第四十一話 信じる心
広場から十字に大通りが四方に延びているのだが、その大通りが見えなくなる先までスケルトンやゾンビたちアンデッドで埋まっている。
さらに大通りに面した建物の窓や屋根にもアンデッドが覆い尽くすほどにひしめき合っていた。
「うわははは。王都には元々十万以上の民がいたのだ。つまり、その数のアンデッドがいるということだ。いくら貴様に多くの魔力があるといっても、これほどのスケルトンやゾンビには敵うまい。今度こそ魔力を使い切って殺されるがいい」
良く声の通るルクが大笑いしている。そのまま城に逃げる気だろう。
しかし、当然ながらシャスターとカリンは彼らを追うことはできない。アンデッドの大群が押し寄せてくるからだ。
十万ものアンデッドの大群……それは圧巻過ぎる光景であり、恐怖そのものだった。
「シャスター、防御壁を張るから中に入って!」
慌ててカリンが叫ぶが、シャスターは逆にカリンから離れていく。
「シャスター?」
「カリン、よく聞いて。これから一分間だけ防御壁の信力を最大限に上げて、自分を守るんだ!」
「シャスターはどうするの?」
「俺は大丈夫」
「でも……」
「説明はあとでするから。いい? 最大限だよ。また信力を使い果たしてもいいから」
無茶なことをいう。
そんなことをしたら、一分後にはバリアが解けて、アンデッドに襲われるのを待つだけになってしまう。
しかし、カリンはシャスターを信じることにした。
どのみち、このままの状態なら遅かれ早かれ、アンデッドに襲われて死ぬだけだからだ。
「分かった。今から一分間だけ防御壁の威力を最大限に上げる!」
「魔法防御強化」
突然シャスターがカリンに魔法をかけた。すると、カリンの身体が薄く輝き始める。
「ん!? 何これ?」
「カリンの神聖魔法だけでは心細いから、防御魔法を掛けておいた。俺からのお守り」
「……ありがとう」
「それじゃ、よろしく」
シャスターは走りだすと、カリンからある程度離れた場所で止まった。
すぐ目の前にはスケルトンやゾンビの大群が押し寄せてきている。
「やれやれ、面倒だな」
シャスターは大きくため息をつくと、両手を真上に上げる。
「地獄の業火」
すると、突然シャスターの遥か上空に光り輝く巨大な魔法陣が出現した。
「なにをするの?」
空を覆い尽くすほどの大きさの魔法陣にカリンは唖然とする。しかし、驚くのはこれからだった。
魔法陣は幾重もの複雑な紋様を回転させながら急速に落下し始めたのだ。
真下に広がる王都に迫り来る巨大な魔法陣。
「あぶない!」
叫んだカリンは、次の瞬間、異様な光景を目の当たりにした。
空から降りてきた魔法陣に触れたスケルトンやゾンビたちがそのまま消えてしまったのだ。
いや、消えたのではない。よく見ると灰になっている。
十万ものアンデッドが一瞬で灰になったのだ。
「なんなの、これ……」
カリンは両手を口に当てると膝をついた。驚きのあまり、足が震えて立っていられなかったからだ。
カリン自身も防御壁に亀裂が入り、信力を集中してなんとかバリアを補修したが、もしもシャスターに防御魔法を掛けてもらっていなかったら、アンデッドと同じ運命を辿っていたことは容易に想像できる。
シャスターが防御壁の信力を最大限に上げるように指示し、さらにカリンに防御魔法を掛けたのはアンデッドから身を守るためではなかった。シャスターの魔法から身を守るためだったのだ。
十万のアンデッドが見る影もなく全て消えている。街に溢れていた巨大な大木も廃墟の建物も全て崩れ去って灰となってしまった。
「この魔法陣は、触れたもの全てを一瞬で燃やすんだ。あまり威力はないけど弱いスケルトンやゾンビなら消滅させられるし、広範囲に使えるから便利なんだ」
そんなことを聞きたい訳じゃないのだが、カリンはシャスターの説明にただ頷くしかなかった。
そもそも、十万のアンデッドを滅ぼすことなどあり得ないのだ。
先ほどの一万ものアンデッドを炎の魔法を使い、わずか数分で消したことも凄まじいことだったが、今回はその十倍ものアンデッドを一瞬で滅ぼしたのだ。
いくら魔法使いだとしても、一個人の力で出来るはずがないし、一個人が持ってよい力のはずがない。
いや、それが出来るからこそ、イオ魔法学院の後継者なのだろう。
ということは、レーシング王国だってシャスターであれば簡単に滅ぼせるのではないのか。
一国を簡単に滅ぼす力……自分の横に立っている少年は神なのか悪魔なのか。
不気味さのあまり、カリンの心の中は恐怖で暗闇に覆われていく。
「俺が怖い?」
「えっ!?」
突然、心の中を読まれたかのような質問にカリンは戸惑う。
「そ、そんなことないわよ」
「本当に?」
「うん」
「でも、もし怖くなったらいつでも言ってね。レーシング王国に戻してあげるから」
その瞬間、カリンは頭をガーンと殴られた気分になった。
何を考えているんだ、私は!
今まで散々シャスターに助けてもらったのに、気味悪がるなんて。
そもそも、シャスターがいなければ、レーシング王国は未だ圧政に苦しんでいたはずだ。
それに、フローレ姉さんが魂眠状態になったのは自分のせいだ。だから、私がフローレ姉さんを助ける方法を探しに行くのは当然だとしても、シャスターにその義務はない。
それなのにシャスターは一緒になって探してくれている。
足手まといの私を庇いながら。
カリンの目から急に涙が溢れ出した。
悲しいからではない。
自分自身の情けなさと、シャスターの優しさが重なって溢れ出した涙だった。
私はこれからもずっとシャスターを信じていく。
そう、心に誓ったカリンは涙を拭くと立ち上がった。
「急いであの四人を追いかけましょう!」
「ん? あぁ……行こう」
突然の泣き出したかと思ったら毅然とした態度をとっているカリンを見て、何が何だか分からずに困惑したシャスターだったが、カリンの言うことはもっともだ。
二人は王城に向かって駆け出した。




