けた。


「今日はゆっくりと休むが良い。昼食はここで食べられるように準備を」


 後半の言葉は、侍女たちに向けたものだった。

 侍女たちは了解の意として頭を下げる。それを確認すると、国王は部屋から出て行った。


 それから侍女たちは慌ただしかった。ひとりがエミリナ姫の看病の付き添いとして残ると、他の二人は隣部屋に昼食の準備をした。

 料理人たちも何人かが交互に来て、国王が部屋から出て行ってからしばらくすると、立派な昼食が用意された。


「わぁ、美味しそう!」


 隣の部屋から匂いに釣られて現れたカリンは食卓の椅子に座る。

 目の前には美味しそうな料理が広がっていた。色とりどりのサラダ、白く透明なスープ、ローストされた鶏肉、川魚のパイ包、それにパンと数種類の果物。


「いただきます!」


 カリンは口いっぱいに頬張りながら、食事を堪能した。それを給仕しながら見ていた侍女が驚く。


「今日の姫さまはいつもより食欲旺盛ですね」


「あれ? そ、そうなの!?」


 やばい、ばれると慌てたカリンだったが、彼女たちは笑顔だった。


「そのくらい美味しそうに食べてくれる方が嬉しいです」


 好意的に笑ってくれている侍女たちに感謝して、カリンは食べ尽くした。


「ごちそうさまでした!」


 食事に大満足したカリンは寝室に戻ると、昼寝をすることにした。


(こんな日が毎日続けばいいのにー)




 お腹いっぱいでの午後の陽だまりの中、カリンは睡魔に逆らうことなく目を閉じる。


 トントントン。


 寝室の扉を叩く音で目が覚めたカリンは時計を見る。

 ベッドに入って、まだ五分しか経っていない。

 ちょうど眠りに落ちるところだったのに邪魔されたカリンは、少し不機嫌そうにドアの向こうに声を掛けた。


「どうぞ」


「失礼します」


 部屋に入ってきたのは、エミリナ姫よりも少し歳上の少年だった。

 顔には面影がある。アークスだ。


「あなた、アークスよね?」


「はい」


 怪訝そうに答えた少年は、エミリナ姫の顔をまじまじと見つめる。


「記憶障害が起こしたというのは本当だったのですね」


「そうなのよ。覚えていないことも多くて大変なの」


 だからアークスに教わった勉強も忘れたと、布石を打とうとしたカリンだったが、見事に先制されてしまった。


「大丈夫です。勉強はまた一から行いますので」


「……」


「そもそもエミリナ姫は勉強がお嫌いでした。これで少しは物覚えが良くなってくれると助かります」


 ズケズケと容赦ないことを平気で言い放つ。

 アークスが死んだ時、涙を流したカリンだったが、今になって少しだけ後悔していた。

 やはりアークスは冷血人間だったと分かったが、分かったところで嬉しくと何ともない。



「それでは、今から勉強を行いましょう」


 アークスが非情な宣言をしてきた。


「あ、いや、今日ぐらいはおとなしく休んだ方がいいと思うわよ」


「いいえ。忘れてしまったのなら、尚更早く始めなければなりません」


 カリンは反論するが、一向に受け付けない。

 実際のアークスは冷徹な感じだったが、子供の頃からその片鱗はあったのだ。いや、片鱗どころか既に出来上がっている。

 カリンは諦めることにした。


「……分かりました」


「よろしい。それでは早速始めましょう」


 アークスが本を開こうとするが、それをカリンは止めた。


「待って、アークス。まだ少し頭がボォーとしているの。だから今日はお話を聞かせて」


「お話……といいますと?」


「例えば……そう! シュトラ王国の歴史を聞かせて」


 カリンは自分なりに良いアイデアだと思った。シュトラの歴史を聞けば、何か分かるかもしれない。

 咄嗟の機転だったので上手くいくかどうか分からなかったが、どうやら天秤はカリンに傾いたようだ。


「そうですね、シュトラ王国の歴史を学ぶことは、王族としてとても重要なことです。分かりました、今日はシュトラの建国についてお話をしましょう」


 アークスはベッドの横の椅子に座り、シュトラの建国史を話し始めた。


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