第四十九話 火炎系の頂点
シャスターは旅人の服から、ローブの姿に変わっていた。
白を基調としたローブではあるが、随所に光り輝く金属が使われており、しなやかそうな生地には赤色と金色の刺繍や縁取りが幾重にも施されていた。
防御と動きやすさを兼ね備えた鎧のような不思議な形状のローブ。
さらに、胸の部分にあるイオ魔法学院の紋章である火炎が中央に描かれた五芒星のエンブレムが、一層ローブの神秘性を際立させていた。
そのローブは、この世のものとは思えないほど神々しい姿であり、見る者全てを「美しい」と感嘆させる。
イオ魔法学院の後継者だけが着ることを許されたローブだった。
「このローブはさ、火炎系の全攻撃を無効化してしまうんだ。残念だけど、ボーンドラゴンの炎は効かないよ」
「そ、そんな、非常識な防具が存在するはずが……」
ない、と言いかけて、アークスは口を閉じた。
相手は神話に出てくるような伝説上の魔法学院、その正当なる後継者だ。
聞いたこともないような特殊効果を備えている神話クラスの防具を持っていても不思議ではない。
「ここまでとは……さすがイオ魔法学院の後継者ですね」
アークスは驚きを禁じ得なかった。
目の前に火炎系頂点の魔法使いがいて、その実力をまざまざと見せつけているのだ。アークスとしては感服するしかない。
ただし、アークスは全く勝負を諦めてはいなかった。まだ勝算は自分の方が断然高いからだ。
「火炎系のダメージの無効化、素晴らしいローブです。しかし、裏を返せばそれ以外のダメージは受けるということ」
今度はボーンドラゴンの口から激しい吹雪が吹き出した。シェスターは間一髪で避ける。
「ドラゴン特有スキルの息は、炎だけではありません。氷雪の息、氷系の攻撃ではさすがのあなたのローブでも無効化は無理でしょう」
ボーンドラゴンは、シャスターに向けて止めることなく氷雪の息を吐き続ける。
シャスターは避けることで手一杯のようだが、その間にも氷雪の息で、周辺が凍りついていく。
短時間のうちに周辺一帯が氷の世界になっていた。
「いつまで避けていても、状況は悪化する一方ですよ」
アークスは余裕の笑みをした。
対照的にシャスターの表情には余裕がない。氷雪の息の連続攻撃のせいで、シャスターには反撃する余裕がなく防戦一方になってしまっているからだ。
そしてついに、シャスターの動きが止まった。避けた地面が凍りついていたせいで滑ってしまったのだ。
「これで終わりです」
氷雪の息が直撃する。
シャスターは両手で防ごうとするが、みるみる内に凍りついていく。
そして、ついには完全に凍りついてしまった。
しかし、先程の火炎の息と同様、凍りついた後もボーンドラゴンは氷雪の息を吐き続けていた。アークスが万全を期してだった。
シャスターの身体はさらに凍りつき、ついには巨大な氷の塊となった。
「もう、これで大丈夫でしょう」
巨大な氷の塊を見つめながら、アークスはため息をついた。彼としてはこのような結果は望んでいなかった。ただ、この森から大人しく出て行ってくれれば良かったのだ。
「あなたほどのお方がこのような場所で死ぬとは……」
そう言い残してアークスはその場から去ろうとしたが、ある異変に気付く。
「なんだ、この音は?」
ビシッ、ビシッという音が断続的に聞こえてくる。
しかも、音の間隔が徐々に短くなり大きく聞こえてくる。
アークスは嫌な予感がした。この音は、氷が割れる音だと分かったからだ。
アークスは足を止め、シャスターが凍りついている氷の塊の方を振り向いた。
「ま、まさか!」
氷の塊がひび割れを起こしているのだ。
しかも、それは急激に起こっていた。ドラゴンと同じ程の巨大な氷の塊の中を縦横無尽に亀裂が走っていく。
「う、うそだ……」
アークスはそれ以上言葉が続かなかった。目の前で何が起きているのか、明白だったからだ。
そして、それは突然起きた。
巨大な氷の塊が一気に砕け散ったのだ。
大小の氷の破片が、アークスにも突き刺さるように飛び散ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
それよりも目の前の状況だ。
そこには平然とした表情で少年が立っていたのだ。




