第五十一話 アークスの覚悟
女王の心が入れ替わっているのか、憑依されているのかは分からないが、エミリナ女王の中身が別人であることは明白だ。
であれば、今の女王は誰なのか。
シャスターが一番知りたいところだった。
しかし、アークスが申しわけなさそうに頭を横に振った。
「シャスター様、重ねてもう一度お願い致します。これ以上詮索せずに、この森から出て行ってください。今後も私たちが周辺国に危害を加えることはありません。ですから、私たちを静かにさせて貰えないでしょうか」
アークスは両手を地面につけて深々と頭を下げる。
その時だった。
「シャスター様、ただ今戻りました」
どこからともなく女性の声が聞こえた。
アークスが周りを見渡すと、突然目の前に黒い影が現れた。
アークスが驚く間もなく、黒い影は少女を抱き抱えている女性へと変わった。
「お帰り星華、早かったね!」
星華は「死者の森」が急速に拡大した原因である魔力の木を全て切り倒す為に、今朝早くから動いていたのだ。
忍者は追跡が得意だ。ある程度の範囲であれば、魔力の痕跡から魔力の場所を追跡することができる。
それが、星華ほどの忍者になると、さらに魔力の探知能力は飛び抜けて高くなる。神経を研ぎ澄ませることによって、死者の森の広大な範囲でも、残りの魔力の木がどの辺りに生えているのか、把握することができるのだ。
そして、場所が分かっていれば、見つけるのは簡単だ。昨夜カリンが「大変だから手伝う」と申し出てくれたが、星華にとってはそれほど大変なことではなかったのだ。
それでも半日で戻って来るとは、シャスターでも「早い」と驚くほどだった。
「あれ、カリンも一緒?」
「私が外にいるところを星華さんが見つけてくれたの。それで一緒に来たわけ」
星華に抱き抱えられてカリンは恥ずかしかったが、これ以上安全な場所もないことは事実だった。星華はゆっくりとカリンを地面に降ろす。
「魔力の木は五本植えてありました。全て破壊してきました」
昨夜、星華が持ってきた枝が、森の一番外側の外苑に生えている魔力の木だったようだ。
残りの魔力の木は、森の外苑に生えていた魔力の木から王都までの直線上に生えていた為、移動時間が大幅に短縮でき、シャスターたちと早く合流できたのだ。
「これが残骸です」
星華の手から落ちた枝を見て、アークスは絶句した。
「こ、これは! 何でこんなことに……」
「アークス、あなたのやっていたことが何となく分かったわ」
シャスターが答えるより早く、カリンがアークスの前に立つ。カリンのアークスを見つめる瞳はどこか悲しげだった。
「もしかして、あなたの瞑想って、この森がこれ以上広がらないように防いでいたんじゃない?」
驚いたのはアークスよりもシャスターだった。
ほぉ、と小さく声を上げるシャスターを横目でチラッと見ただけで、カリンは推理を続ける。
「星華さんが破壊してくれた魔力の木、最初この木を作ったのはあなただと思っていたわ。しかし、この木の枝からはさっきの偽物の女王の禍々しさが感じられるの」
カリンは魔力の木の残骸である枝を拾った。
「魔力の木を植えて森を拡大し、周辺国まで侵略しようとしている偽物の女王に対して、あなたは瞑想で信力を使って森の拡大を防いでいた。瞑想を続けないと大変なことになってしまう、レーシング王国のためだと言った意味は、そういうことだったのでしょ?」
「……安心しました」
「ん、なにが!?」
アークスは立ち上がると、シャスターと星華そしてカリンに頭を下げた。
「みなさんが魔力の木と呼んでいる物、それは確かに女王が作った物です。破壊してくれたおかげで、私は何の憂いもなく死ぬことができます」
「ちょっと待って! 何でそうなるの!?」
慌てたカリンに、アークスは優しい表情で見つめる。
「キミの推理どおりだからだ。私は今まで森の拡大を防ぐためにこの百年間生きてきた。この森がレーシング王国などに広がったら大変なことになるから、魔力の木の拡大を防ぐために瞑想を続けてきた。シャスター様も気付いていたようですが」
苦笑いしたアークスと、驚いた表情のカリンの視線を受けて、シャスターは軽くため息を吐いた。
百年もの間、アークスの神官レベルがあまり上がらなかったのは、ずっと瞑想をして森の拡大を防いでいたせいだと分かっていたからだ。
「大人しく森から出て行って欲しいと俺たちに何度も懇願したのは、今後もあんたが瞑想さえ続けていけば森の拡大を防げるからだ」
「そのとおりです。ですが、もうその必要がなくなりました。これで私もようやく死ぬことができます」
「女王はどうするの?」
シャスターの問いかけにアークスは少しだけ寂しそうな表情をした。
「私は女王の忠実なる臣下です。今までも、これから先もずっと。だからこそ……」
アークスは一旦言葉を止めて、女王がいる崩壊した王城に目を向け覚悟の言葉を放った。
「だからこそ……私が女王を殺します」




