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第五十二話 アークスからの贈り物

 カリンは呆然としてアークスの決意を聞いていた。


「ちょっと待って。あの女王は偽者でしょ? 本当のエミリナ女王はどこかに幽閉されているのでは……」


「幽閉といえば、幽閉と言えるな。場所はエミリナ女王の心の奥だから」


「心の奥……って、どういうこと?」


 カリンはアークスの言葉の意味が分からない。


「つまり、エミリナ女王の身体は偽者に乗っ取られた。その偽者のせいで、本物のエミリナ女王の魂は心の奥底に閉じ込められてしまっている。そんなところかな、アークス?」


 ある程度、事態を把握していたシャスターが確認する。


「その通りです」


「でも、私たちは昨夜、エミリナ女王に会ったのよ」


「シュトラ王国の王族は代々、月の加護を受け継いでいる。昨夜、エミリナ女王にお会い出来たのも、満月で月の力が大きかったからだろう」


 満月の力が偽者の力を一時でも凌駕したからこそ、本物のエミリナ女王と話せたのだとアークスは説明をする。

 それを聞いて、改めてカリンに怒りがこみ上げる。


「その偽者はいったい何者なの? エミリナ女王を乗っ取り、シュトラ王国を滅ぼして、さらに人々を全てアンデッドにするなんて、絶対に許せない!」


「俺も偽者の正体が知りたいな。おそらくは、エミリナ女王自身ではなく、シュトラ王族に恨みを持つ者のように思えるけど」


 シャスターの推測は正しかった。

 アークスは大きくうなずく。



「今から約五百年前、シュトラ王国が建国した時、当時の国王によって封印された魔女ディネス、それが女王の正体で……」


 アークスの話の途中で、それは突然に起きた。


 アークスが「ディネス」の言葉を発したのと同時に、アークスの身体が急激に変化し始めたのだ。

 髪の色が黒から灰色に変わり始め、肌も見る見るうちに潤いを失っていく。まるで加齢による肉体の老化を早送りで見ているような感じだ。


 突然の変化にカリンは驚いているが、当のアークスは至って冷静だった。



「なるほど。魔女ディネスは私の身体にも呪いをかけていたのか。おそらく私が誰かに『ディネス』と話すと、発動する呪いの類のようだが」


 まるで他人事のようにアークスがつぶやく。


「やはり、アークスはアンデッドではなく生者だったのか?」


「はい」


 彼の身体はアンデッドではない。エミリナ女王とアークスだけは生身の身体だった。

 それが百年もの間、歳を取ることなく若いままでいられたのには理由があった。


「それは、シュトラ王国の人々をアンデッドにしたことと、関係があるということ?」


 そもそも、全ての国民が死んだ後に、わざわざアンデッドにする必要はない。エミリナ女王……いや、魔女ディネスにとってシュトラ王国などどうなってもかまわないからだ。

 それなのに、なぜ全ての国民をアンデッドにしたのか。それはアンデッドにすることによって利用価値があるからだ。

 そして、その利用価値はおそらく……。



「私の身体はシュトラ王国の民の魂で生き長らえています。毎年何百もの魂を摂ることによって生きてこられたのです。エミリナ女王……魔女ディネスも同様です」


「シュトラ王国全ての人々をアンデッドにしたのは、自分が生きていくのに必要な魂をストックするためということか」


 二人の会話を聞いて、カリンに衝撃が走った。

 自分たちが生きるために国民の命を奪うなんて、許されるはずがないからだ。


 そんなカリンの表情の変化に気付いたアークスが申し訳なさそうに頭を下げた。


「いくら魔女ディネスに強制的に命じられたとはいえ、自国民の魂を摂るなど許されることではありません。それでも、私は生き長らえることを選択しました。周辺の国々に被害が及ばぬように」



