第四十二話 王城への招待
何が起きたのか分からずに困惑していたのは、王城の入口に着いた四人のゴーストも同じだった。
少年の放った魔法で十万ものアンデッドが消滅してしまった。
あり得ない光景に四人は困惑していた。いや、困惑というより恐怖に近い。
「な、な、何なのだ、あれは!?」
先ほどまでの威勢の良い声とは別人のように、ルクが震えながら声を上げる。
「……ビイトよ、教えてくれ。あの魔法は何なのだ?」
茫然としたままのムントも尋ねるが、魔法使いたちも首を横に振るだけだ。
「知らぬ。見たことも聞いたこともない魔法だ。少なくとも四十台の魔法レベル以上だろうが」
ビイトはこの百年の間、いくつもの魔法書物を読んでいて、様々な魔法を知識として知っていた。しかし、そんなビイトでも知らない魔法がある。
それはレベル四十台以上の魔法だ。
なぜなら、読んできた魔法書物には三十台までの魔法は載っていたが、それ以上のレベルの魔法は載っていなかったからだ。
「なぜ、それ以上のレベルの魔法が載っていないのだ?」
「答えは簡単だ。レベル四十台からの魔法は勇者級の魔法になるからだ。普通の人間では到達することができない領域が勇者級だ。だから一般の魔法書物にも載っていない」
ビイトの説明を聞いて、ムントはよろけそうになった。
「つまり、あの少年は勇者級の魔法を使ったということなのか?」
「そう考えると十万ものアンデッドを一瞬で滅ぼした説明がつく」
「馬鹿を言うな、そんなことがあるはずない!」
二人の会話にルクが割り込む。
「あんなガキが、何でそんな凄い魔法が使えるのだ? その方がよほど不可解だ。そもそもお前が読んだ書物など、このシュトラ王国にあった数少ない書物だけだろう。きっとその書物に載っていなかっただけだ」
ルクは大げさに笑って見せたが、虚勢を張っているのは明らかだった。
「……まあいい。あとはアークス様に事情を話して、助けて頂こう」
「それが良いだろう。この際、不興を買っても仕方がない。アークス様にお願いするしかない」
ムントとビイトは王城の城門を開けようとした。
王城の中にはアークスの防御壁が張られている。そこへ逃げ込めば、安心だからだ。
しかし、ここで意外なことが起きた。
「なぜ開かない?」
ムントは大きな城門を押す。いつもならそれで開く城門だが、開かないのだ。
今度はビイトが押すが、やはり開かない。
「どけ、俺がやる!」
ルクは城門が壊れるかと思うほど力強く押したが、それでも開かない。
「どうなっているのだ?」
それからすぐに、四人はある理由を思い浮かべて、顔が青くなった。
「まさか、アークス様が?」
「そんなはずないだろう。俺たちはアークス様の忠実なる部下だ。そんなことするわけがない」
「しかし、我々は任務を果たせなかった。それでお怒りなのでは……」
そのまま四人は黙ってしまった。解決策が見つからないからだ。
そこへ、シャスターとカリンが現れた。
慌てたゴーストの四人は城門を押すことを止めて攻撃態勢を取る。
しかし、シャスターは用心することもなく、四人の前に立った。
「さてと、これからどうするつもり?」
「……どういうことだ?」
ムントが応えるが、シャスターは申し訳なく手を左右に振る。
「あ、ごめん。あんたたちに話したんじゃない」
「!?」
「こうなることが分かっていて、彼らに命じたんだよね?」
「そのとおりでございます」
突然響き渡った声に、シャスター以外の者たちは驚いた。
「えっ、誰なの? どこにいるの?」
カリンが周囲に向かって叫ぶが、誰も現れない。
しかし、ゴーストたちだけは恐れ慄いていた。どうやら正体を知っているらしい。
となれば、カリンにも声の正体が分かる。
そんな人物はひとりしかいないからだ。
「アークスね。早く出てきなさい!」
すると、彼らの頭上の空間が少し乱れ、そこに人物が映し出された。
「故あって、そちらに出向くことができません。映像だけでお許しください」
映像の人物は礼儀正しく頭を下げる。
