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第五十話 実力の差

 シャスターは平然としたまま、ボーンドラゴンを見上げた。


「まあまあ、かな」


「!?」


「ドラゴンの氷雪の息(ブリザード・ブレス)を経験したことなかったからさ。どんなものかと思って」


「まさか、あなたはワザと……」


「まぁ、ドラゴンと言っても最下級のボーンドラゴンだし。レベル三十のドラゴンじゃ、この程度か」


 身体に着いている氷を払いのけて、シャスターは大きく背伸びをした。

 死ぬどころか、全くダメージを受けていないのだ。



 この時、アークスはやっと気が付いた。

 そもそも、炎を無効化できるローブを着ようが着まいが関係なく、この少年にとってはレベル三十という驚異的な強さを誇るボーンドラゴンの攻撃であっても大したことないのだ。


 アークスはシャスターを過小評価していた。いや、過小評価していた訳ではない。この少年の魔法使い(ウィザード)としてのレベルは、アークスの想像をはるかに超えるレベルだったということだ。



 アークスは肩を落とした。勝負は決したのだ。

 ボーンドラゴンの最大のスキルが効かないのであれば、アークスに勝ち目はなかった。


「それじゃ、今度はこっちの番だ」


 シャスターはドラゴンの前脚に向かって飛び乗ると、まるで軽業師のように跳躍を繰り返して、あっという間にドラゴンの首の上に立った。

 目の前にはアークスがいる。


火炎針(ファイア・ニードル)


 シャスターの右手人差し指から出た眩い炎の針が、ボーンドラゴンの首元に突き刺さる。

 その直後、赤い両眼が輝きを失い、骨での原形を維持できなくなったボーンドラゴンが崩れ落ちた。

 バラバラになった骨とともにシャスターとアークスも落下するが、二人とも無事に着地する。



「……首元を狙うとは、よくボーンドラゴンの弱点が分かりましたね」


「首元の骨の下に小さな鈍い光の球が見えたのでね。(コア)だと思っただけさ」


 とはいえ、常人なら巨大な上に素早く動くボーンドラゴンの(コア)を見つけることなど不可能だ。

 しかし、そもそもシャスターならば、(コア)など狙わずとも、炎の魔法だけで倒せたのではないか。それがボーンドラゴンだとしても。


 それでは、わざわざコアを狙って倒したのは……まさか。


「魔法だと、あんたまでも燃やしちゃうからさ」


 まるで、アークスの心の中を読んだかのようにシャスターは答えた。


「ボーンドラゴンをこれほど簡単に倒してしまうとは……」


「まぁ、この程度ならね」


 謙遜しているシャスターにアークスは笑うしかなかった。

 ボーンドラゴンを「この程度」と、嫌味ではなく本心で言い切ってしまう者など、今まで聞いたことがなかったからだ。


「やはり四十台の勇者級の魔法を使ったというのは本当でしたか」


 王都の住民だった十万ものアンデッドを一瞬で滅ぼした魔法。彼の部下たちは驚愕していたが、アークスもまた驚いていた。

 凄まじい破壊力の、見たことも聞いたこともない魔法。ビイトが勇者級の魔法と推測していたが、それは正しい認識だろう。



 目の前にいるこの少年は、レベル四十台の常識外の魔法を使えるのだ。

 アークスが到底敵うはずがなかった。


「あなたの才能が羨ましいです。私などは百年頑張っても、やっと神官レベルが三十半ばです」


「それだけあれば、一国の神官長として十分だと思うけど」


「あなたに言われると嫌味に聞こえますよ。それに七大雄国(セフティマ・グラン)の中には、私程度の神官などいくらでもいると聞きます」


 アークスは自嘲気味に笑った。


「この百年はまともに神官の修行ができなかったのだから、仕方がないと思うけど?」


「……」


 アークスは答えない。答えられなかった。シャスターは話を変える。


「ところでさ、ボーンドラゴンを生み出したのは誰?」


「誰といいますと?」


「いくら知識を持っている神官でも、レベル三十台の神官ではボーンドラゴンは魔法で造れない」


「ガイムから聞いたはずです。私はアンデッドになる薬を開発したのです。それならば、魔法のレベルは関係ないですから」


「それじゃ、王都にいたスケルトンとゾンビには、どうやって俺たちを殺すように指示を出した?」


 確かにガイムは薬と言っていた。しかし、薬だと矛盾が生じることにシャスターは気付いていた。


「魔法なら術者の命令どおりにアンデッドを動かすことは出来るけど、薬だと誰かの命令に従わせるような、そんな高度な薬の処方は出来ないと思うけど?」


 王都のアンデッドは明らかにシャスターとカリンを襲ってきていた。

 元々、下等種のスケルトンやゾンビは生者を見つけると襲ってくる習性がある。しかし、十万ものアンデッドがシャスターたちだけを狙って襲ってくることはあり得ないのだ。

 裏切り者の四人がアンデッドたちを動かしていたようだが、間違ってもゴーストが命令を出せるはずがない。

 つまり何者かが、裏切り者の四人のゴーストにアンデッドの指揮権を与えて自由に動かせるようにしておいたのだ。

 そして、それは薬ではないことを証明している。


「特にボーンドラゴンなんて、薬で造れるほど簡単なものじゃない。生と死の研究をしてきたあんたならよく分かるはずだ」


「……」


「俺が十万のアンデッドを一瞬で消し去ることができたのも、この森に住むアンデッドたちが普通のアンデッドと比べてかなり弱かったからだ。さすがにシュトラ王国の全ての民をアンデッドにすれば、術者の影響力は薄れてアンデッドの強さも半減してしまうからね」


「……」


「アンデッドを生み出したのは女王だよね?」


 改めて聞くまでもない、シャスターは最初から女王の仕業だと分かっていた。だが、あえて理詰めしていくことによって、アークスの口から直接聞こうとしたのだ。


「……はい」


 アークスも正直に頷いた。もう隠し通せないと分かっているからだ。



「女王は死霊使い(ネクロマンサー)?」


「おそらくは、そうだと思います」


 死霊使い(ネクロマンサー)とは、死者や霊を操ることに長けた魔法を使う者を意味する。

 当然ながら、レベルが高いほどより強い死者を呼び出したり、多くの死者を操ることができる。


 ただ、それにしてもボーンドラゴンを呼び出せるほどのレベルは並大抵ではない。

 それを一国の女王、それも百年前は二十歳そこそこの少女が、高レベルの死霊使い(ネクロマンサー)のはずがない。


 シャスターは自分のことは棚に上げてそう推論していた。

 彼の頭の中では、バラバラだったパズルのピースがほとんど完成されつつあったのだ。



 そして、シャスターは最後の質問をアークスにストレートに尋ねた。


「それで、女王は何者なの?」





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