 アークスが魔力の木を抑えなければ、死者の森は拡大して周辺国をも飲み込んでしまう。そうなれば、アンデッドたちは周辺国を襲い始めるだろう。

 アークスとしては、それだけは何としても阻止しなければならなかった。


 自国の民の魂を使ってでも、他国に被害を出さない。

 それがシュトラ王国神官長としての義務だと決意し、それから百年もの間生きてきたのだ。



 すでにアークスの身体は老体になり、痩せ細ってきている。急速に老化が進行しているのだ。



「アークス、あなたはバカよ」


 カリンが沈痛な面持ちでアークスを見つめた。


「なぜガイムさんに真実を話さなかったの? ガイムさんとあなたが手を組めば、もっと他の方法があったかもしれないのに」


「その通りかもしれないな」


 アークスは自嘲するように小さく笑った。


「しかし、私にはその器量がなかった。結局、私の身勝手さがこの事態を招いたのだ」



 アークスはもう立っていることさえ出来なくなっていた。地面に横になると、カリンに微笑みかけた。


「少女よ……カリンだったか。手を出してもらっていいかな?」


 カリンはアークスの言葉に素直に従った。

 ゆっくり右手を出すと、アークスがその手を掴む。その瞬間、カリンの身体に電流のようなビリっとした大きな力が流れ込む。


「な、なに!?」


 驚いているカリンにもう一度アークスは笑いかけた。


「私の信力そのもの……信力の核を注ぎ込んだ。これで、キミの信力レベルが多少は上がるだろう。私にはもう必要ないものだが、これからのキミには役に立つはずだ」


「……ありがとう」


 カリンはそれ以上、なんて言って良いのか分からないでいた。少し前までは、倒すべき憎き敵だと思っていた者から信力を譲り受けるなんて、気持ちの揺れが収まらない。


 そんなカリンを察してか、アークスが言葉を繋げた。


「お礼を言うのは私の方だ。不甲斐ない私は百年経っても女王……魔女ディネスを殺すことができずにいた。図々しいのは承知の上でお願いします。どうかエミリナ女王をお救いください」


 話の後半では、アークスはシャスターの方を向いていた。その瞳は命を賭した男の真剣そのものだった。


「最初からそのつもりだよ。ガイムとの約束だからね。だから、ついでにアークスの約束も果たしてあげるよ」


「ありがとうございます」


 安堵して微笑んだアークスは、シャスターに小さな短剣を手渡した。


「これは、私が作ったマジックアイテムです。古い文献から、身体から魂を引き剥がす方法を調べて作りました。これを女王の胸に刺すと短剣が消え去り、それとともに魔女の魂も消え去るはずです」


 シャスターは短剣を受け取る。


「魂を引き離すことは、魂を取り込む魂眠(こんみん)とは逆のことです。もしかして、この短剣が載っていた文献の出典所を訪ねてみれば、魂眠(こんみん)について何か分かるかもしれません」


「それはどこなの?」


「エースライン帝国です」


「エースライン帝国って、あの七大雄国(セフティマ・グラン)の?」


 カリンが驚く。

 町娘だったカリンでも知っている……広大なアスト大陸で百数十ある国の頂点に位置する七つの大国、そのうちの一角がエースライン帝国だ。



「ありがとう、アークス」


「お役に立てたのなら良かったです」


 少しだけ微笑んだアークスの表情は明らかに辛そうだった。カリンに信力の核そのものを渡した為、さらに衰弱が激しいのだろう。

 しかし、アークスはそんな自分自身を激しく責め立てているように見える。


「本来であれば、短剣を刺す役目は私です。でも私にはその勇気がなかった。魔女が死ねば、エミリナ女王も消え去るからです」


「そんな……」


 カリンが悲痛の声を上げるが、シャスターにはアークスの言わんとすることが分かった。


「魔女の依代でなくなれば、エミリナ女王の身体は急速に老化してしまう。今のアークスのように」


「はい、全ては私の弱い心が招いたことです。ガイムにも辛い思いをさせてしまった……」


 アークスの目から涙が零れた。



「安心していいよ、剣は必ず女王の胸に刺す。これと一緒にね」


 シャスターが見せたのはガイムから受け取ったペンダントだった。アークスの目が一緒だけ大きく開く。


「それは! そういうことでしたか……」


 アークスは安堵するかのように微笑んだ。

 すでにアークスの命が消える時が来ていた。


「これで心置きなく……」


 アークスの言葉が止まり目も静かに閉じた。


 彼の百年もの長きにわたる生涯が終わった。




 カリンの頬を自然と涙が溢れる。

 彼もまたガイムと同じくエミリナ女王を助けようとしていたのだ。

 方法は違えども、エミリナ女王を思う気持ちは変わりなかったのだ。そして、人々を守るために百年間も孤軍奮闘していたのだ。


 シャスターがアークスの遺体に大きな布をかける。


 しばらくすると布の厚みがなくなり、その後強い風が吹くと、布とともに塵が空に舞い上がって消えていった。






皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!


今回、ついにアークスが退場となりました。

カリンの言う通り、彼の方法は間違っていたかもしれませんが、彼なりに自分の意志を貫いていたのかもしれません。


さて、第二章も終わりに向けて進みます。


これからもよろしくお願いします!

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