第四十三話 カリンの成長
「待て!」
城門に入ろうとした二人を慌ててゴーストたちが止める。
「貴様たちをこのまま中に入れさせるわけにはいかぬ」
「えっ? だってアークスが来てくださいと言っているんだよ」
「ああ。確かにアークス様はそのように言われた。しかし、我々はまだ任務を解かれてはいない」
ゴーストたちはアークスに恐怖していたのだ。
「失望しました」と言われた時のアークスの冷たい目、あれは絶対に許されないとゴーストたちは認識していた。
そして、それを払い除ける方法はただ一つ、シャスターを殺すことだけなのだ。
「俺を殺したら、もっと怒られるよ」
せっかくのシャスターの忠告だったが、四人には通じない。
魔法使い二人がそれぞれ魔法を唱え、さらに騎士の二人も魔法の剣を使って遠距離から斬撃を放ったのだ。
四人の最大限の力が込められた同時攻撃だ。いくら強い魔法使いでも、これでは敵うまい。四人は勝利を確信していた。
しかし、その直前に意外なことが起きた。
「防御壁!」
なんと、カリンがシャスターにバリアを張ったのだ。
直後、攻撃を受けたバリアが爆発する。辺り一面は砂埃に包まれた。
「馬鹿な小娘よ。お前ごときの防御壁が、我々の渾身の一撃を防げるはずがあるまい。バリアなど薄紙のように破れるだけだ」
勝ち誇ったゴーストたちだったが、カリンにもそんなことは分かりきっていた。
彼らの実力ならカリンの防御壁など簡単に破壊してしまうだろう。
しかし、カリンは唱えられずにはいられなかった。シャスターを守るために、全力の力を出し切って神聖魔法を唱えたのだ。
「さて、砂埃も収まってきたし、小僧はどうなって……」
近寄ってきたゴーストはそれ以上、言葉を続けられなかった。
砂埃が収まると、そこにはバリアに包まれたシャスターが立っていたからだ。
「な、なんで、バリアが……」
「カリンが強くなったからさ」
その直後、まるで役目を終えたかのように、バリアが粉々に割れてしまった。
カリンの防御壁が四人の渾身の一撃を防いだのだ。これには、カリン自身も驚いた。信じられないことだったからだ。
「私の防御壁が、破られなかったの?」
「そうみたいだね」
シャスターはカリンの神官として、神聖魔法の使い手としての能力が極めて高いことに気付いていた。
そんな潜在能力を引き出すには、危機的な状況下で最大限の信力を発動させることが一番手っ取り早い。
だからこそ、時計台から落ちる時も、地獄の業火を放った時も、カリンを信じて防御壁を張らせたのだ。
何回もの死地を潜り抜けてきたおかげで、カリンの神官としてのレベルが格段に上がっていたのだ。
「まぁ、私の防御壁がなくても、シャスターなら全然平気だったでしょうけど」
「まぁ、それはそのとおりだけど」
「……なんか、ムカつく」
二人の掛け合いを無視してゴーストたちは、我先にと逃げ始めた。
小娘にまで敵わないとなれば、選択肢はただ一つ、この森から早く抜け出してアークスの手の届かないところへ逃げるしかない。
しかし、彼らの目の前に突然、大きな壁が立ち塞がった。
それもただの壁ではない、炎の壁だ。
驚いた四人は後ろを振り向き逃げようとするが、今度は背後にも巨大な炎の壁が現れる。さらに左右にも壁が現れ、四人は四方を炎に囲まれてしまった。
シャスターが火炎の壁を唱えたのだ。
「ひぃー、助けてくれ」
「俺たちは悪くない。アークスにそそのかされただけだ」
「悪いのはアークスだ。エミリナ女王もお可哀想に」
「そうだ! 俺たちもお前たちに手を貸そう。アークスを倒して、エミリア女王を助けようではないか」
炎の外からゴーストたちの豹変した声を聞いて、シャスターはため息をついた。
ここにきて、主君を裏切るとは……同じ家臣だったガイムとは雲泥の差だ。
「この世に残る価値もないな」
炎の壁が徐々に狭まっていき、ゴーストたちの懇願も激しくなる。
「助けてくれ。お前たちに忠誠を誓う。雑用係として一生涯使っても構わない」
彼らと話したくもないのでシャスターは黙っていたが、卑屈な態度に我慢できなくなったカリンが代りに詰め寄る。
「あなたたちに恥はないの? ガイムさんたちを裏切り、今度はアークスを裏切る……あなたたちと組んだら、次は私たちが裏切られるわ!」
カリンの痛烈な批判にゴーストたちは反論することが出来なかった。今度は泣き落としにかかる。
「助けてくれ。お願いだ」
「これからは心を入れ替えることを誓う」
「ガイム騎士団長なら俺たちを助けてくれるはずだ」
「まだ消えたくない、頼む!」
ゴーストたちはさらに訴えかけるが、カリンは容赦ない。
「消えたくない? なに言っているの? 悪事を重ねてきて百年もの間、ゴーストで暮らしていたのだからもう十分でしょ?」
図星をつかれたゴーストは、ついに本性を剥き出しに叫んだ。
「うるさい! 小娘は黙っていろ。俺たちは魔法使いと話しているのだ!」
しかし、カリンは怒ることもなく炎の壁に近づくと、ゴーストたちに向かって悲しそうに叫んだ。
「あの世でガイムさんに謝ってきなさい」
その声に合わせるかのように炎の壁が一気に狭められていく。
「ぎゃー、助けてくれ!」
「消えたくない!」
彼らの叫び声は、激しく燃える炎にかき消されてしまった。
その直後、炎はひときわ大きく燃え上がると、忽然と消えてしまった。
跡には何も残っていない。
四人のゴーストたちは、彼らにふさわしい最期を遂げた。