この人物がアークスだった。
「若い……」
カリンが思わず声にしてしまった。
一度ガイムの指輪の映像でアークスの姿は見ていたが、その時のままの見た目だからだ。まだ三十代にも届いていないように見える。
やはり、百年前から歳を取っていないのか。
ガイムが話していた通り、不老不死の身体を手に入れたのは本当なのだろうか。
それに、穏やかで優しそうな表情からは反乱を起こすような人物には見えない。
「若いのは当たり前だ。アークス様はシュトラ王国で歴代最年少の神官長だ。さらに小さい頃から神童と呼ばれており、その時からすでに信力は王国一だったのだ。だからこそ、エミリナ女王のお世話係も任される程であり、周囲からも一目置かれていた方なのだ」
カリンを非難したビイトだったが、そんな彼をアークスは睨んだ。
「ビイト、静かにしなさい。先ほどの言葉をもう忘れたのですか? 口が軽過ぎると」
「……お許しください!」
ビイトは自らの発言の過ちに気付くと、ぶるぶると震え始めた。それだけで、アークスがただの優男でないことが分かる。
「あなたたちには失望しました。多少は頑張ってくれると思ったのですが……でもまぁ、あなたたちの実力ではこの程度なのでしょう」
冷たい視線をゴーストたちに投げつけた後、アークスは再びシャスターたちに顔を向けた。
「私があなた様の排除を命じたのは事実です。その時はまだあなた様の正体が分からなかったものですから、軽率な行動をとらせてしまいました。どうかお許しください」
アークスは深々と頭を下げた。
「そんなことは気にしていないけどさ。俺たちは城に入っていいの?」
「もちろんでございます。あなた様の行動を制限できるはずもございません。先ほど申し上げましたが、私がそちらへ伺うことができない為、御足労頂ければ幸いでございます」
「それじゃ、そうする」
「ありがとうございます。王城に張ってある防御壁も解除しました。それでは、王の間でお待ちしております」
映像はそこで消えた。
残されたゴーストたちは、何が何だか分からないで驚いている。なぜなら、彼らが主と仰ぐアークスが、目の前の小僧に対して卑屈過ぎるほどに低姿勢だったからだ。
「城に入るの、大丈夫かな?」
カリンは驚いているゴーストたちと違って、アークスの態度を多少は理解できていた。
おそらくアークスはシャスターの正体に気付いたのだ。伝説と謳われた魔法最高峰のイオ魔法学院、その後継者であることに。
以前にラウスが「イオ魔法学院の後継者ともなれば格式は諸国の王よりもずっと上だ」と話してくれた。
それでアークスもあれほどに低姿勢だったのだ。
しかし、だからこそカリンは城に入ることを心配して確認したのだ。何か裏があるのではないかと。
もちろん、それはシャスターも分かっていた。
自分たちはエミリナ女王を助けようとしている。しかし、その女王を百年もの間監禁してきたのはアークスだ。
そのアークスがシャスターを城に招いている。何かあると考える方が自然だった。
しかも、このタイミングでアークスが現れたのも全て仕組まれたものだと、シャスターは思っていた。
なぜなら、せっかくシャスターが演技までしてゴーストたちからアークスの居場所の情報を得たが、当のアークスが二人を城に招待したことによって、情報の価値がなくなってしまったのだ。
「さすが、シュトラ王国一の実力者だったことはあるか。切れ者だな」
独り言だからカリンにも聞こえなかったが、やるべき事は決まっているのだ。
「よし、城に入ろう」
「うん」
二人は城門の前に立った。
皆さま、いつも読んで頂き、ありがとうございます!
いよいよ第二章も中盤に辿り着きました。
今回の話で「勇者級」という言葉が出てきました。
第一章のオイト国王を倒した時も、ラウスが「勇者級」と言ってましたが、階級については後ほど説明となりますので、お待ちください。(第三章あたりなので、まだまだ先ですが;;)
それでは、これからも楽しんで貰えたら嬉しいです。
よろしくお願いします!




