第四十五話 廊下の罠
カリンは王の間の扉の中を見て、意外な表情になった。
「あれ?」
扉の先にはまたしても長い廊下が続いていたからだ。
さらにその奥には扉が見える。
カリンはもう一度駆け出すと扉を開いた。
しかし、さらに長い廊下が続いている。
「どうなっているの、これ?」
その廊下も走って突き当たりの扉を開くが、その先も廊下だった。
「何なの? この城は……」
カリンは訳が分からなくなっていた。いくら扉を開いてもその先は廊下なのだ。
「なるほど、面白いトラップだ」
今まで黙ってカリンの後を追いかけていたシャスターが口を開いた。
「どういうことか、分かるの?」
「カラクリは簡単さ。廊下と扉に魔法のトラップが仕掛けてられていて、廊下の先の扉と廊下の入口の扉が繋がっている。だから、何度扉を開けても元に戻されてしまう」
「ということは……」
「無限ループの廊下から抜け出すことはできない」
「そんな……」
胸を張って答えたシャスターを見ながら、カリンはガックリと肩を落とす。
「私たち、ここから出られないの?」
カリンは尻もちをついた。
せっかく城の中にまで入ることができたのに、こんなところで人生が終わるなんて悲しすぎる。
それにしても憎らしいのはアークスだ。
城に招いておきながら、こんな酷いトラップを仕掛けておくとは……先ほどの驚くだけで無害だった武道会の映像が可愛く思えてくる。
「フローレ姉さん、助けることが出来ずにごめんなさい。私が先に死んじゃうことになりそう」
「おいおい、何を馬鹿なこと言っているの? こんなトラップいくらでも抜け出す方法はあるよ」
平然と言いのけるシャスターにカリンは唖然となる。
「えっ!? でも、さっき『無限ループの廊下から抜け出すことはできない』って言い切っていたじゃない?」
「抜け出すことはできない、と言ったけど、抜け出す方法はない、とは言わなかったよ」
「何よ、それ!」
カリンは悲観の表情から一転して笑った。安堵の笑いだった。
それにしてもこの少年は、ほんと毎回毎回、意地悪いことをしてくる。天然なのか本性なのか、おそらく両方なのだろうが、人を驚かすことに長けている。
「私を騙した罰として、さっさと抜け出して!」
「別に騙したつもりはないけど、まぁいいや。少し派手な方法で抜け出すよ」
シャスターは右手の掌に炎を宿した。
「トラップ系の魔法ってさ、解読式さえ分かれば解くのは簡単なんだ。ただ、神聖魔法のトラップを解くのは俺の範囲外だし、面倒そうなので、今回は力技で壊すことにする」
正直なところ、シャスター自身はあまり力技を使いたくなかった。なぜなら、魔法が強過ぎてトラップどころか、城自体もかなり破壊してしまうからだ。
しかし、あまり時間もかけていられないので仕方がない。
「神聖魔法っていうことはさ、私なら解くことができるの?」
「カリンがアークス位のレベルになったら解けると思うよ」
「やっぱり、今すぐじゃ無理か……」
同じ神聖魔法を使う自分ならば解けると思ったカリンだったが、そんな単純なものではなかった。
アークスとのレベル差があり過ぎるし、カリンはそもそもトラップ系の神聖魔法を知らない。知らなければ、解く方法も解らない。
「ん? 待てよ、少し手助けすれば……」
あることを思いついたシャスターは魔法を止めると、カリンの両肩を握る。
「カリン、トラップを解いてみようか?」
「えっ、どうしたの、急に! 私には無理なんじゃないの?」
「もしかしたら、出来るかもしれない」
「本当!?」
カリンは嬉しくなった。これで少しはシャスターの役に立つことができると思ったからだ。
「俺も神聖魔法についてはあまり詳しくないけど、きっと一連の流れは一緒だから」
カリンにとって意味不明なことを言うシャスターだったが、大人しく言う通りにする。
「それじゃ、この廊下の中に防御壁を壊れるかどうかのギリギリまで薄く張ってみて」
「うん、わかった」
