第五十三話 不思議の国のカリン(カリンの時間旅1)
「それじゃ、約束を果たしに行こうか」
シャスターが崩れた王城に向かって歩く。その後ろには星華もいる。
「うん」
二人と一緒に歩き出そうとしたカリンだったが、急に視界がぼやけてきた。
「なんな……」
さらに、今度は意識が遠のいていく。
まるで睡魔に襲われるような感覚に、カリンは抵抗しようとするが、徐々に意識は無くなっていく。
「カリン……さ……ん」
その時、誰かの声が聞こえてきた。
シャスター?
星華さん?
違う……。
一体誰?
次の瞬間、カリンは意識を失った。
「大丈夫ですか?」
自分を気遣う声で、カリンは意識を戻した。
(ああ、そうか……私は意識を失っていたんだ)
しかし、そんな長い時間が経過したわけではないはずだ。はやく起き上がらなくては。
カリンは目を開いた。
「うわぁ!」
次の瞬間、カリンは驚いた。
仰向けに倒れているらしく、視界いっぱいに青い空が広がっているのだが、そこに見慣れぬ男の顔が急に現れたのだ。
「驚かせてすいません」
男はカリンに謝る。
カリンの心臓はバクバクしているが、今は男に文句を言っている場合ではない。状況確認の方が優先だ。
「あなたは誰? シャスター、星華さんは?」
上体を起こして辺りを見回すが、この男以外誰もいない。
男が心配そうにカリンを見つめている。
「私のことが分かりませんか? それにシャスターと星華とは誰ですか?」
「どうなっているの……」
「ふむ、少し脳震盪を起こしているのかもしれぬ」
男はカリンを優しく抱き抱えるとゆっくりと歩き出した。
カリンは抵抗しなかった。カリンを軽く抱えるほどの男に抵抗しても無駄だと思ったからだ。それにこの男からは悪い感じはしない。
それよりもカリンはこの状況を把握することに努めた。
シャスターと星華とは離ればなれになってしまったらしい。
そして、どうやらカリンだけが別の場所に移動したようだ。なぜなら、ここが見たことがない場所だからだ。
カリンが今いる場所は、大きな建物に囲まれている中庭のようだった。ただ、中庭といってもかなり広く、男はまだ中庭から建物に向かって歩いている。
「もう少しです」
建物の外廊下を渡り、部屋の一室に入ると、男はカリンを大きなベッドに寝かせた。
すると、いつの間にか現れた三人の女性たちが、カリンの頭に手を当てて熱を計ったり脈を確認したりする。
「身体に異常はありません。しばらくの間、この休憩室で休めば回復されるでしょう」
「それは良かった。私はロイス国王に状況を伝えてきます。あとはお任せします」
男は安堵したようだった。
しかし、なぜ国王に伝える必要があるのか。
そもそも、ロイス国王とは一体だれなのか。
カリンは疑問を声に出そうとしたが、それより先に女性たちが男に頭を下げた。
「了解しました、ガイム様」
ガイム……様……!?
「ええっー! あなた、ガイムさん!?」
驚き飛び起きたカリンを見て、全員が唖然とする。
「落ち着いてください。今は安静にしてお休みください」
女性がカリンを寝かそうとするが、カリンはそれどころではない。
「ガイムさんは消滅したはず……」
カリンは男をまじまじと見た。
よく見ると、確かにガイムに似ている。しかし、ガイムよりももっと年齢が若くまだ十代であろう。
名前が同じだけで別人だろうとカリンが結論付けたが、カリンの驚きの本番はこれからだった。
「何をおっしゃいます。このガイム、まだ死ぬわけにはいきませんぞ」
ガイムに似た男は豪快に笑った。
「姫さまはまだ少し脳震盪の影響があるようですな」
「姫さま……って誰のこと?」
これにはガイムをはじめ女性たちも困惑しているようだった。
「姫はあなた様のことでございます」
「ちょっと待って、私はカリンよ! 姫さまなんて偉い身分じゃないから」
さらにガイムたちは困り果てたが、本当に困り果てているのは自分の方だ。カリンは起き上がるとガイムを見上げた。
「ここは何処なの? 私はなぜここにいるの? 分かるように説明してくれませんか?」
助けてもらったことには感謝するが、こんなところで休んでいる暇はない。はやくシャスターたちと合流して、エミリナ女王を助け出さなくてはならないのだ。
「姫さま、失礼します」
不意に女性がカリンの瞳に目を近づけると、両目を交互に確認する。
「瞳孔に異常はありませんが、もしかすると記憶障害を起こしているのかもしれません」
心配そうな女性の推測を聞くと、ガイムは近くにあった手鏡を取りカリンに渡した。
「姫さま、ご自身のお顔をご覧ください」
訳の分からないこと言うガイムを無視して、さっさと部屋から飛び出そうとしたカリンだったが、助けてもらったこともあるので邪険にはできない。
とりあえず、手鏡を見た。
「……何よ、これ!?」
鏡には見たことない少女が映っている。
いや、少女というより幼女と言うべきか。
いずれにしろ、カリンの知らない女の子が映っているのだ。
次の瞬間、迂闊にもカリンはこの時、初めて気が付いた。自分の両手と両足が短いこと、視線がいつもよりずっと低いこと、そして声が違うこと……。
「私は……私は、どうなっちゃったの……?」
驚きのあまりカリンの声は震えていた。
それを見たガイムがカリンを安心させようとして優しく声をかけた。
「何も心配ありません。ただ記憶が混乱しているだけで、じきに戻るでしょう。それまでゆっくりお休みください、エミリナ姫」
衝撃の一撃を放ち、ガイムは国王の元へ去って行った。




