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第四十四話 悪趣味な光景

 四人のゴーストたちが消滅した直後、閉ざされていた城門がひとりでに開き始めた。


「入って来い、ということよね?」


「そうだろうね」


 二人は大きな城門を見上げる。

 当然ながら衛兵もいない。ガラーンとした城門は静けさに包まれていて、不気味な雰囲気を醸し出していた。


 シャスターとカリンは城門をくぐって中に入る。


 すると、城門の中は広大な庭園が広がっていた。

 百年前は手入れが行き届いた綺麗な花々が咲いていたのだろう。しかし、今は当時を見る影もなく、奇怪な植物で溢れかえっていた。


 二人が庭園の中を歩いていると、植物のツルがカリンの身体にまとわりついてくる。


「ひ、ひぃー!」


 手でツルを追い払いながら、カリンはシャスターにピッタリとくっつく。


「カリンは怖がりだなー」


「せ、生理的に気持ち悪いのよ」


 シャスターが笑うが、それでもカリンはシャスターから離れない。



 その時だった。


 突然、目の前の大木に異変が起きる。


「ギューギュー」


 気持ち悪い鳴声が大木から聞こえたかと思うと、幹の部分に目と口が現れた。さらに根っこが地面から離れると足のように動き出し、二人に向かって襲ってくる。


「わぁわぁわぁー!」


 ありったけの悲鳴を上げて、カリンは急いでシャスターの背後に隠れる。



 ギラつく目と大きな口を開けた大木が襲ってくるのだ、怖がらない人間の方が珍しいだろう。

 しかし、その珍しい部類に入るシャスターは、怪物が襲ってきても至って冷静だった。


火炎球(ファイア・ボール)


 勢いよく放たれた炎の球が、大木の頭の部分である枝や葉に当たるとすぐに燃え広がる。


「ギャーギャー!」


 呻き声を上げながら、大木は一目散に逃げていった。



「……何だったの、あれは?」


「森にいる魔物の一種だよ。木々に似ているからね、気付かない人間たちがよく襲われる」


「色々な魔物がいるのね」


 カリンが住んでいたレーシング王国では、魔物が出る頻度は皆無だった。だから、カリンも今まで魔物を見たこともなかった。

 当然、あんな大木の姿をした人に襲ってくるような魔物は、カリンにとって初めての経験だったのだ。


「この死者の森のアンデッドは別として、レーシング王国も含めたこの周辺地帯に魔物はほとんどいないはずだけど」


「それじゃ、さっきの魔物は……」


「死者の森の瘴気に導かれて、どこからともなく現れたのかもね」


 この森を覆う禍々しい瘴気は、城に近づけば近づくほど強くなっている。庭園の奇怪な植物たちも、この瘴気に当てられて変異したものだろう。


 そして、瘴気は城の中から発生していると、シャスターは感じ取っていた。



「まぁ、とにかく城に入らないと」



 庭園を抜けると、城の建物の入口が現れた。シャスターが入口の扉を開ける。

 城の中は真っ暗闇……ではなかった。

 いくつもの燭台にはロウソクの火が灯され、薄い光を放っていた。


「暗闇よりも不気味なんですけど……」


 カリンはゆっくりと辺りを見渡した。

 どうやらここは大広間のようだ。

 入口から直接繋がっているこの大広間では舞踏会でも開催されていたのであろうか。床一面に赤い絨毯が敷かれており、壁には綺麗な絵画がいくつも並べられていた。


「こういうのが、さらに不気味さを煽っているのよね」


 カリンが感想を述べていると、突然どこからともなく音楽が聞こえてきた。


「ひぃ!」


 カリンがシャスターの腕を掴んで目をつぶる。何か良からぬことが起きると思ったからだ。

 しかし、シャスターの腕からはそんな恐怖は伝わってこない。


「大丈夫だよ、カリン。それよりも面白い光景が見られるよ」


「面白い光景?」


「うん。目を開けて見てごらん」


 そう言われて、カリンは恐る恐る目を開ける。


 そこに広がっている光景は、音楽に合わせて踊っているゴーストたちの姿だった。



「きゃー!」


 カリンが大声で叫ぶ。いくらゴーストに慣れてきたからといって、この現れ方は卑怯だ。

 ロウソクに灯された薄暗い広間で静かに踊っている幽霊を見て怖くないわけがない。


 しかし、目の前のゴーストたちはカリンの大声を気にすることもなく、複数の男女の組が優雅に踊り続けている。



「シャスター! 何が面白い光景よ、幽霊じゃないの。早く何とかして!」


 カリンが怒るが、シャスターは笑うだけだ。


「違うよ、カリン。これはゴーストじゃない、ただの映像さ」


「え!?」


 カリンはもう一度大広間を見渡す。

 中央では華やかな服装をした貴族たちが踊っていて、さらに周辺では多くの人々が談笑をしている。


「当時の舞踏会の映像が流れているようだよ」


 確かに、ここにいる人々は二人に全く見向きもしない、というか見てもいない。


「おそらく、マジックアイテムか何かで、この大広間に入ると自動的に映像が流れるようになっている」


 シャスターの説明にカリンはやっと落ち着きを取り戻した。しかし、それとともに別の怒りも湧いてくる。


「こんな悪趣味なことを考えるなんて、やっぱり最低な男ね」


 当然、アークスのことを言っているのだ。


「シュトラ王国全盛時代を見てもらいたかっただけかもね」


「そうだとしても、こんな廃墟で流すなんて悪趣味よ!」



 映像と分かれば怖くはない。

 カリンは前方に目を向ける。大広間の先には螺旋状の広い階段が延びており、二階に続いているようだった。

 二階を上がった奥に王の間があるはずだ。


「あの二階の先ね。シャスター、行こう」


 二人は踊っている人々をすり抜けて階段にたどり着くと、そのまま階段を上る。

 二階は大広間の吹き抜けになっていて、奥には大きな扉があった。

 その大扉をゆっくりと開けると、直線上に長く広い廊下が延びている。そして、廊下の突き当たりには扉が見えた。


「あの扉の先が王の間ね」


 廊下の長さは三十メートルほど。走ったらすぐにたどり着く。

 二人は廊下一気に抜けると、王の間の扉を勢いよく開けた。



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