カリンは防御壁を張るが、薄くとなるとかなり難しい。最大限に厚く張る場合はおもいっきり信力を上げればよかったが、ギリギリの薄さとなると信力の扱い方が格段に難しくなる。
「これ……、けっこうキツイよ」
なんとか薄いバリアを張ることができたが、カリンの額からは汗の玉が流れ落ちてくる。息づかいも荒くなってきた。
「それじゃ、次のステップにいこうか」
「えー! これで終わりじゃないの?」
「これだけでトラップが解けるはずがないでしょ」
シャスターの言うことはもっともだった。
ただ薄く防御壁を張っただけだ。トラップと何も関係ない。
「……次、お願いします」
「うん。次はそのままの状態でバリアを広範囲に広げてみて。この廊下を埋め尽くすまで」
シャスターの要求は無茶苦茶だった。
バリアは今まで自分たちを守る範囲でしか張ったことはない。せいぜい、二、三メートルであろう。
それをいきなり、この廊下を埋め尽くすほど広げろとは。
ギリギリの薄さでバリアを張っているだけでもかなり大変なのに。
「でも、やるしかないか!」
廊下の左右の幅は五メートル程だろうか、その程度なら何とかなるだろう。しかし、廊下の長さは三十メートルもあるのだ。
しかし、ここで弱音を吐いてはいられない。
カリンはまず、バリアを横に広げてみた。左右の壁にバリアが当たった感覚が伝わってくる。
次にそのまま前方に向かってゆっくりと広げ始めた。十メートルぐらいまでは問題なく出来たが、そこから先は精神面との戦いだった。
如実に信力が減っていくのが分かる。それでもカリンは歯を食いしばりながら、バリアを前方へと広げていった。
先ほどまでとは比べものにならないほど、汗が流れてくる。
信力の急激な低下で、立っているのもやっとだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
疲労の限界であったが、カリンは気力を奮い立たせてバリアを広げ続ける。
十五メートル……二十メートル……二十五メートル……。
そして、ついに廊下の先にある扉まで、バリアを広げることに成功した。
「やった……」
そのまま崩れ落ちそうになったカリンを抱えたシャスターは、カリンの意識が落ちていないことを確認する。
「それじゃ、最後のステップ」
「ま、まだ、あるの?」
まだ続きがあるとは、あまりにも過酷過ぎるが、ここでやめるわけにはいかない。カリンはシャスターを支えにして立ち上がる。
「最後は防御壁全体に神経を集中して」
「うん」
廊下一面に広がったバリアの感覚が、カリンにしっかりと伝わってくる。
「バリアが廊下に当たっている場所で、他とは違和感のある場所はない?」
そう言われて、カリンはゆっくりとバリアの感覚を隅々と確認していく。
すると、一箇所だけ違和感のある場所があった。
見逃してしまう程の小さな場所だが、そこからまるで風船が抜ける空気のように、カリンの信力がわずかではあるが、抜けているのが感じられた。
「見つけたわ!」
シャスターが薄いバリアを広範囲に張らせたのは、この違和感に気付かせるためだったのだと、カリンはようやく分かった。
「場所は正面の扉……扉中央に描かれている鹿の顔……その鹿のちょうど眉間の部分よ!」
「了解。火炎針」
シャスターの人差し指から、まるで針のような細長い炎が勢いよく放たれ、カリンが見つけた鹿の眉間に当たる。
炎はそのまま扉をすり抜けてその奥へと消えていくが、それと同時に廊下の空気が変わった。
「トラップが破れたよ」
「良かった……」
カリンはそのままシャスターの腕の中で意識を失った。
カリンはここに来るまでに、何度も信力を使い果たしている。その度に強い精神力で立ち上がり、レベルアップを繰り返してきた。
そんな限界を繰り返してきたカリンが、今回のトラップでさらに激しく信力を使い果たしたのだ、当然といえば当然だった。
「よくやった、カリン! ゆっくりと休んで、あとは俺にまかせて」
カリンを抱き抱えると、シャスターは前方の扉を開いた。




